第47話 マリリン・モモロー

 視界が開けた先に見えたものは、先ほどまでいた場所とは仕様の異なる部屋だった。


「いらっしゃい」


 目の前に居たのは、ステージにいたマリリン・モモローその人。

ふわふわのファーショールから、袖のついた物へと着替えていた為露出はかなり減っているが、隠された物の姿を先ほど目にしたばかりだ。

 何となく、恥ずかしくて目を逸らす。


「モモ、約束果たすには遅いんじゃないの?」


 ドキン


 桃次郎の心臓が跳ねた。

(……約束? なんの事──はッ)二度目である。完全なるデジャヴ。朧太夫に呼ばれたと勘違いした時もそうだった。皆、先に桃太郎じいちゃんと知り合いであるのだ。僕じゃない。

 恥ずかしい事を口走る前に、かぶりを振って桃太郎じいちゃんを見る。

 案の定、鼻の下をデレっと伸ばして頭を掻いていた。


「マリリンちゅわん、めんごめんご! ワシちーっとばかし遅くなっちゃったのう!  だが、こーして来たじゃろ? ね?」


 わぁ、気持ち悪いな。

そんな素直な感想は一度飲み込み、二人のやり取りを暫し見守る。


「そんな事言って、本当は来る気なかったんでしょ」


 信じてないわと言う風に、腕を組んでツンとそっぽを向く彼女は本気な訳ではなさそうだが簡単には許さないと言いたげである。


ゴホン


 咳払いが一つ聞こえ、その後に「マリリン」と呼ぶ声がした。

一斉にそちらを向けば、ちょび髭が立っており発言しても宜しいですか? と遠慮がちに口を開く。


「あら、チョビ。まだいてくれたのね、案内ありがと。今日はここまでであがっていいわ」


「承知いたしました、マリリン、幸運なお客様方それではよき夜を」


 ちょび髭はその場で一礼すると、礼の姿勢のままでポヒュンと小さな音を立て煙と共に消えた。

 煙の中からキラキラと光るリボンが何本も出て来て、クラッカーを鳴らした後のような物が宙を舞う。


「まぁ、チョビったらやるわね。お疲れ様」


 すでにその場から離れたであろうちょび髭に向かってマリリン・モモローは陶器のように美しい顔に微笑みを咲かせて労いの言葉をかけた。


「あやつ、ちょび髭なんぞ生やしおって……小生意気になったもんじゃわ。なかなかに似合っておるのがいけすかんのぅ」


「あら、チョビが聞いたら飛び上がって喜ぶわね。英雄様?」


「んもう、マリリンちゅわんたらば意地悪なんじゃ~、久しぶりじゃから優しくしてくれんかのぉお願い」


 じじいのデレっ子モードを目の当たりにした可哀想な桃次郎は背筋を悪寒が駆け抜けていくのを感じてブルりと身震い。ついでに鳥肌もぶわっと立ったので両腕をワシワシと摩る事に必死になる。


「で、モモ。その子は紹介してくれないの? って言うか今夜の幸運ボーイは彼なんだけど」


 視線をつぅ、とこちらに寄越すので桃次郎と視線がかち合う。そして、笑み。


「やっぱり意地悪じゃ……もしやじゃなくとも遅くなったのやっぱり怒ってるじゃろ?」


「別に、そんな事ないわ。モモが私との約束放ったらかしてオボロの所に行っていた事なんてぜえんぜん気にしてないわ、私。ほら、忙しいもの」


「うおおん、すまんよぅ先にこっちに来ようと思ってたんじゃあ本当じゃよ? だがのぅ、丁度つまらん奴に会いに行く道中でな。そっちを蹴ってまでワシらの事をもてなしてくれたんじゃよ」


「んべ、結局モモはオボロの方がイイのね」


「のぉぉぉ、そんな事ないじょ。ワシ、みーんな大切じゃもの!!」


「ちょっと、ここは私が一番っていうとこでしょ! もう、モモは変わらないわね」


「マリリンちゅわんは前に会った時よりも更に美しくなったのう! へあーすたいるもイカしとる、今日の爪も真珠のようで素敵じゃし!」


「オダテテモナンニモデマセ―ン」


 流暢な言葉から急にカタコトに変換して話し肩を竦める。そうしながら、口元に手をあてながらくすくすあははと笑い少女のような笑みが咲く。さっきから本当にコロコロと良く表情の変わる人だ。

