第35話 シザーズ・ジャッキー生還か死か

 不穏な声は反響して響き渡る。


「ひぇッ次はなんじゃぁ!?」

「あ、魂漏れそう」


 桃次郎は尿意放出では無く、魂自体を手放してしまいそうである。天界においてこんなヴァイオレンスな事があっていいのだろうか? 否、ナノさん達の血と汗と涙の結晶、彼ら曰くの【傑作】なのであるから、本気具合が伺えるというもの。

アトラクションに入る前にあった注意書きの立て札と花形さんの物言いは、決して過言ではない事が証明されたのである。


 次は何かと、身構えているとトロッコは止まるのではないかと言う程に減速し、茶色の小さな扉を潜った。


 すると、暗闇から一転、そこはメルヘンとしか言いようのない空間が眼前に広がる。何とかファミリーが居そうだ。

明るい音楽に明るい照明、小さく可愛らしいキノコ達が並び小窓や煙突がついていたりして、どうやら家になっている様子。

小さな動物の住処を、絵本の世界さながらに表現していてとても可愛らしい。

 空気さえ冷感を一切感じさせない、春の麗らかな日和を思わせる温もりがあった。


「あ、れ?」

「お、おぉ?」


 どんな残虐性が襲い来るかと力強く身構えた2人は、気の抜ける程のほっこり感に暫し呆ける。

あれだけひどい目にあったのだ。そうなるのも致し方無い。


「嘘ぉ、さっきまでと全然違うじゃんよ……」


「そぉじゃのぉ……なんじゃこのかわゆい空間は……」


「いやあ、本来アトラクションってこうあるべきだと思うんだが!」


「ワシも。これなら大歓迎じゃよ!」


「ちっちゃい子でも大丈夫だよここだけならさ」


「そうともな、ワシ心臓ペロっと出るかと思っちゃったもんね」


「それは僕もだわ……」


 ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃっと音楽が楽しませてくれる空間をゆっくりと時間をかけて周ってゆく。

 じっくり見れば見るほど良く出来ている配置物達。この世界観を『優しい国』『平和な国』ゾーンと呼ぶなら相応しいと思う。

 森を思わせる木々の茂った部分や、途中小川がサラサラと流れていく様子もある。木と木やきのこ同士を紐で結び、そこには小さな小さな洗濯物達が干され、室内を流れる穏やかな風にそよぐ長閑過ぎる風景も広がる。

 小さなテーブルに小さな椅子が数脚用意され、テーブルには花が一輪飾ってありテーブルクロスまできちんとある。木の実のケーキやお茶の準備があって本当に細かい仕様だ。

ティーカップから湯気のような物まで視認出来て、どうなってんだろうアレと思わず興味を惹かれる。


『ようこーそ、こーこはうさちゃんの国~♪ かわいーいうさちゃんと仲良くしてねぇ~』とどう聞いても、ナノさん達の声で合唱している歌も流れて来た。

 もしかして中の人、ナノさんかよ……と思いつつ穏やか過ぎて目尻が下がる。


「あぁーなんかいいね~、心臓に悪いモノばっかじゃなくて……」


「うむ、癒されるのぅ。メルヒェンってワシ大好きじゃ~」


 小さな物干しがアチコチにある。小さな服やタオルが所狭しと干してある家や、ぬいぐるみを思わせるような兎が数羽、庭でコロコロとぴょんぴょん戯れていたり、大人兎が揺り椅子に腰かけ赤ちゃん兎を抱いてゆらゆらと揺れていると言うそんな光景にほっこりと顔が綻ぶ。

 気が付けば2人の顔からは、先ほどまでの絶叫皺はどこへやらと消え去っていた。


 景色と音楽に表情を緩めきっているそんな中、草むらからピョッコリと顔を出した淡いピンク色の兎が一羽。


「あ、じいちゃん見てみて、あの子可愛い~」


「お、本当じゃのぅ~かわゆいの」


 2人が目尻を下げて見つめていると、草むらを軽く飛び越え、トロッコに寄って来るその兎はすんすんすんと可愛らしく鼻をヒコヒコさせ匂いを嗅ぐ仕草をする。

 普通アトラクションと言えばこれも演出の内であろうし、勿論トロッコから手を出す事なんて出来ないし、対象に触れるなんて以ての外。

 本当に、まるで生きているかのように繊細な動きが出来るなんて凄いなぁと桃次郎は今度こそ関心する。 


「ふかふかそうじゃの~触ったらだめじゃよね」


「アトラクションから手を出したりしちゃダメなんだよ、我慢我慢」


 顔を思いきり緩め、和やかにその光景を眺めていると突然、ピタリとトロッコと兎の動きが止まった。


「おやおや、どうしたんじゃ~?」


「ん? なんだろね」


『ねぇ、僕たちと遊んでくれましゅか?』


 ふいに見上げて来た兎は、可愛らしく小首を傾げるモーションをしつつ口を動かしハッキリとそう喋った。まるで、意思を持っているかのようだ。


「おぉ、喋ったぞい!?」


「へぇ、ほんと良く出来てるなぁ」


 しげしげと眺めつつ、桃次郎はこの部屋に入って来た時に聞いたナノさん達の合唱を思い出した。


「そう言えば……『仲良くしてね~』か! いいよいいよ~仲良くしちゃう。って言うか本当に良いのかな!? こんな風にアトラクションの中でキャラクターと触れ合えるなんて初めてだ!」


