第33話 アトラクション
奥に見えるは、城のような建築物。
現世で言う風船のような球体の何かが色彩豊かにそこら中に浮遊している。
中には、ヒモで括り付け束にし来園者に配るスタッフまで居て本当に風船のような役割をしている物まである。ような、と言うのは、見ていると時々浮遊しながら弾け中から虹色のシャボン玉が舞ったり紙吹雪や星屑のような粒子など様々な物が色々と出て来る様子がある。
スタッフさんが持っているのは弾けたりせずに普通の風船っぽいのだが、その実何だかわからんのだ。
「あの人らは、【花形さん】と言ってなHLRでは様々な役割を果たしておるんじゃ」
「それって、スタッフさん達の呼び名?……なんで花形さん?」
「うむ、元は仏様の提案なんじゃ。ここと言うのは来園者は勿論、お手伝いさん達皆で力を合わせて作るで、誰か一人では無く、働く人全員が輝いていられるようにと言う事でそう名付けたようじゃ。HLR話じゃ有名よ」
「花形さんか、普通は役者さんとかスポーツ選手とか秀でた人を呼ぶんだよね。皆が輝けるようにかぁ、なんかカッコいいじゃん」
「そうじゃろ、そうじゃろ、何を隠そうこのワシも例の伝説の一団率いるピカイチ男前な花形だったn……」
「よーし、桃太郎じいちゃん、ナノさんがお薦めしてくれた【シザーズ・ジャッキー】行こうよ!!」
桃太郎じいちゃんの英雄譚なんかどうでもいいし、長いし。今そんなの聞いとる場合じゃないのだ! 是が非でも遠慮したいものだからそう言ってダッと駆け出す。
「ぬぅ! ワシの話を聞かんかーいッ、まてぇーいまだ話し始めたばっかじゃろがい!! このありがたぁい話をきちんと聞かせてやると言うのにー!」
桃太郎じいちゃんがぷんすこ怒って追いかけて来ると、そこでピンポーンとアナウンス音が降ってくる。
『そこのお客様~お客様~えぇ~……桃次郎様ですねぇ。リゾート内では、衝突激突を避ける為~是非とも~お歩きになって、焦らずに走らずにゆっくりとお進みくださいませ~。尚~小さなお子様もいらっしゃいますので~どうしてーもお急ぎの場合のみ~【競歩】が許可されておりますので~何卒~あ、何卒~宜しくお願いをいたしますぅ~』
ピッタリ名指しで呼びかけられたのに驚いて、ピシリと動きを止める桃次郎。
それに続いて桃太郎も動きを止める。
まるで迷子のアナウンスでもするかのように、迷惑行為を止めてくださいと言われてしまった。しかも、かなりのリアルタイムであるから余計に驚く。
何故解ったんだろうか? 実は物凄い高感度の監視カメラがそこいらじゅうにあって全てをモニターしている……とか?
「す、すみません」
『はぁい~、解っていただけばOKです~。安全に気を付けて引き続き、HLRでのひと時をお楽しみください~』
と言う音声を最後にアナウンスはプチッと音がして途切れる。
はてさて一体どういうシステムになっているやら。
「ぷっぷぷー!!! 大人なのに注意されるなんてのー! はっじゅかしーのう!! ぶふぉっぷゲフッゴフ!!」
小馬鹿感MAXの表情に、頬っぺたを膨らませ涙目になりながらむせ込んでまで口に手を当てプススー!と大爆笑する桃太郎じいちゃん。
大人な僕は勿論声には出さないが、
(こんのじじいがあ――――ッ!! あぁぁ……ふぅ)
内心で毒づいておく。まぁ走り出した僕が悪いのは正しいんですけど。
園内走っちゃ駄目絶対。
だが、桃太郎じいちゃんに言われた事が気にくわない訳でして。だから、表面では歪んだ笑顔を貼り付けて「はは、気をつけないとねー」などと言ってごまかしておく事も忘れない。
そんなドタバタした一件の後、歩く事10分。最初の目的地が目前に現れた。
【シザーズジャッキー】
二刀流の巨大なハサミを構えて不敵に、いや不気味に笑うキャラクターがどでかくモニュメントとして入口頭上に置かれ、建物の壁伝いには人々が長蛇の列を作っていた。
並ぶ列の最初に、【これはホラー系のアトラクションです。小さなお子様、心臓の弱い方のご乗車はお気をつけて……】注意書きの立て札が掲げられている。
天界に居てホラーはありなの?と案内を横目に首を傾げながら最後尾に並ぶと、途中に断末魔のような悲鳴が聞こえる空間があり、行き交い響く絶叫を何度も聞きつつ少しずつ進んで行く。建物の中に入るとガチャンガチャンと音楽が不穏な音楽と音が響く。壁を彩るアトラクションを楽しませる為の壁面は恐怖を煽るには十分過ぎた。そうして並ぶ事80分。やっとこ二人の番がまわって来る。
並ぶ時間すら現世のLLRそのままである。
「はい~次の方、よろしいですか……魂だけは~しっかりとお放しにならぬよう……くれぐれも……」
仄暗い雰囲気を醸し出して案内してくれたのは片目を前髪で隠し、長い髪をゆったり一纏めにゆらりと肩から流している女性の花形さん。
フリルが上品にあしらわれた踝丈のエプロンドレスは、明るい所で見たらきっと可愛いであろうに、その可憐さを打ち消す暗がりには薄灯りがぼんやりと心許なく灯るだけのこの場所が気味の悪さを一層際立たせる。
花形さんの衣装や雰囲気作りも抜かりなく満点である。
彼女の語尾は次第に小さくなり、聞き取れない程。ちょっと怖い。
乗り場にはレールが敷かれ、その上をトロッコのような2人乗りの小箱が到着し案内されるまま横並びに着席。
「バーには触らないでください~……では、いってらっしゃ~い……」
やはり聞き取れなくなる声に後押しされるように、怪しげな音楽が響く暗闇の中をコトリと少し進む。
ふいに、すぐ耳元で誰かが囁く。
『キシシシシ、馬鹿な小鹿が2人も迷う♪ おっと、腹は小さなお手てで隠さないでくれよ……俺が下げるのだ……楽しみの一つさ』
不気味な声に驚いて身を固くする。すると、ススス―と輪っか状の安全バーのような物が降りて来てガチャンと若干体をホールドされる。
「え……ちょ、安全バー……? 結構ガッシリしてるって事は……落ちる?」
薄暗くてよくは見えないが、目の前には大きな扉がありそれが奥へとゆっくり開いてゆく。ひやりとした空気が漏れ出て、二人の頬や背筋、いや全身を絡め舐めていくような怖気が走る感覚。
「も、桃次郎……よもや怖いなどと抜かすなよ、ち、ちびるでないじょ」
「そ、そっちこそ……縮み上がってんじゃないの? た、魂飛ばすなよ……」
2人して、ごくりと生唾を呑み込みバーをキュっと掴む。暗闇は不気味な祝福を鳴らしながら大口を開けて小さな小箱をその腹に収めていく。
まるで、獰猛な化け物が空腹に舞い込んで来た獲物に歓喜するかのように────
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