第50話 英雄凱旋


 ネオン眩しい街を後にして無限に広がるパーク内を歩いていると、色々な容姿をした人とすれ違う。種族の垣根なく、人型・獣人型・半妖型など他にも多種多様な生き物が行きかっていく。

 一人の人、恋人、友人らしき人、家族っぽい人達は皆それぞれ楽しそうである。

そう言えば、この中では桃太郎じいちゃんを英雄様だと言う人が居なかったとハタと気が付く。

 桃太郎と聞いて驚いたのは、門鬼見習い兼案内役の二人と、愛理さん、それに公園墓地の管理人だったなぁと思い出す。その人達にはかなりの憧れの人扱いであったが、この中ではそんな事もないのだろうか?

 まぁ、聞いても面倒そうなのでわざわざ聞かないようにしようと桃次郎は思う。



 歩きながらの体感だが、現代版LLRラッティーランドリゾートは勿論広く、楽しめる所が満載だったが、HLRも負けていない。敷地面積的にはこっちの方が圧倒的に広い上にエリアが幾つも分かれており、更には別階層まで存在するらしい。

こっちは天界という地の利があるのである意味無限大に広げていく事が出来るのだろう。現代の時間に直して一日という時間ではとても周りきることが出来ない。

 一階層目は大きく分けて太陽エリア、月エリア、星エリア、空エリアと四つに分かれておりそれぞれに特色があるようだ。

 

 HLRの入り口から入って一番近いのは太陽エリアがある一階層で、太陽と空エリアはお子様が中心に楽しめる仕組みが沢山あるようだ。加えて太陽の広場は常に真昼で気温は暖かく、真ん中に湖がある野原で寝っ転がったり、浅い所では入って遊ぶ事も出来る。キッチンカーのような車が湖の畔に並び、どこも並ぶほど人気があるようだ。


 桃太郎と桃次郎が居た場所は、一六歳以上でなければ通行出来ない大人専用月エリアである。

一階層を見回っている内に時を忘れ、寄り道とは言えない時間を使い一通り遊びつくした(とは言え一階層の一部エリアにて遊んでいただけなので本当に遊びつくしたとは言い難い)所でHLR《仏ランドリゾート》を退園し、次なる目的地へと向かう。



**


 HLRを出ると、道が幾つかに別れており、矢印板の指示に従って桃太郎と桃次郎は進んでいく。

また、天にしか咲かない花を恐ろしい程透明な小川のそばを歩きどんどんと進む。

桃太郎はふと、横を歩く桃次郎を見やる。

「やっぱ綺麗だね」と言いながら景色をしっかり堪能している様子だ。

ここまで来るにも色々とあったが……

こっからでも飛んでいけたら話は早いかもしれないが、戻ったら長い事ここに桃次郎が来る事も無い所であるから、今だけ少しゆっくりしても罰は当たらないだろうと思うのだ。

桃次郎は傍から見ても如何せん働きすぎな気があった。

それと言うのも、彼が忙しくしなければならない理由を我儘に押し付けたのは他でもない己である故に桃太郎自身も気を揉んでいる訳である。

様々な子孫達を幾人も見て来たが、本当は反応する者が居た。

確かに自分の存在に気が付く者がいたのだ。しかし、その僅かな者は見て見ぬふりを決め込んだ。

 最初は丁寧に頭を下げてきた。後ろめたい理由を背にしつつもそこを何とかお願い出来ないかと。

しかし、どんなに懇願しようとも視えぬフリを貫き通した。

 それからずっと諦めていたのだが、笹ヶ瀬家に桃次郎が誕生したのだ。桃次郎の父母祖父母はからきし霊体を感じる事すら出来ないタイプであったが、今回もダメだろうと思いながらも迫真の演技と共に声を掛けてみる事にしたらば……それが、今に繋がっているのである。


 桃次郎は、血族の中でただ一人悪態をつきながらもこの老いぼれの戯言に本気で向き合ってくれている。そして、彼は桃太郎の無謀な願い事のみならず周囲の人間の事にも真っすぐに親身になる事が出来る。

