第45話 ネオン
桃太郎じいちゃんを追いかけていくと、ひと際開けた広場のような場所に出た。中央には巨大な蓄音機が鎮座しゆっくりと回り古めかしい音楽を奏でながら空間を彩っている。
コーヒー又はウィスキーなどの正に大人が似合いそうな街並みで、ボンキュッボンな体形を前面に押し出した花形さんと思しき女性が『ヘイ、ボーイカモン♡』と怪しく手招きと投げキスをしてくるので慌てて顔を背けるのだ。何か凄く恥ずかしい。
こちらは白粉と違い独特な香水のような香りが漂っている。香り高いムスクのようにセクシーで、かつ甘いような魅惑的な匂い(某有名俳優をCMに起用したモノの受け売りである)が溢れ桃次郎は大いに鼻腔を弄ばれていた。
「ちょっと、待てって!」
「おほーう、何じゃ桃次郎きよったか」
「あんのね、置いてかれっと迷子になるでしょうが二十超えた大人がさ!!」
走ってるんだか飛んでるんだか分からないような、信じられないスピードで突き進んでいく背中を追いかけるのはなかなかに骨が折れたがやっとの事で捕まえた。
「全く、ちゃんと……」
「もう着いたわいにゃ」
「え?」
「ほうれ、見てみ」
桃太郎が指さす先に、どこかで見たような電飾に彩られた看板が視界に映る。
流れる映像には美しい女性がスタンドマイクに手を絡め、凄く色っぽい表情。
下には、電光掲示板のように【後十分でマリリン・モモローオンステージ】とオレンジ色の文字が右から左へと流れていく。
「さ、受付すましてがっちり見るぞい……チラリジュムがのぅ、うひひ」
「はぁ、わかったよ」
目がらんらんと輝き見るからにいやらしい事を脳内再生させているであろう桃太郎を呆れた様子で見やり、桃次郎は大きく諦めのため息を吐くのだった。
ネオンで【STAGE】と彩られたその場所は昔映画で見たような映画館そのもので、回転する扉を通って中へと入るようだ。
店内へ入ると、ボサノバ調の音楽がゆったりと流れていてカフェのような雰囲気もありながら天井には小ぶりなシャンデリアが幾つもあり、高級そうな絨毯が一面に広がっている。壁には趣向様々な絵画が等間隔に並びさながら小規模な美術館のようでもある。
ぐるりと見渡してみれば装飾品はどれも高価そうなものばかりが並んでいて、ドレスコードが必要そうなのに大丈夫だろうかと私服な桃次郎は思う。
が、そんな事お構いなしに奥へとずんずん入ってしまう桃太郎じいちゃんを更に追いかける。
奥に行くと、受付のブースが五通りありこれまた綺麗なお姉さんがブース毎にずらりと並んでいて圧巻であった。
「いらっしゃいませ」
担当してくれたのはハッキリとした喋り方のお姉さんで、こちらはセクシーな衣装とは違い首元をしっかりと隠した昔のエレベーターガールさんのような衣装を身に纏っている。
「何名様ですか?」
「二人じゃ」
桃太郎じいちゃんがぶいっと指を二本立ててニカっと笑う。
それに応えるように受付のお姉さんもニッコリと笑みを浮かべてこちらを見、
「二名様ですね、承知いたしました。桃太郎様、再びお越し頂きありがとうございます。お席のご希望はございますか?」
「むふん、おススメコースで頼むぞい」
「おススメコースのご利用ありがとうございます。それでは、左手扉からお進みくださいませ。素敵なひと時になりますように」
「おお、お主やるな。感謝するぞい、よし桃次郎よ早く席にいくじょ!」
「え、あ? ちょとまてって……あぁもう」
桃次郎には分からない会話が次々と繰り広げられ、あっという間に何か決まってしまったらしく桃太郎じいちゃんはまたさっさと先へ行ってしまうので慌てて後を追いかける。