 桃次郎がデレっと鼻の下を伸ばして独り言のように呟くと、兎は嬉しそうに口角をあげた。くりんとした瞳はニッコリと笑顔になって更に可愛らしくなる。


『えへへ、やったぁ~じゃあ、鬼ごっこでしゅー! さぁ、皆! 出番だよぉ!!』


 笑顔のまま兎はくるりと背を向けて、嬉々とした声を上げる。

すると、『はぁ~い!!』と言う元気な返事と共にザアっと数十羽がいっぺんに顔を出す。


「お?」

「え?」


『僕たちからしっかり逃げてねぇ? 捕まえたら、食べちゃうから……キシシ』


 可愛らしい顔から笑顔をパッと消し、嘲笑うかのような吊り上がった笑みへと変貌を遂げる。

二ィと半月に歪めた口元には、犬歯のように鋭く尖った歯がズラリと並び、間からは涎が滴り落ちる。背筋を駆け抜ける恐怖を体感する2人からは思わず小さく悲鳴が漏れた。


「ひッ」

「ひょッ」


『ヒト狩り、逝くですぅ――!!!!』


 一斉に飛びかかってきた瞬間、停止していたトロッコが急発進し一気に距離を広げたが、その甲斐虚しく涎を垂れ流し、大口を開けた元・可愛らしい兎達が逃げる獲物を追う捕食者の形相で猛然と迫りくる。


「怖い怖い怖い!!」

「ひゅえー! 何がかわゆいうさちゃんかッ!!」


 ずんずんと距離は縮められ、兎が一羽飛び上がりどこから取り出したのか

『シィッ』と言う掛け声と共に大鉈をぶん投げて来る。

それが見事にトロッコに命中し、バキャンと言う木がへし割られる嫌な音と共に重たい衝撃がトロッコを襲う。

 

「ぎゃぁあー!! ちょ、ヤラレルって! ほんとにッ!!」

「うそーん!! ワシ嫌じゃあー!!」


『待て待て待てぇー!! 臓物ぜぇんぶ、置いてけぇ!』

『アハハハハハ』

『煮ーて、焼いてー、刻んで食べよう♪ 新鮮鮮度が命だよぉ』

『若いのはプリプリ』

『年寄は芳醇』

『今日のご飯は……お前らだぁあぁああ!!』


 ジュルジュルと音を立てながら滴る涎を舌なめずりして口内へ押し戻すが、ダラダラと滝のように溢れ出る。心なしか、水滴が桃太郎と桃次郎の顔にかかった気がして『きゃー!』と声を合わせて叫んだのは言うまでも無い。ついでに、2人は恋人繋ぎで手を絡ませ互いの恐怖を分け合っていた。


『イヒヒヒ』『キシシシ』と狂気が嗤いの大合唱でトロッコを追う。その気配はすぐ側まで――


『ちゅぅーかぁーまぁーえぇー……』


 ふいに横から声がして、思わずバッと横を向けば丸いおしゃぶりを加えたまん丸おめめの可愛い子ウサギと視線がかち合う。

子ウサギは浮遊したまま、ニコニコと笑い空中で小さな体を器用に捻ると後ろ手の姿勢を取り、


『たぁッ!!』と言って、瞬間に無数の刃物を構えた。


 ジャギンッと揃えられた様々な刃物はギラリとこちらに睨みを効かせ、鋭利なその切っ先には閃光が走る。


「ぎいゃあー!!!!」

「ちょっと、殺られるッ! トロッコ早く×〇△@~~ッ!?」


 顔中の穴と言う穴から水分をまき散らし、目玉が飛び出そうな程の驚きと絶叫を綯交ぜに、パニックに陥った桃太郎はバシバシとトロッコを引っ叩く。

グネグネと逃げ惑うトロッコは、懸命に小さな車輪を転がしスピードを上げる。



 どれくらい前進したのか――

次第に、嗤う声達が遠のいた事に気が付き恐る恐るに目を開けると、どうやら目を瞑り叫び続けていた間に狂気に満ちたキノコの国を抜けていたようだ。


『あぁ、逃げられちゃったぁ。残念残念また来てねぇ、キシシシ死ッ』


 最後に言い放った子ウサギが、一際大きな鉈を投げつけて来た。

それは風を巻き込み唸りを上げて回転し、トロッコのお尻にズドンッと刺さり搭乗者2名に一際大きな絶叫を上げさせたのだった。




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