第32話 妖精さんもどき
陽気な音楽に包まれながらゲートの先を進んで行くと、広いエントランスのような場所に出た。
半円の広場奥には5体の銅像がそれぞれ笑顔やポーズを作ってお出迎えしている。
見た目動物のような変わった風体で、人のように風采良く洋装を身に纏うキャラも居るが、和風の服装でカッコいいキャラクターもいる。
これらは恐らくHLRを代表する人気の【フレンズ】なのだろう。LLRでもそういったキャラクター達が存在したから、こちらにも反映されたのかもしれない。
「お兄さーん、こちらでお写真を是非!」
と、突然像の後ろ側から声が響く。
一見して誰も居ない。
一体、どこから声が……? その周囲をキョロキョロと見回していると、
「ここですよー! ここ、ここ!!」
桃次郎がじぃっと目を凝らすと、中央に鎮座するキャラクターの肩の上で何かがピョコピョコと飛び跳ねているのが辛うじて視認出来た。
ぐっと目を凝らすと見えて来たのは、
「あ、さっきの妖精さんもどき?」
ハッキリとは分からないが、多分それらしい。桃次郎が言いながら首を傾げる。
入口で写真を撮られた時の小人のような、妖精のような不思議な生物がそこには居て、しきりに飛び跳ねて、どうやらこちらに目一杯手を振っている様子。
緑色の帽子、緑色の服を纏った謎の生物は銅像から徐に身軽に飛び降りたかと思うと浮遊したままだんだんと近づいてきて、何故かちいさな頬をこれでもかと膨らませている。
「ちょっと、失礼な! あ、いえ、ゴホン。お客様、一つ間違いを正させていただきますですよ! ウホン、オホン。えー、私達【ピクシー・ナノ】一族は、ここHLRの案内妖精で御座います。お客様の楽しいひと時をサポートする為に至る所に隠れているでございます!」
お辞儀をしてから姿勢を正して胸を張る。「それに、それにですよ、もどきでは御座いません! ほんもn……」と言いかけた所で被せるように食い気味で
「ねぇねぇ、ひょっとして物作りが得意だったりする?」
と、桃次郎が不躾に質問を飛ばす。
(以前見た記憶を頼りに映画の妖精像にそっくりで、というか目の前のそれは凄くそうした生き物っぽかったのだ。そうでなくても、悪戯が好きだったり物作りが得意だったりと言うのは小説やアニメで良く使われる設定である)
話をサックリと中断させ割り込んだにも関わらず、妖精さんもどき……もとい、ピクシー・ナノさんはふっふっふ、と悪い笑みを漏らした。
「ええ、えぇ勿の論ですとも! 大の大の大得意!! 何と言っても、ここの修繕修理は私共一族の役割ですからね。
どんなに小さき物でも巨大なる物でもキチンと直しますし、新たなる見所を増やしていこうと日々、仲間同士切磋琢磨しているでございますッ!
そうそう、ここから丁度9時の方向。あちらに向かうと見えて来ますのは、我ら一族渾身の最新作【シザーズ・ジャッキー】狂気なるウサギが二刀流の大バサミで貴方の心を鷲掴み☆です! 是非にお試しくださいませ!!」
ビシリと敬礼し、フフンと鼻を鳴らして鼻高々。これでもかと得意気な顔である。
(ハサミなのに鷲掴みって……興味惹かれるじゃない。是非行ってみよう)
アトラクションのちょっとした矛盾に一人内心で突っ込みを入れておく。
小さいけれどキピキピとした動きが特徴的で働き者と言う事は確かのよう。
それに、リゾート内はほぼ、このピクシー・ナノさん達が作っているようで驚きを隠せない。
目の前で急降下急旋回している立派なアトラクションも、あっちで『富士山よいとこ一度はおいでぇ~どっこいしょお♪』と言う音楽に合わせクルクル高速スピンしている渋めの色合いのザ・湯飲みカップも非常に良いクオリティだと思う。
見回していると、ふとした疑問が浮かんで来る。
「あ、そう言えば名前は? 今聞いたところ沢山居るようだけど……皆どんな呼ばれ方してるの?」
下界ではスタッフさんをキャストさん、案内人と言う総称で呼ぶのが一般的であったが、それ以前にそんなに数が居るのなら名前に苦労しそうなものである。
入り口で見た人も含めて体格から服装から凄く良く似ているようだし判別が厳しそうだ。
「え? 名前……」
何の気無しに聞いた言葉に、向こうは突然ハッと顔を強張らせ俯いてしまう。
それから暫く黙ってしまったので、桃次郎は何か聞いては不味い事を尋ねてしまたのでは、と桃太郎と顔を見合わせる。
「あの、答えられないなら別に大丈夫だよ?」
慌てて良い繕うと、う~~~~んと言う長い唸り声の後、
「名前~……名前ですかぁ……なんだっけ?」
パッと顔を上げて、ピコりと首を傾げる妖精さんに対し、桃次郎と桃太郎は盛大に肩透かしをくらう。ガクッと思わず前へ転びそうになるのを何とか踏ん張って耐えた。問いに対して、凄く真剣に悩んでいるらしいが……桃次郎が問うたのは単純に『あなたのお名前なんてーの?』である。そんなに悩ましい事だろうか。なんだっけって……。
「えぇと、自分の名前……分かんないの?」
「一体どういう事じゃ?」
その問いを出しても、まだ先方は『うーん、ううーん?』と難しい顔をしながら頭を捻っている。
まさか、本当に自分の名前が解らないのだろうか。しかし、一族と言うのだからその間での愛称とかあるだろうに。なかなかアンサーが出ては来ない。
「や、えっとほら、分かんないなら全然いいよ?」
「おいおい、お主、何やら帽子から煙が上がっとるぞい」
その声に『ハッ?!』と我に返る妖精さんは、プシューと一息吐き熱気を逃がした。慌てて頭に手をやりパパッと煙を散らす。
なんと言うか、こう、ハムスターの毛づくろいを彷彿とさせるその行動を少し可愛いと思うが今は心配の方が先だ。
「だ、大丈夫……?」
「わー、危ない! 危うく脳みそパーンてなる所でしたぁ~助かりました! 私達個々の名前はさておき、【ピクシーさん】とか【ナノ】とかお呼びになる方が大半な事に気が付きました! 要するに、お好きなようにお呼びください!」
ポンッと手を叩いて『そうでしたぁ! テッヘ☆』と言いながら笑みを作る。服が肩からズリッと下がった感覚がした後、「あ、ハハ……うん。おっけい」
と乾いた笑いが桃次郎からこぼれたのだった。
「気を取り直しまして。それでは、楽しいひと時をお楽しみくださいませ、いってらっしゃ~い!」
ワントーンかツートーンくらいは明るくした声色で、右手をブンブン大きく振って夢の国へと送り出してくれるナノさん。
思わず二人も遠慮がちに(戸惑い気味にとも言う)手を振り返す。
って言うか……うん、割とさらっと出てしまったけど、姿がちんまいので彼らの事は【ナノさん】と呼ぶ事で決定だなと桃次郎は一人納得するのだった。
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