第34話 シザーズ・ジャッキー

「結構寒いね……」


「お、おう。そうじゃな」


 内側には装飾や電飾が何も無く、右も左もわからないまま気味の悪い調子の外れた音楽が鳴る闇中をガタゴトとひたすら運ばれていく。

クーラーがかなり効いているのではないかと思う程の冷気が肌を撫で、かなり寒気を感じる。


「ねぇ、これどこまでこのまま進むんだよ……」


「し、しらんわい、ワシに聞くでないわ。しっかし寒いのぉか弱いじじいじゃ凍えてしまいそうじゃけど」


「じじいじゃなくても凍えそう……さっむ……」


「って言うかアトラクションなのに真っ暗なんですけど。いくらなんでもこんな事ある……?」


「う、うむ……。それはそうじゃな……真っ暗なだけじゃなぁ、しかもなんじゃこの音不気味じゃのう」


 寒さにぶつくさと文句を言いながらも揺られていく2人。


 ──どれくらい進んだのか不明だが、緩やかに蛇行しながらも進んでいたトロッコが突然、ガクンッと減速。車体が急な前傾姿勢になり、瞬間的な出来事に2人は声も出ない程に筋肉を強張らせる。


「――ッ!!」

「――ッ!!」


 ギ、ギギィ……不気味な軋みを立てながら、2人を乗せた車体は徐々に下方向に傾きを増してゆく。


「じいちゃん……」

「じ、じろう……」


 嫌な予感は嫌な重力と共に、徐々に徐々に伸し掛かっていき、トロッコはほぼ90度を向いたのではないだろうか。

真下を向くような姿勢で、桃次郎は真っ暗な闇が広がる先の更にその先に収束するような小さな小さな光を見つけた。


(なんだ、あれ……)


 次の瞬間、暗闇に赤い閃光が走ったかと思うとその光は邪悪に笑う兎の顔を浮かび上がらせた。ニィィ……と口角の吊り上がったギザギザの口が──


『こんな所まで喰われに来るとは馬鹿な奴らだ、覚悟はいいかぁ? 生きて帰れると思うなよ!! キシシシシャアァア!!』


 ビリビリと死を予感させる程獰猛に嗤う大口はガパッと開き、真っ赤な口内が露呈する。刹那、ギリ、ギリリと弓を引くように90度をキープしてブレーキを掛けていたトロッコの緊張が解かれる――


「ぎぃやぁああああああああああ!!」

「ふんぬぶぅううううううううう!!」


 凄まじいGをその身に受け臓物と魂をその場に置き去りに、体だけが真っ逆さまに落下するような体感を得る。勿論、安全にはなっている(筈)なのでトロッコごとしっかり落下しているのであるが、瞬間にして双方がパニックになり断末魔の尾が後ろへと、長く長く空間を切り裂いてゆく。


 頬が下からの風圧を受けてぶるんぶるんと涎を弾く勢いで震えつつ落下し、急上昇からの一回転、重力に弄ばれ体が大きくループする。

その後、直線に入ったと思うと数十メートル滑った所で急ブレーキ。


「うぐぇえ!!」

「もっふぅぶ!」


 思い切りよく停止したものだから、乱暴に体は前傾し安全バーにギュムッと圧迫された事により自然と苦鳴が漏れる。


『イキキキキ!! いつまで大事に持ってんだい? 魂さっさと手放しちまいなぁ! お次はバラバラだぜぇーー!!』


 物騒すぎる単語が飛び出した後、ゴゴゴン……と言う重金属の稼働する音と共に、今から進む進路の両サイドに刃渡り数十メートルはあろうかと言う巨大な鎌が逆さ吊りで出現したではないか。それも、一本や二本では無い。数十本、直線距離にして数百メートルはあろうかと言う驚異である。


「へっ……?」

「お、おぉう……」


 如何にもすぎるその正体を目の当たりにし、見上げた二人からなんとも間抜けた声が漏れた。

最早生きた心地がしない。正確に言えば、肉体は仮にも死んだ状態なので死んではいるのだが、ここから生還出来る気が微塵もしない。

アトラクションだよね、アトラクションなんだよね!? 桃次郎は心の内で半泣きになりながら繰り返す、死ぬことはない、死ぬことは無いっと唱えながら目の前の絶望を見る。


『そおれぇ、バラバラミンチだミンチッチィイイイ!!』


 不穏な兎の狂声に、ガキンガキンガキィンと刃物同士をかち合せる音が盛大に鳴り響くと、それを合図にでもしたかのように、壊れたメロディで舞踏会の音楽がスタートした。

 巨大な鎌は手前から順にブォンッと時間差で振り下ろされ通り道は、振り子ウェーブを描くかのように巨大鎌の乱舞場と化す。

およそ、アトラクションなどとは言ってはいけない光景に色々な物が竦む。


「ちょ、と……こんな!?」

「ほ、本当にミンチッチになってしまうぞい!」


 2人の元へ物凄い風圧が生み出され容赦なくぶつかる。こんな物を目の当たりにし、(お遊びのアトラクションではない!)っと桃次郎は憤慨するが、そんな感情を置き去りにトロッコはギャンッと急発進を決める。

避けられる筈もないのだが、無意識に体を仰け反らせるように座席に張り付く。


 巨大鎌達は、囚われたと言っても過言では無い桃太郎と桃次郎をトロッコごと割り裂かんと間髪入れずに次から次へ振り下ろされ、今にもぶつかる、と言う瞬間に寸ででトロッコが避け、鎌達から乗り主を守るように器用に間を縫いそのスピードを上げ駆け抜けてゆく。


 途中、肉や骨の断ち切れるような怖気立つグチャッバリッといった超絶不快な音響が右や左、真上から盛大に降ってくるのにいちいち体はビクンッと反応してしまう。


「ぎょぉおおおおおえぇえ!! うえぇえああああ!!!」

「み、みミンチッチは嫌じゃぁあああ!」


 絶叫に次ぐ絶叫が響き渡る空間で、時間にしてはおよそ一分程であった筈だが、生死を問う狂気的な鎌の乱舞はようやっと終わりを迎え最後の一刃をすり抜ける事に成功した。


「だっはぁぁああ! お、お……終わった、のか……?」

「ぷひょ――ワシ……わし……」


 えらい目にあった、と2人はやっと体の力を抜く事が出来た。

 ガチガチに安全バーを掴んでいて指先もかなり痛い。力の限りで掴んでいたみたいだ。まだ心臓がバクバクしている。

 これがアトラクションだなんて嘘だ。確実に魂を刈り取りに来ているじゃないか。

 ど、どうしてこんな……

 そう言えば、あの可愛らしい姿のナノさんが『自信作』だと胸を張っていた姿を思い返す。本当にこのHLRを手掛けているのがナノさん達ならば、これだけみたらガチでヤバい。

安易に行きたいなんて言い出した自分を呪いたくもなった。

現世ですらこんな過激なアトラクションは何処の遊園地を探したって無いはずだ。

お化け屋敷だってこんなに怖い事なかったと振り返る。

 凄い手汗と共に、10歳くらいは老けた気がする、と桃次郎は思う。


 危険な巨大鎌ゾーンを通り過ぎ、安堵の一息をつく2人。

 だが、その時は目前まで迫っていたのだ。

 このなアトラクションは楽しませる為には何でもするのである。




 再び狂気の嗤い声と共に音声が耳に届く──




『ッチ、なぁんてシブトイ奴ら! 次はこうはいかないぜぇ! キィシシシィ!』





 それを聞いた2人は、全身の毛がふぁさっと散るかのように一気に5歳はまた老け込んだのであった。










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