第56話 鬼の親玉


 ぴょこぴょこ跳ねる二匹の後ろを見つめて目尻が完全に下がり、鼻の下が伸びきった何ともだらしのない表情の残念桃次郎が内心で(ほわほわ尻尾が揺れるぅ~)と至福に浸りながらもついて行くと、白亜の巨大な建物の美しい門がゆっくり内側へと開かれていく。横についていた小さな扉では兎しか通れないからだろう。

扉の向こう側には行く道で出会ったモノよりも更に美しい花々が咲き乱れ、ビー玉やガラスのような珠があちこちで揺れ、柔らかな光に当てられ屈折で虹色に輝いている木などもあった。

信じられない程透明に透き通る小川が優しくせせらぎ、揺蕩うように流れていく。しゃらしゃらと流れる小川の中には白い石で道が綺麗に造られていてそこを渡る。


『 はぁー…… 』


 感嘆の声がそこかしこから漏れる。道を渡りきると外からでも見えていた巨大な建物が更に大きくなって近づいてきた。荘厳と言うかとても神々しい白だ。眩しいくらいの美しさで皆腰を抜かしてしまいそうである。


『皆さま、ようこそですの。少しお待ちくださいませです』


 兎はぴょんぴょこ跳ねて奥へと消えていく。

中へ入って直ぐにこれまた広々とした部屋があり、そこへ一同は通された。

大きなソファやごろ寝出来そうな大きな畳がどでんと敷いてありどこでも寛いでいていいとの事。


「ここは待合室じゃ。仏様の準備が整うまで皆、ここで待つんじゃよ」


 各々好きな所へ座って見たものの落ち着かず、きょろきょろと忙しない一同に向けて桃太郎じいちゃんは冷静に声をかける。


 暫く程経った頃、奥の扉がガチャリと開き場の一同は凍り付く事となった。

 それもその筈、ビシッとスーツを着た大柄の赤鬼が中から現れたのだ。鬼の形相とはよく言ったもんだと感心するくらいに鬼らしい鬼だったので桃太郎以外、(勿論桃次郎も)ギョッとして言葉を失う。過去の話とは言え、村人らを苦しめた張本人と言うか、その親玉が目の前に居るのだから。

桃太郎はなんの事は無いと言う風にごく普通に話しかける。


「おんや、牙島がしまじゃ」


「おお。桃太郎か」


 牙島と呼ばれた大鬼も別段変わった事など無いと言う風に至極当然と返事をする。二人を除いた一同は目を見開いたまま固まっているが、それをよそに話は進む。


「なんでこんな所にお前が居るんじゃ?」


「まあなぁ、言っちゃあいなかったが俺にも色々あってなぁ」


そう言うと、いきさつを話して聞かせてくれた。


 牙島は生前、鬼の頭として鬼らしく悪事を働きまくっていた為に、最終的に子分らもまとめて桃太郎に討伐され死した後には地獄に堕ちたことは確かだった。


しかし、いざ、閻魔様との謁見となった時の事。


「俺は、鬼頭をやってた牙島だ。生きてる内は悪行三昧。

散々好き勝手やらせてもらった。どんな事だろうと沙汰を受けるつもりだ」


煮るなり焼くなり甘んじてと言う風に真っ直ぐと閻魔様の瞳を見据えそう言い放つ。

すると、ニヤリと笑ったのは閻魔様。


「赤鬼族牙島、お前は腕がかなり立つようだ。沙汰を申し渡す。

お前の腕を見込み子鬼らを見事統率してみせよ、そしてそれらと共に方々ある地獄にて役職を全うせよ。

それから、牙島にはワシの手足となり働いてもらう」


 どんなに酷い扱いや刑罰を受けるかと思えば、地獄で役職につき、更には子鬼らの上に立って地獄をまとめろと言われたのだ。

確かに地獄とはここ数百年の間に万年人手不足だった所だったらしい。

そこへ、鬼の頭をはっていたと言う丁度いいのが堕ちてきた。しかも、沙汰を申し付ける前に自分から何でも受けると言ったのだから閻魔様サイドはしめたもの。

願ったり叶ったりである。


「ワシ、この通り忙しいで。お前が居れば面倒事が片付くってもんだ。任せたからな!」


 閻魔様の本音がちらり垣間見えたりしてと言う具合で以後、地獄では子鬼らが忙しく番人をするようになったのだそうな。

 一連の説明を終えて、


「あの時は……いや、長い間本当にすまなかった」


 と牙島は姿勢を正してから村人達にガバリと頭を下げたりするもんだから、謝罪された方も方でどう反応して良いのか困ってしまいオタオタしている所へ丁度『入室を許す』と奥から穏やかな声が掛かり、全員で仏様と謁見すると言うナイスタイミングと相成ったのである。









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