第46話 オンステージ
『うーん、モーレツゥ! モモロー!』
『うーん、モーレツゥ! マリリーン!』
『素敵ぃ、マリリーン!』
『素敵よぉマリリーン!』
それは突然だった。
男達からの合いの手と共に女性も負けじと声を張り、壇上のマリリン・モモローを包む。
その声に応えるかのようにひと際美しく熱を帯びた声色と視線で以って歌う。
『そうよ、今夜はあ・な・た・に愛されたいわ』
キョロリとガラス玉のように美しい瞳を動かせば、地響きのような男共の絶叫が突き上げる。かき消されながらも、女性も負けていない。
《うぉおー!! マリリン俺だぁああーーーーー!!》
『きゃあああ! マリリーン!! 私よーーーー!!』
「――ッ!?」
会場全体の空気が振動しビリビリと響き渡る。その声達に遠慮なく殴られた桃次郎は思わず耳を塞ぐ。
その横で、しわがれじじいが大絶叫をかまして……
――いなかった。
「あれ? 桃太郎じいちゃんは叫んでない……?」
こんな状況なら、我先にと目の色変えて叫ぶと思っていたのだが……。
すると、桃太郎はふるふるとかぶりを振って「桃次郎よ、」と言って目を伏せた。
「ここは、あんな有象無象とは違うのじゃ……格の違いよ」
「は、なんて?」
青いのぅと言わんばかりの顔で肩をポンポンと叩かれ若干イラっとする。
「まぁ、見ておれ」
そう言われたら従うしかないが、ハッキリしないなぁと桃次郎はため息を吐く。
ステージに立つマリリン・モモローは妖艶にスタンドマイクを撫でると肩までするり、とファーショールを落として伏し目がちになる。
「あと一息じゃ」
何故か桃太郎じいちゃんの鼻息がフンと荒くなり、気持ち中腰くらいまで尻を上げている。
マリリン・モモローはゆったりとその場で一回転すると、再びマイクを握り
「駄目ね、幕は下ろせないわ」
そう言うと、曲調が一気に変わり、一度上に上がったミラーボール達が再び現れてくるくると回り始めた。何事も無かったかのように二曲目に突入し周囲の客からも残念そうな声が上がり会場内が一瞬だけざわめいたが、歌いだすまでにはしっかり鎮静していた。
「あぁ~駄目じゃったか、くそう、じゃが次のこれで決めるぞい」
なんだか分からない事に桃太郎じいちゃんは盛大なため息を吐き、浮かせた中腰をどっしりと下ろすのだった。
キラキラと光を散らすライトはステージ上の彼女を宝石のように煌めかせる。
溢れるキスでは駄目なのよ
ちっともお腹は膨れやしない
お金持ちにはそれなりに良い男がいるけれど
宝石をプレゼントしてくれる男を選ばなきゃ駄目
宝石は女の一番大切な友達
齢をとっても関係ないわ
曲がった腰すらシャンと伸ばすの
宝石とキスすれば私は華やかに花開くわ
溢れるキスも好きだけど
それじゃ家賃は払えやしないわ
男は女が何で一番輝くのか知るべきよ
いいこと、プレゼントは宝石よ忘れないで
隣で花開く私に手を差し出して
ダンスを申し込むのよ
月明かりの下でそれより眩い光を放つわ私
あなたを熱く蕩ける程に見つめるから
彼女は歌の最後でファーショールにキスをしてからをふんわりと投げる。
それが、ふわりふわりと宙を舞う。
歌唱を終えた時点で会場が割れんばかりの拍手に包まれた。マリリン・モモローが投げてから桃次郎以外の全ての観客が我先に掴もうと必死に伸ばすが、結局誰の手にも届く事無く、それはポスンと桃次郎の膝へと落ちてきた。まるで、最初からそうする事に意思を持っているかのような動き方に見えるような動きで。
「え」
「ぐぬぅ、桃次郎か……くそう! じゃがワシ桃次郎の保護者のようなもんじゃしワンチャンあるじゃろ!!」
「は?」
