第37話 コンちゃん

「やーっぱり最初はあの子じゃ。コンちゃんは元気かいのぅ~んふ、んふふ」


 桃太郎じいちゃんが、相変わらずな軽快スキップでウキウキと進んだ方向は右手の方向。街並みも江戸、純和風である。

 大きな木枠がドドンと鎮座し上には【天華街】と大きく掲げられている。

その看板は透明になっており、中を色彩豊かな金魚達がひらひらと優雅に泳いでいる様に桃次郎はひと時、見惚れるように吐息を漏らす。

こんな景色に出会った事などなかったのだ。まぁ、こんな場所現代にはないので当然ではあるが。


 門より後ろには、大通りが広がり横一列に整列した大小様々な建物達。

その建物の側面は格子状に木枠が施されており、中には目が飛び出る程の美女達が鎮座し、魅惑的に微笑んで視線を送ってきている。

和風の丸提灯がぼんやりと揺らめき、独特な香りが鼻腔をくすぐり、ぽぅっとしてしまいそうな頭を振って、何とか自我を保つ。


「こ、ここは一体……」


 ――そう言えば、高校の頃まるりんの店で古い本を読んだ事があると思い出す。

 江戸、明治、大正時代頃には花街と言う物が存在しており、幼少期に売られた子供達が教養を叩き込まれ、厳しい世界で店一番の娘、太夫と呼ばれる【高級な花魁】を目指し日々奮闘していくと言う物語。

 その話は、身売りとあったから悲劇話かと思いきや、純粋な恋物語のような作品であった。

 冒険活劇とはいかないが、しっとりと18禁とも言える濃密でな内容が多く織り交ざっていた為、まるりんに見つからないようこっそりと家に持ち帰り、部屋で一人胸を高鳴らせながら読んだ記憶がある。


ここは、まさにその物語の街並みにそっくりである。


「ここは……そんな所なのか……?」


 いくら二十歳を超えているとは言え、ピチピチプリンプリンなチェリーボーイの桃次郎には幾分も刺激が強すぎる。

(天界なのに……? テーマパークなのに?! こんな、こんなのって……ッ)


 軽い目眩に襲われてよろめき後ずさると、トンと肩に何かが触れた。


「おぅ坊主。気をつけなぁ、朧太夫のお通りでぃ」


 江戸っ子ならではと言った話口調で、桃次郎を睨みつけるのは和服を着たえらくガタイの良いおやじ。

 その後方から、シャランと藤の髪飾りを揺らし、豪奢な着物を纏った背の高い女性が下駄を八の字に引きずりながらゆったりと歩いてくる。

その人を支える男の人と、足元にはおかっぱの可愛らしい女の子が二人一緒についていて、他にも真っ赤な番傘を差す人や、後をついて歩く荷物持ちのような人までがゾロゾロと大行列を成し行進している。


「あらぁ、桃ちゃん?」


 美しい女の人は急に桃次郎の前で立ち止まり、優美な視線を投げかけるので桃次郎はつい、ドギマギしてしまう。この世の者(ではないのだが)とは思えない程の美しさ。


「へ? あ……」


 桃次郎の脳内は魅惑的な香りと艶やかな微笑みに翻弄され、結果、口から何とも情けない声が漏れるだけである。


「おんや? もしかして……」


 代わりに答えたのは桃太郎。

 桃次郎は瞬間で現実へと引き戻され「へ?」と気の抜けるような声を出す。

 桃ちゃん、と呼ばれてフリーズしていたが、この場には桃次郎以外にもう一人

【桃】が居た事を失念していた。そして、よく見ると女性の熱を帯びた視線は微妙に自分では無く、もう一人の【桃】を見ているではないか。


「あらぁ、やっぱり桃ちゃん。わっちの事、覚えてる?」


「ももも、勿の論じゃ!!」


 目を見開き興奮した桃太郎に親し気に話しかけて来たその人は、コロコロと可愛らしい笑い声をあげる。


「うふふ、ようきんしたなぁ。折角ね、今日はわっちと遊んでいきなんし。昔馴染だから、特別。ねぇ、桃ちゃん。ところでそん可愛らしい子は?」


「コンちゅわん……」


「ふふ、コンではありんせん。今は、朧太夫でいんす……」


 もぅ、とプルンと瑞々しい果実のような唇を少しだけ尖らせて拗ねる様子もまたとんでもなく可愛らしい。

太夫と言う事は、この花魁ひとはとても位の高い人なのだろう。こんな素敵な人が桃太郎じいちゃんと知り合いだなんて。

うらやまs……ごほん、けしからん。

案の定、こんな態度だ。


「あ、いやぁ、ほうか。すまんすまん、朧太夫じゃな。そうそう、この子はワシの子孫じゃよ。ちょいと訳アリでの。手違いからこっちへ来てしまったが、せっかくなので観光でもと案内しとるとこなんじゃよぉ」


 デレデレと鼻の下を伸ばしきって見惚れながら喋る桃太郎は体もくねくねと落ち着かない。(色ボケじじいだ……)と軽蔑の視線を送っていると、そんな様子を可笑しそうに見る朧太夫が口を開く。


「ふふ。そうでありんすか」


 そう言うと、睫毛の長い瞳を伏せほんの一時思案する表情を浮かべた後にくるりと後ろを向いたかと思うと、付き人達に唐突にこう告げる。



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