第41話 一座

 部屋へと入って来て横一列と言うには少し歪な具合に整列した狐面の五名は、一度だけ揃って頭を下げると矛を天井に掲げ一斉にシャンッと振り鳴らす。


『晴れたお空にゃ青一色、富士のお山に雪化粧、雪玉転がし大きくすれば童喜び庭駆けまわる。アイナ、アイヤアイヤソレソレ、狐の嫁入りさて何月?』


 シャンシャンシャランと華麗に矛が空間を泳ぎ、五名はテンポよく歌い綺麗に声を揃えて一糸乱れぬ見事な舞を披露し、その最後に、桃次郎に矛先舞鈴が揃って五つ向けられた。


「え、僕?」


 今しがたの問題の解を一同に求められているようだ。周囲の視線が一身に注がれるが、急に振られた為に回答がわからぬ問題に項垂れる子供のように居心地が悪い。

キョロキョロとみまわし「どういう事?」と傍に居る二人に助け船を求めるが、朧と桃太郎はニヤけた笑みを張りつけて声を揃えてこう言った。


『教えてあーげない』


「ええー、そんなぁ」


 悪戯っぽく歯を見せて破顔する二人に桃次郎は落胆するが、そんな様子に朧と桃太郎は一言づつの助言をする。


「ジロちゃんだいじょぶよ、簡単」


「ジロー、むじゅかしくはないじょ。しっかり考えんかいにゃ」


 助け舟二艘はあっさり彼の救助を拒否し、己で考えるようにと追加注文まで付けてくる始末。仕方がない、己の脳を回転させて何とか答えを捻り出そうと頑張ってはみるが……こうと言う物は残念ながら浮かんでは来ない。

 こういう問題は頭を柔らかくして挑むべきだが、桃次郎の頭は簡単に柔らかくはならないのだった。


「うーーーん……何月って言たって……雪が降って雪だるまが出来るくらいだから、ええと、十二月とか一月くらい?」


 それでも、何だろうと考えて何とか解を導いてみる。

 しかし──


『ざぁんねぇん!! 我等狐、化かす騙すは大得意! 若旦那、一回お休みあらはら残念、残念無念また次回!』


 悪戯に跳ねながら桃次郎の周りを二周すると、『ではでは、そちら様』とあっさり解答権を桃太郎に移し替えてしまう。

ふられた桃太郎は食い気味には行かず、静かに瞑目し直ぐに片目だけ開くと人差し指を立てて勿体ぶるように答えを出す。


「ふむ、この場合は……解は皐月、でどうかにゃ?」


『…………』


 僅かな時の静寂が空間を包む――かと思いきや、一拍置いた後に静寂を打ち破るは鈴の音。

今度は厳かな感じから一転、じゃんじゃかじゃんじゃかとやかましい程打ち鳴らし、『だいせぇかぁあい』と嬉しそうな声を上げた。


「あらぁ、桃ちゃんも流石ねぇ。じろちゃんはきっと無垢で騙されちゃったのね」


 朧が袖で口許を隠しながらふふふと笑うと、流石と言われた桃太郎はブフンとふんぞり返って桃次郎を見る。


「おひょひょ、桃次郎なんてまだまだじゃのう!」


 と、これでもかと言うドヤ顔を披露してくるので掌底か肘鉄でも喰らわせてやりたくなった一瞬を何とか堪え、何故皐月が正解かと聞いてみる事にした。


「えーと、どうしてさっきので皐月、って言うと五月? が正解なんですか?」


 投げかけた質問に、一味が答えるより早く口を開いたのは朧だった。

彼女もまた、少しだけ得意げな笑みである。とは言っても、先のじじいのような小憎らしいドヤっではなく、とても可愛らしいと言うのが特徴的だった。


「それはね、さっきの歌は回答者を引っかける為に沢山の嘘を混ぜて歌っていんして、本当の問題は一番最後の『狐の嫁入りさて、何月?』だけ。狐の嫁入りって言うのはねぇ、雨月に起こり易いの。伝承は幾つかあるからコレとも言えないのだけれど……あぁ、現世で言うと梅雨もしくは、曽我の雨にあたる月を答えるのが正解よ」


『朧太夫、だいだいだいせいかぁい~!!』


 一通りの説明を待ってから嬉しそうな声達は祝福の鈴をシャランシャランと軽く鳴らし、小さく兎のように飛び跳ねている。

朧が答えた細かな内容をまた一つの解とし受け取ったようで、桃太郎と朧は二人で正解し互いに顔を見合わせ微笑み合ったりしていた。

 五人衆は鈴を鳴り止ませると、整列した一団から一人が一歩前へと進み出て深々と頭を下げながら、


『我等、花幻一味はちょいとした芸や余興の一団でござい。それ即ち夢のような幻でありますれば暫し、我らの夢幻の芸にお付き合い頂きたく候』


 口上を終えた一人がポンと一つ手を叩けば、何処からともなくその両脇に煙が出現し、それがあっという間に霧散すると同時に突然子狐が二匹現れて器用に二足立ちの姿勢で立つ。その子らは、小脇に黒色がハッキリとした朱色の結わい紐が美しい小さな鼓を抱えている。


 ストンとその場に行儀よく座ると、小さな肩に鼓を持ち上げ『いよぉ』と揃って掛け声を上げ、ポンッと掌(肉球で……?)で一つ打ち音を奏でた。


『お次の演目は、【狐の嫁入り】でござい』


 可愛くぺこりと頭を下げれば、小さくもふもふとした獣の耳もピコリと動いてご挨拶、他の大人達はサッと一様に動き各々配置につく。

前に出た二人は向き合うように立ち、後に下がった二人は矛を上に掲げる姿勢を取っている。


 これから、いよいよ花幻一座の真骨頂である演目がお披露目されるのである。

 朧、桃太郎、桃次郎は揃ってそちらを注視し、各々これから行われる事に対して期待の眼差しを向けた。





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