状況が全く理解出来ていない桃次郎に、桃太郎は何やらぶつぶつ言いながらもニマニマと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
嫌な予感しかしないが。
そう思っていると、会場全体から羨ましいと合唱が響いた。
「今夜は坊やと遊んでアゲル」
ちゅっと片目を瞑って投げキッスを桃次郎に寄越したマリリン・モモローは嬉しそうな笑みを浮かべてステージ上で一回転。
カツンッとヒールで足を合わせると次の瞬間、パッと虹色の蝶が姿を現しマリリン・モモローは姿を消した。
大きな虹色の蝶は光る粒子を螺旋状に巻きながらゆったりとステージから観客席を飛び回り再びステージ上へ戻って来ると、ふわりと羽を羽ばたかせ一直線に天井へ向かう。
天井付近に到達した所でもう一度大きく羽ばたくと大小様々な花が上から客席へと降り注ぐ。
それに見惚れながら思わず手を伸ばすと、
「今日はここで幕引き、また来て頂戴。皆大好きよ」
と、どこからともなくマリリン・モモローの声色が聞こえてきてそう告げた。
その一言で会場は揺れるような歓声と拍手に包まれる。
暫く余韻を楽しんでいる間にちょび髭がステージ横に現れて閉幕の案内をし、明日は一日休みがある事と明後日の公演をまたお楽しみに、と告げて下がっていく。
下がる前最後に、桃次郎に向かい
「今宵の幸運なお客様、こちらからご案内いたしますので、暫しその場にてお待ちいただきますようお願いいたします」
と更に告げた。
「坊主、羨ましいぜ」
「楽しめよ」
「坊や、いいわねぇ」
「んもー良かったわねぇ、羨ましいわぁ」
退席する人々から次々に何故か祝福の声を掛けられていく。
とは言いつつ、幸運だのなんだの言われても良く分かってはいないので、はぁ、どうもなど間の抜けた返事しか返せなかったのだが……。
全ての観客が退出していくのに時間が掛かったが、その間にステージを見回してみたり、手に残ったオレンジ色の花の香りをスンと嗅いでみると甘いフル―ツのような良い香りが桃次郎の鼻腔をくすぐった。
「どうなっているんだろうなぁ、不思議な装置でも使っていた? それとも魔法的な感じか」
「まぁ、誰にも裏側はわかんらんもんじゃ。ほれ、そう事は言わぬが花と言うじゃろ? そういう事にしておけ」
確かに、知らないからこそ素直に感心出来る事は多いのだから秘密は秘密のままとして全ては知るべきでは無いのかもしれない。
マジシャンが種明かしまでをショーの一環として行う事もあるが、こういった大掛かりな物は素晴らしいと思う気持ちそのままにとっておこうと決めた。
「ん、まあそうだね。そういう事にしておこう。でも凄かったなぁ、現世じゃとても出来ない芸当だろうな。マリリン・モモローさん結構って言うかだいぶセクシーだったし、僕一人じゃ駄目だ。現世じゃとても入れないわ」
「ほほ、ジローはウブウブじゃなぁ。そんなんで愛理ちゅわんとおちゅきあいなんて出来るのかのぉ」
「揶揄うなよ。それとこれとは、話が別って言うか……」
「ま、愛理ちゅわんほどの子ならば本当にほうっとかんじゃろて」
「今それ言うなよ、どうしようもないんだから」
「おうそれもそうじゃの、ホヒヒ」
どうにも調子が狂うなと桃次郎は頭をガシガシと掻く。
そうこうしている間に、いつの間にか全ての観客が捌けたようだ。
「お待たせいたしました。それでは今からご案内いたします」
ちょび髭が目の前までやって来て恭しく一礼し、姿勢を正すとどこからともなく紫色の結晶を取り出し『至高のひと時』と声を掛けると『朝が迎えに来るまで』と返答が帰ってきた。
次の瞬間、薄紫色のヴェールがふわりと広がって三人を包み込んだのだった。
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