第52話 誰が行く


 神妙な面持ちで周囲を見回してから村長が咳ばらいを一つして話を始めた所で、「いや!」っと遮るように農夫の風体をした男が一声を上げると、男は「やっぱりおらについて行かせてくだせぇ!」そう声を張り上げた。

並々ならぬ強い意志を感じる声量に思わず皆が注視を向ける。

拳をぐっと握り振るわせて「おらは、おらんちは……!」言いかけて涙ぐんでしまう。そうなっている所に、他の者はハッとし、彼だけに先手を打たれてしまっては叶わない、やれそれ続けとばかりに次から次へと村人達が声を上げ始めた。


「お、俺は絶対ついて行きますよ! 畑を荒らした鬼どもから助けてもらったお陰で今も子孫が残っていると聞くから!」


「わいのとこもそうでっせ、鬼が悪さしてる時に丁度居合わせてもうてもう駄目かと思ったとこに英雄様が颯爽と現れて救ってくださったんですわ。ほんだら、わいが恩返しするっちゅうのが筋やさかい!!」


「嫁が危ない目にあっていたのを助けてもらったんだ、あの時の礼がしたい!!」


「私の所もそうだ、家を留守にして仕事へ出て戻ったらば家族が襲われそうになっていて、本当に危ない所だった。あの時居合わせてもらえなかったらと思うと今でも怖くなるくらいだ」


「私の家は代々守って来た大切な大切な木を守ってもらったのよ! 今でも大事にされているもの、無くなってしまってはうちの繁栄はなかったの!」


「わしゃ、孫と共に居たとこを野盗に襲われたが助けて頂いたんじゃから!」


「英雄様は無くした大切な物を時間をかけてまで一緒に見つけてくだすった。小さな小さな物だったから最早諦める他無いと思っておったのに。妻の形見だったんじゃ。今やこちらに来て一緒にいられるが当時は本当に心細くなったもんじゃ。見つけてくだすったお陰でこうして今も肌身離さず一緒にいられる」


「俺っちんとこは生まれたばっかの娘を救ってもらっただ! 御恩返しは今しねーでいつするんです! どうかどうか!!」


「あたしなんて道端ですっ転んだのを起こしてもらったんだから!」


「だめ、私が」

「何を言う俺だ」

「おいらに決まってる」

「いいえあたしが」

「こりゃ、ワシだってそうじゃ」

「若いもんは引っ込んどれ、ここは老を立てよ」

「なに言ってんだじいさん、寝言は寝てから言えっつの!」

「私達もう天界に来たのだからそんなの関係ないわ」


 老いも若きも老若男女問わず、喧々諤々。もう口々に止まらず、どうにも収拾がつかなくなる。

 あまりの様子に村長は驚いた顔でおたおたとするばかり。

「こりゃ、こりゃと言うのに……やめんか英雄様の前で……」「お前達勝手をするでない……聞いとる? ねぇ、あの、ワシの話をだな……」とすっかり勢いと熱量に呑まれて威厳も何もなくしょんもりとしてしまった様子。

見かねた桃次郎が『じゃんけんすればいいんじゃ……』と軽く提案した事から事態はやっと動きを見せる。


 桃次郎の発言でやいやい言っていた一同がぐわっと一斉に桃次郎を見た。

「ひっ」

 小さく悲鳴を上げて余分な口出してすみません、と謝ろうとしたが、


「おぉ、桃次郎様……その手がありましたかな。手っ取り早い、よき方法ですな」


 村長がこれは良いと納得したようだ。

そんな所で、同行者を決める(住人達にとって)大事な決定はじゃんけんで執り行われる事となった。最初はぐーの合図から数えて数度の勝負を繰り広げ決着はついた。

同行を許され歓喜の雄たけびを天に叫ぶ者、自分のチョキにキスしている者、敗北した掌を見つつあからさまにしょぼくれて肩を落す者と居たが、後出しなしの公平な結果であるから恨みっこなしである。




──こうして幸運にも選ばれた十名程を連れ立って歩いて行く途中、ずっとそわそわとしていた男が話しかけて来る。すると、自分も自分も!と鼻息を荒くした村人達は再び一斉に話始めた。


「いやぁ、桃太郎様! あの時から随分と時が経ちましたがどうお過ごしになっていたんですか?」


「英雄様、あの時は鬼の頭をどうやってやっつけたのですか?!」


「どうして鬼退治へ行こうと思ったのです?!」


「鬼の褌はやはり臭かったのですか!?」


「囚われたと言う異国の姫君にはお会いしたのですか!?」


「本当に、村を丸ごと救っていただいて!」


「何とお礼を……いや、何べん言ったって言いつくせねぇ!!」


「俺らは村が残ったお陰で、五代に渡り土地に住まう事が出来て! ありがてえ事です!」


「いやはや、ご子孫の桃次郎様も男前ですな!!」


「流石、桃太郎様の血を引かれるお方よ! お若いのに、死に方も幼子を助けてだなんて……くぅっ!!」



 ぴいちくぱあちく

 鳥が一斉に鳴きだしたのではないかと錯覚するほど次から次へと言葉が飛び出すのだった。





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