第57話 仏様

「牙島から、話は大体聞いていますよ」


 その人はゆったりと口を開く。

 部屋は広く明るく、和風だがどこか西洋のような造りもあり不思議な室内だった。

 楕円の長く白い机に向かい、高い背もたれのついた白い椅子に腰かけている男性。真っ白な衣装に身を包み、想像していた仏様とは随分違った印象の人物だった。

なんとも形容しがたく、強いて言うならば【輝いていた】だろうか。

後光が差しているようなそんな感じである。

桃次郎が呆気にとられていると、桃太郎が礼も挨拶もそこそこにズズイと進んで唾を飛ばしながら直談判し始める。


「仏様!!! 聞いてくだされこの桃次郎は、わしが新しい家が欲しいと我が儘を言ったばっかりに死んでしもうたんですじゃ! しかも、自らを犠牲にしてまで!

どうか! 桃次郎を生き返らせてやってください!!」


 桃太郎が叫ぶような声で熱心に仏様に訴えると、それを皮切りに今度は村人達が一斉に口を開く。

ぴいちくぱあちくと各々の主張を大合唱が始まる。我先にと言わなければいけないと皆必死に思いを伝えようとしている。


「わたしらの村は桃太郎様が助けてくだすったのに、何にも恩返しできねえで!」

「僕らは母さんを助けて頂いたんです! この御恩をずっと返したいと思っていたんです」

「是非ともなんとかしたいのです。恩人が困ったとあれば出来る事が一つっくらいあるはず!」

「そうです! 今回、恩人様が困ったとありゃあ是非にわしらも手を貸したい!」

「今がその時なのです! この機会を逃す訳にはいきません!」

「どうか、恩人様のご子孫様を生き返らせてやってくだせぇ! 何でもしますから」

「ただ見ているだけなのはもう勘弁でさア! どうやったら少しは手助けになれやすか!?」

「やれる限りの事はなんだってしますから!」


 わぁわぁとそれぞれが言いたい事を並べ立てているが、仏様はうんうん、なるほどと頷きつつ聞いてくれている。

村人達からのそれを聞いた牙島が口を開く。


「元はと言えば、俺が人間にちょっかいかけてたせいだ。

戦わなけりゃ、桃太郎が三匹と別々になる事なんてなかったのに。

言える立場じゃねえ事くらい、心得ているが……今回ばっかりは! 桃次郎の事どうか生き返らせてやってください!」


 大柄な体を折り曲げ風圧を起こすと共にガバリと頭を下げると、追随して三匹が続けて口を開いた。


「何を言うっき。よかれと思ってデカイ墓に入れちゃった俺らが原因だっき~」


「そうだな。俺ら、自分が死ぬまでこんな区分があるとは思わず勝手に判断してしまったのだ」


「ええ、私もそう。鬼退治もけして楽な道のりではなかったから桃ちゃんこそが最後まで人の道しるべとして英雄になるべきと思ったの」


三匹揃って「「お願いします! 桃次郎を生き返らせてやってください!」」

と頭を下げる。


(蚊帳の外にいるものの何やら、僕の事で大変な事になっている……)


慌てて桃次郎が声を張る。


「皆、僕の事はいーから! それより仏様、墓でもなんでも建てますからじいちゃんとこの三人を一緒に住ませてやってください!」


 皆、そうして好き好き口々にと喋るので部屋の中は輪をかけて非常に騒々しい空間と化していた。軽くカオス。



「シャーラァァアップッ!」



 突然、天を裂くような怒声……ではなく凛とした銀の鈴が鳴らされたように仏様の声が部屋中に響き渡り、皆一斉に口をつぐむ。

仏様は、白く輝く装束の裾を揺らしながらゆっくりと立ち上がり一同を見回してから口を開く。


「皆さんの意見はよく分かりました。……決断を下します」


一時の静寂が訪れた部屋の中に、誰かがゴクリと息を飲む音が聞こえる。


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