第49話 魅惑


 じゃあ、と開いた口からは僕達の為に歌ってもらえないか。と提案する事だった。彼女がステージに立つ姿はとても綺麗かつ華やかで、そこに立つ事こそが幸せなのだと雄弁に語っていたような気がして。


「喜んで」


 マリリンさんはとびきりの笑顔で応じてくれた。

こんなすぐ即答されるとは思わなかったが、もう一曲でも彼女の歌が聞けるのであれば桃次郎としては満足だった。先ほどのステージで聞いた歌も、ショー全体も素晴らしかったのだ。


「うーん、それなら衣装をチェンジしたいわ! 少し時間を頂戴ね。ドリンクとおやつを用意させるから好きにつまんでいてね」


「勿論じゃ、ゆっくりちぇんじしてきておくれ。気遣い感謝するぞい」


「はい、待ってます」


「うん。よーし、ピーチいらっしゃーい! ドリンクとおやつの用意、それと私の着替えの準備お願い出来る?」


『はぁい、合点承知の助でっす!』


「じゃあお願いね」


『はぁーい!』


 ナノさん風の声の主とやり取りを終えて立ち上がったマリリンさんは、軽い足取りで奥の方へと消えていく。衣装の上でも分かる彼女の体格美は線の美しさをスーツからでも読み取る事が出来る程で去って行く後ろ姿すら綺麗だと思わせた。

 

「楽しみじゃのう、ないす提案じゃったぞ桃次郎」


「え、あ、そうかな……うん、楽しみだ」


 見惚れていた所にいきなりすごい嬉しそうな顔でサムズアップをしてくる桃太郎じいちゃん。

なんだよいきなりこっちにデレてこられても……驚くじゃないか色々な意味で。

脳裏にちらつく可愛らしい愛理に少し罪悪感を感じていた桃次郎は後ろめたさを突かれたような気がした。




『はぁーい、お待たせしました。ドリンクの準備を始めますね!』


 どこからともなく突然現れたのは、サイズも声もナノさんだが容姿だけ蝶の妖精みたいに変化している不思議な生き物。いや、手足がある時点で人……なのだろうか。

ピーチって呼ばれていたような、一体何者?


『私はマリリン・モモロー専属のピクシー・ナノ、ピーチで御座います。彼女の身の回りのお世話、なにから何まで全てワタクシにお任せナノです!

これから夢のような一時が始まりますね、楽しみ楽しみきっとすごーく素敵ナノです!!』


 独り言のような鼻歌のような言葉を話して背中に背負っていた小さなステッキをホイッと取り出し天井へ掲げる。それを二三振りすると、小さくもしっかりと立てそうなステージとソファにテーブルと次々にポンポンと出てくる出てくる。

しかも勝手に綺麗に配置されていくのだ。

さらに、桃太郎と桃次郎が座っている椅子はまるで意思があるかの如く四本の足で駆けだして一人でに浮かび上がりくるくると楽し気に宙を舞い、着地する頃には装い新たに腰が沈みこみ過ぎない快適なソファへと姿を変えていた。


 テーブルの上にはグラスが二つ、メニュー表が一枚。


『お好きな物をご注文くださいませ、グラスは一杯毎に交換させていただきますのでご安心ください』


 朧太夫の所も凄く丁寧な接客だったが、こちらも負けずで手厚く素晴らしいもてなしをしてくれるようだ。なんだか、こんないい思いばかりを一方的にさせてもらって申し訳ないような気持ちにすらなっていた。


 それぞれ一杯ずつ飲み物を頼み、軽食とまではいかない焼き菓子を幾つか出してもらいつまみながらマリリンさんの準備を大人しく待つとする。



 程なくして再登場した彼女は、ピンク色の袖がないマーメイドラインドレスに肘まである真っ白なロンググローブを身に着け、パールのように煌めくハイヒールでしっかりとステージの上に立つ。

 一曲だけで良いと思っていたのに、かなりの気合を感じた。

アクセサリーも全て替え、ガラリと雰囲気が違う。纏うものすら彼女の全てを視覚的に魅惑へと導く。



 開演



 部屋の照明が仄暗く落とされ、柔らかなライトがマリリン・モモローに集中する。

ふぅ、と一つ吐息を漏らすがそれは何とも官能的であった。

 ゆったりとした歌いだし、それに合わせて身振りや手振り。視線の寄こし方まで何をとっても一流と言わざるを得ない完成度だ。

 ピクシー・ナノ・ピーチの活躍もあって、虹色の花が部屋に溢れたり蝶が歌に合わせて戯れるように舞ったりと二人きりで見るには勿体なく感じる程、とんでもなく素晴らしいステージだった。