子供を庇って轢かれたが、そんな事は咄嗟に誰もがし得ない事であり、自己犠牲は時として悲惨な結果を招きかねない。

しかし、瞬時の損得勘定など付け入る隙も無い程の速さで桃次郎は幼子を庇いに走ったのだ。並大抵ではない何かが桃次郎を突き動かしたのだろうか。

だがこれが、本当に桃次郎の死期であったのならばと思うと肝が冷える思いがする。


「なに、桃太郎じいちゃん……」


「ほ?」


「いや、じっと見つめ過ぎじゃない? 穴あきそうだが」


「馬鹿、お前を見とったんじゃないわい!! ほれ、そこの、あー川と美しい花に見惚れとったんじゃ!!」


「え、えぇー……すげー嘘じゃん……」


「かーっ喧しいっ! 年寄りをからかうもんじゃないぞいまったく!! ほれ、さっさと次へ行くぞ!! サカサカ歩けい!!」


「はいはい、わーったよ」


 そんな風に小突き合いながら何でもない話をしつつどれくらい歩いただろうか、目の前には居住区と掲げられた大きな門が見えて来た。


「大きいなぁ」


 見上げるそれは、決して天華街で見たような豪華絢爛な門ではないが【天界居住

区】と掲げられていた。

門の向こう側に広がるのは、時代劇に出てきそうな瓦屋根が連なる平屋の街並みがある。


「わー、凄いな。映画町みたいじゃんすご!」


「ほうじゃなぁ、なかなか凄いわい」


「え、桃太郎じいちゃんみたいじゃん」


「うーん、そうじゃな」


 その門をくぐったところで、そこいらに居た住人達が一斉に数秒の静止。

活気がありワイワイとしていたのに、急な静寂に桃次郎は「え?」となる。

その後、ハッと我に返った人々が騒めき立つ。中には、ザルを持って『えらいやっちゃえらいやっちゃ!!』と鰌すくいの如く大慌てしている者まで出て居るではないか。一体何事か、と桃次郎は桃太郎を疑心の目で見る。


「桃太郎じいちゃん、何か皆こっち見てるんだけど……」


「ほうじゃのー。お前さん何かしたかにょ?」


「いやいやいや。おかしいでしょ」


「でしゅよねー。じゃあワシかにょお」


(ですよねーって若者かっ、そんな言葉一体どこで覚えてきたのだろうか)

 と言う内心の呟きはさて置き、視線を受けながらも恐る恐る進んで行くと、一人の農夫みたいな恰好をした男が目を見開いて震えながら声を発した。


「え、え、え、英雄様じゃあぁあああああ!」


 ガクガクとその足は震え、遂には尻もちをついてしまった男に傍に居た男が慌てて、


「お、おい! 大丈夫か」


と駆け寄る。

これを皮切りに、あちこちでざわめきが波紋のように広がってゆく。


「まさか、こんな所におられるわけなかろうー」


「寝言は寝てからいいやがれぇ」


「いや、待てあれは……」


「そんな、まさか」


「ほ、本当だ!」


「我等が英雄……も、桃太郎様じゃぁああ!!!」


 恐る恐るだった声が、ワッとこちらに駆け寄って来る。ちょっと向こうからも「なにィ!?」と言うド太い声が上がったかと思うと、老若男女ごちゃ混ぜになって土煙を上げながら迫って来るではないか。


「ひぃっ桃太郎じいちゃん!」


「ひょえぇっ桃次郎!」


 思わずヒシっとお互いに抱き着くが、身構えるよりも早く、あっという間に周囲を取り囲まれてしまう二人。

 勢いが恐ろしく、半分涙目でガタガタと抱き合ったまま「も、ももも桃次郎っこれは一体」「怖い怖い、ちょっ怖いってこっちが聞きたいんだけど!?」と口にしているが落ち着いて聞いてみると──


「一体何故にこちらにおられるのですか?!」「よくおいでくだされた!!」

「ゆっくりしていってください!!」「誰か、はやくお茶を持て!!」


という二人にとって悪意とは程遠い発言をしているのが聞き取れた。

矢継ぎ早に号令が出され、道の真ん中だと言うのにあっという間に机と椅子が用意され、お茶とお菓子、それに立派な日除けの大傘まで立てられてまるで本格的な茶席のような空間が生まれてしまった。



『どうぞどうぞ!!』



 周囲を囲む視線の一つ一つがキラキラと輝いていてチカチカするそれをに面食らいながらも、(おぉ……ここ一番のそれらしい反応だ。桃太郎じいちゃんって一応本当に英雄だったんだなぁ……)と桃次郎は感じ入る。

彼の若干の関心なぞ知る由もないもう一人は……悪意無しと判断すると早速、用意された茶菓子をパクつき、お茶を啜っているという呑気ぶり。


 やんやと持て囃され、更に機嫌を良くした桃太郎じいちゃんの鼻は高々と伸びきり今までのいきさつを斯斯然然――と演技を交えて長々と話して聞かせるのであった。

隣に居る桃次郎はすっかり影を薄くして、同じ長椅子に腰かけているにも関わらず空気のようにひっそりと茶を啜るのであった。







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