第40話 実はね
「わッ!! なっ何を……ッ?!」
ラッキースケベとか、そんな生易しいものではないとんでもハプニングに見舞われあわあわと大急ぎで両手で顔を覆った。
朧は何枚も重ねて着ている着物の上掛けたったの一枚を脱いだに過ぎない。
「まぁ、なんてういの。可笑しい子ね。大丈夫よ、わっちを見てご覧」
(そんな事言ったって――っ!)
桃次郎は耳まで赤く、何を想像しているか見ずとも解る程にわかりやすく脳内はパンク寸前今にも沸騰しそうである。
「おこちゃまじゃのーまったく、桃次郎は!」
傍観していた桃太郎が茹蛸よろしくなった桃次郎の様子にゲラゲラと笑い転げていると、朧が
「しようのない子ねぇ」
ほぉら、と笑い声と一共に滑らかで柔らかい手が桃次郎の震える手にそっと触れる。
「だぴゃあっ!」
緊張マックスで張り付いていた体が跳ねる瞬間に桃次郎の手は顔面を離れ、驚きに大きく見開かれた目にはハッキリと朧の姿が映し出された。
「え――……き、きつ……ね?」
形よく結い上げられた髪の横から、ぴょこんと顔を出している獣特有の三角耳はピコピコと小刻みに動き、体の横には綺麗に手入れをされたであろうモフリとした厚みのある黄金色の尻尾。
その様は、まるで狐のようである。
アニメなどにも出て来る獣人ならぬ、ケモ耳っ子と言うアレが正に目の前に居て早速桃次郎は言葉を失ってしまう。
「正解、驚いた?」
ここに辿り着くまでに、様々な人種(?)とすれ違い交流をしてきたので居たとてもう不思議は無いのだが、宜しくないシチュエーションに桃次郎の心臓は危うく破裂しそうであったのだ、正に限界ギリギリ。
主の気分に合わせて揺らめく美しくしなやかな毛並みの尻尾と耳。
【モフモフしたい!】と言う果てしない欲求が込み上げて来る。それは、男子の欲望的思考を彼方へと押し退ける程強力に底から押し寄せて来るモフリスト的欲求を何とか鎮めようと懸命にならざるを得ない。
必死に自制しなければ、今にもその体毛にダイブし身を埋めてスリスリしまくる痴態を晒しまくってしまうだろう。挙句ドン引かれて【変態】と言う罪人としてどこぞの牢屋へとしょっ引かれる……と言う未来を現実の事としてしまう恐れがあったのだ。
いや、そんな事をしようものならば控えている人々が黙っちゃいないだろう。
「ナニカ、違う事考えているでありんしょう……」
「う……」
図星である。
初対面の人に失礼極まりない妄想を一度働いたのだ。その上、彼女は太夫と言う華街では最高位の人である。そんな人に向かって……『あーもう我慢できない! モフらせてください!! もふもふもふッ!!!』
(何て言えるわけないだろ……)
『あ~れぇ~ぬし様、やめてくんなまし~』『良いではないか、良いではないか~』ちゃっちすぎる悪代官になりきり、そうキャッキャウフフする低能不埒な思考を一度ならず二度までも浮かべてしまい何とか振り払い、脳内から微塵も残さず叩き出すよう奮闘。正しい思考へと無理やり引き戻す。
「朧ちゃん、こいつは駄目じゃーあらぬことを考えとるぞい」
「まことに、おつ子ねぇ。わっちには、考えていんす事筒抜けよ? ふふ」
「まぁ、知らん事にしといてやってくれんか、あやつも葛藤しておるでな」
「うふふ。そうねぇ、そうしんしょう」
一人百面相している桃次郎を見て、二人は顔を見合わせ愉快そうに笑う。
「失礼しやす」
一頻り談笑していた所へ、障子の裏から銀の声が掛かる。
話が止んだ合間を見極め、「花幻一行のご到着でさぁ」と言葉を続けた。
「あら、やっぱり銀はようやるわぁ感心感心」
「朧ちゃん? 何じゃ?」
「うふふ、わっちと遊ぶのだから楽しい事しないとねぇ」
柔らかく笑う朧にウンウン、そうかと破顔する桃太郎には余裕が垣間見える。
が、見惚れる桃次郎はその視線を受け更に顔を赤くしておたおたと揺らぐことしか出来ず心底情けなくなったが致し方ない。
一拍間を置いた後に、朧は外に待機する人物にたった一言声を掛けた。
「銀」
「へぇ、では失礼しやす」
名を呼ばれただけで、主が込めた意味を悟る出来た従者銀の対応は流石と言える。
指示を全て待つのではなく、主が何を考え、何を言わんとするのか、声色や仕草全てに細かく気を張り巡らせた上で理解し半歩自らの意思を持って先回りしておく事も必要なのだ。
そして、朧が仕える者らの上に立つべき器に相応しい事もまたよくわかった。
出来た主とは、【教示・誘導・見守り】の三点を割合良くこなせる者が好ましい。
手本となる立ち居振る舞いたる教示、目的の手引き、最後は一人立つ行動の見守り。
彼女は、自身が意識した上でか知らずか、それを自然にこなしているのである。
よって従者は【観察力・判断力・行動力】をきっちりと体が覚えていく。
優秀な上には、それを継ぐに足る人物達が追随するものらしい。
会社における良い関係とはこういう流れが理想なのだろう。
◇
スッと開いた襖から、銀その人では無く矛先舞鈴が二刃シャランと軽やかにその音を揺らし部屋へと入場してきた。
続いて、スソソと人が続く。全員が白に赤い化粧を施した狐面を被り五名程が連なって部屋へと順に入る。
全員が入り終えると、銀は何も言わず静かに障子を閉め後ろへと下がり部屋から退室した。
狐面集団も気になったが、桃次郎は銀の方をじっと注視していた。
感想は素直に彼が凄いと言う事が改めて解っただけである。
これだけ人が増えた中、退室するまで常に朧太夫から一度として意識を放していなかった。きっと外に居る間もそうであるのだろう、何かあればすぐにでも朧太夫を守れるようにしているのだ。
勿論、今呼んだ者達は自分が呼び寄せたのだからある程度の理解はあるのだろうが、彼らには信頼を百では置いていないのだろう。
なぜ、そういった事を『しているのだろう』と分かるか、と言ったら、愛理さんと自分を考えてみたからだ。
外で愛理さんに危険が及ばないか、出掛ける時にはいつも気を配っている。
勿論、悪い虫がつかないようにとの意思表示として態度に出ている事もあるくらいだがそれではどちらかと言えば幼稚な行為である。
銀にとって自分達は最初から招かれざる客だという可能性はあれど、そうかと言って場をピリつかせるなどという愚かな真似はしない。凄い。
朧太夫から絶対的な信頼を置かれているからこそ、このような行動が出来るのだろうが、様々なリスクを考えながら動ける人物はやはり憧れる。
きっと、ちょっとやそっとの事では動じないような訓練を己に課していたりするのだろうな……などと勝手に憧れに近いような感情を抱いたりしたのであった。
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