ミス

 空が茜色に染まる。気温は昼間よりは下がっているけど、まだ暑い。


 今日は祭り当日。今から星奈ちゃんと決めた待ち合わせ場所へ向かう。


「じゃあ、行ってくるよ」


 ソファに横になる花音に伝える。


「うん」


 花音のどこか気の抜けた声が返ってくる。

 眠いのかな?


 俺は疑問に思いながらも家を出た。



◇◆◇◆◇◆



 まずい。緊急事態だ。


 祭りは大きな神社が会場、待ち合わせ場所を鳥居の前にしていたんだけど……。めっちゃ人集りができている。

 どうしよう。あの中心に絶対、星奈ちゃんがいる。


「ちょ、ちょっとごめんなさい!」


 俺は覚悟を決め人ゴミを割って前に進む。

 夕方だとはいえ、今は夏。人が多くて熱気がすごい。

 反射的に足を止めそうになるけど、無理やり動かした。


「星奈ちゃん!」


 やっとの思いで最前線まで来た。

 目の前に綺麗な藍色の浴衣を羽織った星奈ちゃんがいる。


「伊織くん!!」


 俺の声が届いたのか星奈ちゃんが安心したようにこっちに近づいてくる。

 怖かったんだろう。一応、4、5メートルは空いているけどかなりの人数の人に囲まれているのだから。


「ごめんね、待ち合わせ場所をこんな場所にしちゃって」


「ううん。伊織くんが来てくれたから平気だよ」


 星奈ちゃんが微笑む。


 今度からは気をつけないとな。


 それで、ここからどうやって抜け出そうかな……。

 というか、人が前進しだしたんだが。


「あ、あの!道を空けてくれませんかっ?」


 大声で呼びかけてみよう。


 ……ダメだ。全然空かないし、むしろもっと詰められてる。


『星奈ちゃんの隣にいるのは誰?』

『カッコいいよね。アイドルかな?それとも俳優?』

『もしかして彼氏だったりして?!』


 いえ、違いますよ。

 それにしても、どうすればいいんだ。


「っ?!」


 一凪の風が俺の前髪を揺らす。

 誰かが俺の目の前を横切ったんだ。


「きゃっ?!」


 後ろから甲高い悲鳴が。星奈ちゃんのだ!


「ぐへへ、星奈ちゃんだぁ。ぼ、ぼぼ僕に会いに来てくれたんだよね?」


 星奈ちゃんが巨漢に腕を掴まれていた。


「ち、違いますっ……離してください!」


 星奈ちゃんが震えながら否定する。


「ぐへへ、照れ屋だねぇ」


 それに対し男はそう吐きつける。

 星奈ちゃんは恐怖で何も言えないようだ。早く助けないとっ!


「星奈――」


「ぐへへ、ここでしちゃおっか。誓いのキス」


 は?アイツは何、言ってんだ?


「ぃやッ」


 星奈ちゃんが涙を流しながら暴れる。それでも拘束は解けない。

 男が星奈ちゃんに覆い被さろうと動き出した。


 何かが切れる音がした。


 星奈ちゃんと男の間に割り込み、迫りくる男の額を押さえ込む。


「何してんだよ」


 自分でも驚くほどの低い声が出た。

 

「いおり、くん……」


 星奈ちゃんのか細い声が背中に当たる。


「とりあえず、その汚ぇ手離せよ」


「ぐひっ?!」


 目を開いた男が俺の姿に驚く。


「聞こえなかったのか?さっさと離せって言ったんだよクズ」

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