第43話 美しい と 可愛い

「いや、凄かったですね! 狐の嫁入りなんかは本当にここに風景が広がっていて、二人が淡く切なくて……それに、その後の演目全てが素晴らしかったです」


 興奮冷めやらぬ桃次郎は、集団を見送ってからまず朧に話しかけた。彼女が相当な美女であり、開始直前まではドギマギしていた事など一瞬忘れて目を輝かせる幼い男の子のように。


「うふふ、そうねぇ。わっちもよう楽しみんした。花幻一座は昔から結構名の通った一味でね、他とは違った一際光る物がありんす。楽しんで貰えたなら、わっちも嬉しいわ」


 柔らかく笑う朧に、心なしか桃次郎の頬は赤くなる。

やはり、朧太夫は美しい。瞳はアメジストのような紫が綺麗で、髪は水色と青がグラデーションをするような不思議な色合いであるのに鮮やかで美しい。

現世では、勿論こんな髪染めなんてきっとないし黒髪が主流だったろうし、こんなカラフルな感じはここならでは、と言った風だろう。

──その、誰に弁明をする訳でもないが愛理さんも勿論美人だ。だが、彼女はどちらかと言えば可愛らしいと言う方が合っているように思う。ので、こう朧太夫を綺麗という感覚とは別と言いますかね、何と言うかハイ。

そんな風に己を納得させる為に管を巻いていると、桃太郎が突然ぐいぐいと会話に割って入って来る。


「何じゃ、桃次郎め今更朧ちゃんに鼻の下伸ばしおってからに! ワシ、朧ちゃんに花幻一味を見せてもらうの何と何と二回目じゃもんねぇ!! 羨ましかろ~!」


 何と争ってるのか、桃太郎が対抗心をむき出しに いいじゃろへへぇーん! とほざいている。

 別に、桃次郎は鼻の下を伸ばすとかそう言うんでは無く(確かに頬は多少赤らめたかもしれないが美女を目の前にしたチェリーボーイなんだ、仕方ないじゃないか)

純粋に今の一味が凄かったと彼女に向けて感想を言っただけである。


 花幻一味を手配したのは、恐らく朧太夫の一番の部下的な位置にいる銀さんであるが、彼は常に朧を第一に考えて行動をする男故に最善だと思う行動をしたまでであろう。上司の顔を立てるならば、彼には今直接「ありがとう」を伝えられない分、一番初めに感想を伝える相手が彼女であったまで。

きっと、朧太夫から後に銀さんには礼がいくのだと思うから。

本当に素晴らしいと感じたのだから何も後ろめたい事は無い。多分。


 しかし、桃太郎本人は朧の可愛い微笑みが自分を差し置いて桃次郎だけに向けられたのが相当悔しかったのだろう。恐らくそれに反応したに過ぎないと思う。


「うふふ、じろちゃんにもまた見せてあげるわね」


「あ、ありがとうございます……」


「朧ちゅわん、わしも! わしもええよね!?」


「まぁ、桃ちゃんたら意地悪しないってわっちと約束出来る?」


「え、そうじゃなぁ、うんするする! 意地悪なんてせんよぉ、約束しちゃう!」


「ふふ、わかりんした。じゃあ次の時にも呼びんしょうね」


 悪戯っぽいような、お姉さんのような微笑みを向けられて、桃太郎じいちゃんはもう目も当てられないでれっでれぶりである。僕も将来こうなるんだろうか、と一抹の不安要素を目の前で見つつこっそりとため息を漏らしておこう。



 美人で美しい人 と 可愛らしい人



 そんなの比べるなんて失礼だし何様じゃい、とは思いつつ桃次郎の頭の中に居るのはただ一人。それは愛理さんの姿である。

桃次郎的には、どちらでも素敵な事には変わりないが……改めて彼女を想うと

あぁ、今どうしているのかな。早く会いたい。そんな事ばかりが浮かんで来る。

会えなくなってからもうどれくらい経ったのだろう。あれだけ週末デート風な事(とは言いつつ、実際告白もまだなのであくまでもお友達である事実がちょっと辛い)していたにも関わらず……と思い至った所で、ふと思考を止めた。


 現世で僕の体がどうなっているかなど分からないのだ。

閻魔様は死ぬはずではなかったと言ったのだから、向こうの肉体は一応ちゃんと仮死なんだと思う。

 どうしよう、生き返ろうとしたらもうちゃっかり葬式まで終わっちゃっていて火葬されていたりして。それで生き返ると何、僕何者になるの? 骨? まさかのボーン……?

 それで、それから……。どうする……?

 おぉぉぅ……僕はこんな風に楽しく桃太郎じいちゃんとキャッキャウフフしているばやいと違うのでは……と今更ながらにじわりと焦りの心が滲み出て来る。

 しかし、そうは言うものの、急がば回れと言う言葉に沿うようにして今行動しているのだから焦りは禁物なのかもしれない。

 滲み出た焦りをぐいぐいと何とか心の内に押し込めて、楽し気に会話している二人を見ると少しばかり落ち着くような気持ちになる桃次郎であった。













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