(再びお越し頂きって言っていたような……前にも来た事あるのか……そう言えばなんかチラリズムがどうとか、おススメコースって言ってなかったか? いかがわしい店だったらどうしてくれよう。僕には愛理さんという心に決めた人が居ると言うのに)
そんな事を思いながらも、少し前に華街方面で朧太夫からとても刺激的な扱いを受けたばかりであったので、まったくけしからんと思いつつも少しだけ鼻の下が伸びてしまっている事に本人はてんで気が付いていない。
案内された通りに左手の扉から入室すると、そこだけ他の客席とは少しだけ違う椅子が一席あった。繋がっているカップル席とでも言える座席。
ここに肩を並べてじじいと座るのかと桃次郎はゲンナリするが、初めて来たのだから仕方がないと諦め、周囲を見回してみる。
店内は小規模な円形のホールで、天井には大小様々なミラーボール達がくるくると回っている。
万華鏡の中を覗いたような光景に思わず目を細めた。中央のステージからも遠くない席で、かつ、ほぼ満席の状態である事が分かるのに、何故ここだけ空いていたのか分からないくらいの良席に通してもらったようだ。
後から気が付いたが、中に入ると外の音楽は一切聞こえてこない。これは現世の映画館とも同じような防音の造りになっているのかと感心する。
そうこうしている内に、スーツを纏った七三分けのちょび髭男性が出て来て一礼。
「レディス&ジェントルマン本日お集まりの皆さま、今宵も皆々様のお耳を存分に蕩けさせて魅せましょう! 天界一の美声が美しく咲き乱れます、お楽しみあれ!」
会場は指笛や拍手で一気に盛り上がる。
再び恭しく一礼し、男性が下がるとブーっという開演ブザーと共に店内の明かりが一気に落ちた。
パッとスポットライトが中央を照らし出し、音楽が掛かるとざわめきが一瞬にして静まり返り皆一点を集中して凝視している。
熱すぎる期待の視線の中スポットライトを一身に浴び、スモークを纏いながら登場したのは――
フィンガーウェーブの美しいブロンドのボブヘアが特徴的で、ぷっくりと艶やかな真っ赤な唇が林檎のよう。体のラインに沿う白いワンピースドレスにふわふわと厚みのあるファーショールとを華麗に着こなし、そこから白く長い四肢がしなやかに伸びている。これぞまさに、ダイナマイトボディと言わしめる女性。
長いまつ毛をゆっくりと開閉させながら、色気と言う鱗粉を惜しげも無く振りまき見ている全員があっという間に雰囲気に巻き取られていく。
すらりと長い指を、するするとスタンドマイクに絡ませ熱く吐息を漏らすように妖艶に歌う。
――あなたじゃなきゃ嫌なのよ
どこ見てるのよ、こっちを向いて
そうよ、あなたに愛されたいの
あなたのハートを私に頂・戴♡
モモッピドゥ♪
あなたったら、よその子見てたら承知しないわ私
安いウィスキーで誘えると思わないで
夕日が波の向こうに沈む前に迎えに来ないと承知しないわ私
三日月が空に昇る頃には腕の中よ
甘い言葉で蕩けさせて
あなたじゃなきゃ嫌なのよ
どこ見てるのよ、こっちを向いて
そうよ、あなたに愛されたいの
熱いハートを私に頂・戴♡
モモッピドゥ♪
聞いている耳が蕩けてしまいそうな程、脳に響く甘い歌声に桃次郎は鼓動が速くなるのを感じた。
ふるふるとかぶりを振って慌てて桃太郎を見ると、最早手遅れと言った具合に顔面のみならず全身まで蕩けきってしまってるではないか。
が、それをどうこう出来る訳もなく次々耳へと飛び込んで来る歌声は脳を直撃し思考を有耶無耶に輪郭をぼやけさせるほどの美声で、結局は桃次郎も桃太郎と同じように聞き惚れてしまうのだった。
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