 歌とミニショーを披露し終え、拍手喝采で彼女を労う。

 終わった後に、同じ席についてマリリンは桃太郎をじっと見つめた。


「あー、気持ちよかったわ。さ、それで……モモが私としたい事は?」


「ん? いんやぁ、ワシはもう十~分楽しませてもらったからのぅ。気にしないで大丈夫じゃぞい」


「あら、モモったらもしかして遠慮してるの?」


「いんや、全ー然」


「んー、そぉ? じゃあ……わかったわ。カクテルタイムしながらお話しましょ」


「おぉそれは良い案じゃなあ、流石はマリリンちゅわんじゃ」


 この展開は意外だった。

普段はいかがわしさ全開の癖に、急にそれは鳴りを潜めてしまったようだ。

大人しすぎて何か企んでいるのではないかと桃次郎は勘ぐるが、そういった事は全くなくて拍子抜けもいいとこである。

 いかがわしいどころか、さり気なく相手の意見を尊重しつつ褒める事までするなんて……

 動向を見ていると、本当にそれでいいとしているらしい。


 話の準備にとピーチがテキパキと動き回っている。

どこで調理しているのかは不明だが様々な種類のカクテルが準備され、きのこのアヒージョや数種類入ったナッツ、生ハムとクリームチーズにソーセージ、ポテトサラダ、チーズの盛り合わせなど様々なおつまみが次々と運び込まれてきた。


「モモ、ジロとはどこから知り合ったの?」


「うーん、話せばながぁーくなるんじゃ……」


「マリリンさん、桃太郎じいちゃんはある日突然やってきて寝ている僕を叩き起こしたんですよ」


「も、桃次郎! それは今いいじゃろ言わんでも!!」


「なんだよ、本当の事だろ」


「今じゃなくとも話せるじゃろ、な、そんな事はいいんじゃ」


「あら、私聞きたいわモモ?」


「ほーら」


「うぐぬぅん……」


「今居る家が嫌になったから、新しくしてほしいそうですよ。けど、僕しか桃太郎じいちゃんを視る事が出来なくて存在を感じられたのも僕だけだそうで声かけてきたんです」


「そ、その通りじゃ……」


「へぇ、モモはおうちが嫌になったの?」


「う、うん……まぁそうじゃのぉ」


「いや、それがなんでも昔の──むぐ」


「いや、ははは、色々あってじゃなぁホホホ」


 いきなり口を塞がれてムームーと抗議するも、話をしないと分らせるまで解放してもらえる事は無かった。

 暫くしてから無抵抗になった所でようやくといった具合で手が外された。

何するんだよと言いながらも、それは話さんでくれと目が懇願しているので諦める事とする。

 まぁ、確かに格好良くいたいと思う相手の前で色々詮索事を話すのもねと思うので適当に言いつくろって合せておく事とした。



**



 お酒やつまみもすすみ、随分と長い事三人で話をしていたがマリリンさんは明日もステージの予定ということでお開きの時間がやってきた。


「もっとゆっくりしていても良かったのよ?」


「気持ちだけ有り難くいただいておくとするじょ、明日もステージならばよく休まんとにゃ」


 こういうとこだけ変に紳士的な一面があるなぁ、桃太郎じいちゃん。と紳士風に対応している桃太郎を横目に「とても楽しい一時でした」と桃次郎もマリリン・モモローに感謝を伝える。


 別れ際、一夜目限定の豪華特典である頬にキスをしっかりとマーク付きでもらい桃太郎も、桃次郎もすっかりマリリン・モモローの魅力の虜。

桃次郎には愛理という大切な人が想い人が居るため、遥か彼方に存在するトップスターを素敵だと思うようなそんな感じだが、桃太郎に至っては完全に絆されてしまったようで


「またずえ~ったい絶対にマリリンちゅわんに会いに来るからねぇ!! まっとってくれぇ」


と彼女の手を取って、んむちゅーっと唇を突き出した所、あっけなくするっと外され体ごとくるりと回れ向こう。

肩を掴まれてモミモミと解されながら「約束よ? 待ってるわ」と後ろから耳元で囁かれ顔がポンっと茹蛸のように赤くなって頭から煙まで出していた。

可哀想に相当重症そうである。勿論放っておくが。



 そうして、美しい女性に見送られながらネオン輝く大人の街を二人は後にするのだった。

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