第36話  半分無事

 強烈な一撃をくらったトロッコは勿論大破するでもなく、緩やかに緩やかに速度を落としていき、茶色い木製の重厚感ある扉をくぐるとプシューと言う音と共に停止した。どうやら終着ステーションについた模様。

 二人の前にも幾つかトロッコは列を作り、「うわぁ怖かったね」「いや、平気だったー」「クオリティ凄くなかった?」など口々に言いながら降車待ち搭乗者達がワイワイしている。


「無事生還された皆さま、おめでとうございます! トロッコが完全に停止するまで、バーから手を放しお待ちください」と花形さんからの案内がある。

降り場についてから、バーは自然と上がりきったので立ち上がらねばならないがどうにも腰が立たない。


「こ、腰が……」


 もたもたしていると、「大丈夫ですか? お手をどうぞ」と花形さんがにっこりと笑顔で手を差し伸べてから軽く引くようにして立ち上がらせてくれる。


「またのお越しをお待ちしております、行ってらっしゃーい」


 アトラクションに入る時に雰囲気たっぷりに仄暗く案内した花形さんと違い、生還者への祝福を込めてか、明るい声色で何だかほんの少しほっとする。

あくまでも遊園地の中のアトラクションであるはずが、本当に生死の境に追いやられ魂ごと刈り取られるかと思うほどだったのだ。



「…………」

「…………」


 二人して、沈黙しながらアトラクションを出たが桃次郎はガクガク笑う膝を必死に立たせながら歩き、桃太郎は股間が少し湿ったような跡になっている上にフラフラと蛇行しながら歩く。


「ま、まぁ……こここ、怖さはそ、そんなでも無かったな……はは……はぁ」


「お、おーう、そうじゃな。まま、まぁあんなものじゃろうて……ふひ、ひぃ」


 ふと、振り返ると今しがたとんでもない悪夢を味わったばかりのアトラクションが怪しさを増し聳え立っており、ごくりと唾を飲み込む。

シザーズ・ジャッキーメインキャラクターのジャッキーモニュメントが二人を見下ろして不敵に笑みを浮かべたような錯覚を覚えた。

ブルルッと体を震わせながら、小鹿のようにプルプルと震える足取りでようよう次へと向かう途中、馬車の形を模したスタンドで先端が星型のチュロスと癒しキャラクターの形をした甘い飲み物を購入し一息ついてやっとこさ平穏を取り戻す二人。


「ん、これサクサクで旨いじゃん」


「ほむふむ、むぐむぐ……うんほほへっほいも」


「なんて?」


 口をリスのように膨らませながらモフモフと喋るのでまるで聞き取れない。

すると、桃太郎じいちゃんは急いで咀嚼し飲み込む。


「じゃから、とっても旨いもんだな、と言ったんじゃ」


「いや、わからんて」


「何じゃ、まっはふもっふえふもー!」


「言ってる側から口いっぱいにすんなってば……」


「もんふふ、もふふぁふぁっふむぐ!!」


「ん、いいや。後にしよか」


 注意してる側から凝りもせずに口目一杯に詰め込み喋りだす桃太郎に、桃次郎はスンと表情を冷めさせて飲み物をずずっと啜る事にしたのだった。


「ふー、美味しかった! さーて、次はなんにしよっか?」


 甘い物を口にし、すっかり気力の戻った桃次郎が近くにあった掲示板を覗き込みながら次の行動を決めかねていると桃太郎が待ってました!とばかりに口を開く。

いつの間にやらチュロスは完食しており、さっきまでパンパンだった頬袋の中身をどこにやったのかと目を丸くする桃次郎をよそに、ニンマリと笑みを浮かべている桃太郎。


「ふふふ、良いとこがあるぞい! ワシについて来い!」


 引き締まった表情に早変わりするや否や、先ほどの精魂抜けてしまったかのような歩行から打って変わって羽が生えたかのように軽やかな足取りで、スキップを踏みながらとっとと先へと行ってしまう桃太郎じいちゃん。


「ちょお、まって」


 桃次郎の静止を求める声も聞き入れず、ルンタッタと音が出ていそうな歩行で進んだ先で、およそ遊園地とは思えない表記が目に飛び込んできたので、桃次郎は腕組みをしながらまじまじと見つめてしまう。

 ここは、入口から見ると丁度十二時の方向。



【十六歳以上の者のみ通行可能規制区域】



 と言う標識が設けられていた。

 およそ、テーマパークにはないでろう掲示であるが……。


「んふふぅ! いざ、いざや大手を振って出陣じゃ! 真なる夢の国ッ……! そこには、お子様厳禁デぇープなムフフ世界が広がっておるんじゃぞぉい! さて、どっから攻めてやろうかのぉ!」

 

 デュッフフフと両手をワキワキさせながら浮足立つ桃太郎じいちゃん。 


(うわぁ……僕はああはならないようにしよう。あんな老体嫌だ……僕はじいちゃんになったら絶対紳士的でありたいわけ)


 うんうん、と桃太郎じいちゃんの笑顔に辟易しつつ未来の自分を肯定しておく。


 些事はさておき、入口が何とも派手で艶やか。西洋と江戸頃か大正時代が混ざったような様式である。

右手を見れば、提灯揺らめく和風色が強く、そこかしこで風鈴のような音が風に踊っているような音がする。

左手を見れば、ジャズのようなシックな洋楽が奏でられ、ランタンが星を閉じ込めたような灯りを灯す街灯がある洋風色。

 二つの事なる物が入り混じるのに、不思議と不快感は無い。

 寧ろ、二つが混ざる事でそれぞれの景観が保たれ協調されていると言える。

 近頃話題のマッシュアップのようだと感じるが、そういった物を目的としているかは謎である。現世で流行っているらしいものだから。


 そして、ひと際目を惹いたのは道の真ん中に鎮座する【マリリンモモロー・オンステージ】と記入されたキラキラしたネオン色が強い大き目の看板。

 それをチラッと横目に、勝手にどんどん奥へと進んでしまう桃太郎じいちゃんを追

いかけながら桃次郎も怪しい彩色渦巻く世界の中へ足を踏み入れてゆくのだった────




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