 自分自身はあくまでも想うのは愛理さんオンリーだけども、桃太郎じいちゃんの言う事も少しわかる気がする、とも思った。多くの男性は彼女の魅力を前にしたらいちころで叶わないのだろう。さっきまでいたショーステージには、女性も沢山いて彼女達もマリリン・モモローの魅力に随分やられているようだったし。

 そして、僕も素敵だなと思わざるを得ない程、彼女は魅力に溢れていると感じる。

歌唱も、魅せ方も一人なのに皆が釘付けになって息を飲む様は圧巻だったから。


「で、ぼーやは誰?」


「こやつは桃次郎、ワシの子孫じゃな。ほーんと色々あってのう、今一緒に旅をしとる所じゃ」


「笹ヶ瀬 桃次郎です、初めまして。あなたは……マリリン……ええと僕のいる所ですとちょっとお名前違うみたいですけど」


「あら、モモの子孫なの? へぇ、可愛い顔してるのね。モモの子孫なら沢山可愛がってあげなくちゃね。私、そうね……下では前の名前で呼ばれていたものね。こっちに来てからはマリリン・モモローで生活してるのよ。よろしくね、ジロ」


「じろ……」


「こりゃ、桃次郎よ花形さんに名前の事を言うでない。有名人は本名伏せる人もいるじゃろ? そんなもんじゃ」


「あ、それもそっか。申し訳ありません」


 マリリン・モモローさんに向かい一礼すると、本人はちっとも気にしていないわとまた笑った。


「さて、ここは応接室みたいな所なので移動しましょ。といっても直ぐだけどね。ピーチ、頼むわ」


『はぁい、お部屋はどこがいいですか?』


「んー、そうね……じゃあ蜜の部屋でお願い」


『わかりましたぁ、それでは行きまーす』


「はーい」


 え、あれ? 聞いた事のある声がすると思う。いや、今のナノさんじゃ……?

ピーチって呼んでなかった? もしかして、専属付き人感覚で色々裏方してたりするのか?

 桃次郎の脳内に小さなナノさん達がハテナマークを持ったままくるくると忙しなく回り始める。


『イッツショータアイムッ』


 その疑惑の声が合図すると、突然部屋が暗転、自分の指先も見る事が出来ない暗闇が訪れ音楽が鳴り始める。

 ……マジックなどでよく使われるあの曲だ。


 曲が一通り流れると、最後にマリリン・モモローさんが新しい衣装で現れ、そこはまるで小規模なカジノさながらの華やかな場所へと変化していた。

 中央にドルと描かれた巨大な風船が天井に浮いていて、その下には小さな池のような噴水が音楽に合わせて踊っている。

そして青やら赤やらピンクのネオン管がそこいらじゅうに張り巡らされ目がチカチカしてしまう。


 あまりの眩しさに、桃次郎はなかなか目を慣らせないが派手な音楽は曲を変えて鳴り続け止まない。相当うるさい室内、それなのに、コツコツとヒールが床を叩く音がハッキリと聞こえてくるのだ。

 

 コツコツ

 コツコツ

 コツ──カツン



「じゃあ、いっぱい遊びましょ」


 恐る恐る目を開くと、黒いハイヒールに黒い細身のスーツパンツを身に着けている。先ほどまでは真っ白なヒールだったのに急に変化している。

 頭からは長く黒い兎耳を伸ばし、首には襟と蝶ネクタイをして、ウェストをキュッと引き締めたように見せる造りの衣装に燕尾のようなヒレが後ろでゆらゆらと揺れる。

 所謂、バニーガール風の衣装へと華麗にチェンジしたらしい。ハイレグ的ないかがわしい装いでない事が桃次郎にとっては救いだったのだが──

ぷっくりとした唇が悪戯そうに、またとても楽しそうに口角を上げていく。



そして、大きく開いた所から二つの豊かな双丘がこぼれんばかりの勢いでたゆんと目の前で揺れたのであった。

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