花火

「聞こえなかったのか?さっさと離せって言ったんだよクズ」


「誰だ、お前は?!僕と星奈ちゃんの間に入ってくるなぁ!!」


 男が怒鳴りつける。

 怒鳴りたいのはこっちなんだよ。


 ガシッ


 後ろから勢いよく抱きつかれる。

 男が手を離したから自由になったんだろう。


 星奈ちゃんが無言で力強く抱きしめてくる。


「ごめんね、怖い思いをさせてしまって。俺が考えなしにここを待ち合わせ場所にしてしまったから」


「ち、ちがっ、」


 星奈ちゃんの声がひしゃげて最後まで紡げない。


「ありがとう」


 それでも何を言いたいのかは伝わった。

 何て優しいんだろう。少しくらい俺を責めてもいいのに。


「ぼ、僕の星奈ちゃんに触るなァァァッ!!」


 男が激怒して殴りかかってきた。


「お前、本当にうるさいんだよ」


 顔面に飛んできた拳を身体を横にずらして避ける。

 そして、男の腕をそっと外に押し出す。


「ぐへっ?!」


 男はバランスを崩して無様に転ぶ。


 男の失態を見てか周囲から失笑が溢れる。


「星奈ちゃん、行くよ」


「きゃっ!」


 男が地面に倒れ込んでいるうちに、星奈ちゃんを抱えて走る。


「い、伊織くん、これお姫様抱っこ……」


 星奈ちゃんが顔を赤くする。

 ごめんね、我慢して。今はここを抜け出そう。


「ま、待てっ!」


 男が声を荒げる。


「うるせぇっ」


 走れ。

 少し、いやかなり予定が狂ったけど台無しにはさせない。

 星奈ちゃんの格好。手の込んだ髪型。

 きっと今日を楽しみにしていたんだ。


 まだ、祭りは終わっていない。


「行こ、星奈ちゃん」


「う、うん!」



◆◇◆◇◆◇



「ここでいいかな」


「うん」


 祭り会場からだいぶ離れた静かな空き地。適当に走っていたらここに辿り着いた。


 空き地にあるベンチに腰掛ける。

 あぁ、こんな真夏に走るからシャツが汗でベトベトだ。

 ぐったりとしていると、隣に星奈ちゃんも腰掛ける。


「伊織くん、その本当に……」


「ごめんね、星奈ちゃん。待ち合わせ場所間違えたよ」


「違う。全部私のせいだよ!」


「星奈ちゃんは全然悪くないよ」


「いや、伊織くんこそ全然悪くないよ!」

 

「いや、俺がっ……」


 ドンっ


「「え?」」


 大きな音が鳴った。空から。


 そして、再び鳴る。


 上を見上げると、空がカラフルに色づいていた。


「……きれい」


「そうだね」


 下から打ち上げられ、盛大な花を咲かせて散っていく。何度も何度も。

 儚くて、だからこそ美しい。


「伊織くん、助けてくれてありがとう」


 星奈ちゃんが上を見上げながら言う。


「当たり前のことだよ」


 そう。たぶん、あの状況で例え星奈ちゃんじゃなくても動いていた気がする。


 でも、星奈ちゃんがあの男にキスされそうになった時、めっちゃ腹が立った。

 あれは、友だちだからか?それとも、俺が星奈ちゃんのことを……。


「ねぇ、伊織くん。また来年、ここに来ようね」


「うん」


 来年こそは失敗しないように、気をつけないと。

 星奈ちゃんが元トップアイドルだってこと忘れないようにしないと。


「……」


 ん?星奈ちゃんが何か言ったような……。

 花火の音と重なって聞こえなかったんだけど。


 


 

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