第30話 急がば回れ
桃太郎じいちゃんの鼻血噴射奇行はさて置き、地獄も天界も幼い頃から考えてきた所とは大きくかけ離れているのだと知る。
いや、まぁこうして実在していた事自体に驚いてはいるわけだけれども。
あの世とか、極楽浄土的な物は、簡易風景としてならどちらも絵本には出て来るし、ふんわりとこんな感じなのかなぁと思っていたのだが、勿論それらは現在も過去も生きている人間が描いた物であるから想像でしかない。
一度あの世に逝ってから奇跡的に帰って来た人が描いたならまだしも、僕のようなびっくり案件の死期以外に来ちゃう人は『帰還する際は記憶は伴わない』のだそうだ。まぁ、世の中知っていた方が良い事もあるし、知らない方が良いという事も又沢山あるのでそういう事なんだろう。
人は目で見たものしか信じられないものだ。いくら帰還人が『すごい所だった、死して後悔したくなくば悔い改めよ』と言った所で多数の目に映らないのならば、所詮それは虚言にしかならない。事実、確かめようもないのだから。
しかし、こうも実際のものとは大きく異なるとは。百聞は一見に如かずもそうだし、又は、事実は小説より奇なり。両方合っている。
なる程、誰かが言ってた事は本当だったようだ。
思っていた物が何もかもが違う。あ、閻魔殿と閻魔様については知り得る知識の中で寄っている方だったが色々と規格外過ぎた。
ここまでの道のりを加味しても、いよいよもって、桃次郎の胸と脳内は冒険少年っぽくワクワクしてきた。この年で少年も何もと思うのだが異世界とも言える外空間に今正にいるのだし、どうせ直ぐに戻れないと言うのならせっかく来たこの異界非日常を楽しんでやろうと方向違いに思ってしまったのだから仕方がない。
だってさ、なんたって僕だって男の子だもの!……物語の主人公のように世界を救うヒーローしたり、カッコいい活躍なんかは出来ないけど。
レッツ冒険が今なら叶うんじゃないか!!
正直、ムネアツ! である。
旅行ではない、正しく冒険。それに、どんな思いをしてもこれ以上死ねないのだろうから多少痛い事あっても我慢しよう。拷問とかは無理だけど……いや、でも、ひとまず目指せ遊園地なら平和にいけるだろうし心配いらないか。
一人で考え込んでは納得、と思考をまとめてワイワイキャッキャしている三人を見ながら自分も歩みを進めていく。
◇
そうこうしながら歩く事暫くが経過した。
天界版LLRに辿り着くのを目的にしていたのだが、通常歩いて3日程と言うのに、結局随分と時間を掛けてしまった。不思議と肉体的な疲れは一切無い。
ここが現世でないからという事が大きいのだろうけど、現世をこれだけ歩き回ろうものなら足がひとたまりもない。きっと棒じゃ済まないだろう。
道中、色々な事があったのだがそれはまた別の機会に話そう。
ザックリ言えば、天界三廻士と呼ばれる内の二人である飛燕さんと焔帝さんに会えた上、訪天中の泡姫様にまで会う事が出来た。
それぞれの所では宿泊させてもらったり、良質な寝床を用意してもらいたっぷり睡眠もとった上に豪華なご馳走まで用意され、正に至れり尽くせりな旅だった。
一つ驚いた事は、天界に住む者は様々な形をしており人型もいれば動物や異形のような容姿をした者まで幅広く居た。そして、現世と同じような生活様式である事も興味深い発見だったと思う。
今はやっとこ新しい目的地へと辿り着いたのだ。
「「こちらから仏様の所への区画入口になります。道中お気をつけてッ!」」
「ここまでご苦労じゃったなぁ、楽しかったぞい。ほいじゃお主らも気をつけて戻るんじゃぞ」
「門鬼、戸鬼、二人ともありがと。またね」
と挨拶を交わし、名残惜しそうに何度も振り返っては手を振り双子の子鬼達はその場を後にしたのだった。
「さて桃次郎、ここが天界の仏様へ続く道の門じゃ」
「うはーすっご…………」
見上げて開口一番それしか出てこない自分のボキャ貧ぶりに愕然としたのはさて置き、それはそれは見事な物なのだ。門の左右に彫られているのは下界の著名な彫刻家や彫師達が狼狽するであろう程に美しい彫刻。
蓮の花が大輪と咲き乱れるような神秘的な物だった。
二人は話しながら門をくぐっていく。
巨大なそれは禍々しい閻魔殿とは違って神々しいくらいである。白く発光しているようにも見えるし高貴な感じである事が信仰に疎い桃次郎にも見て解る。
「お、流石の桃次郎でも気が付いたかにょ。これらの彫り物はな、天界で一番の彫刻家である老木と言う奴がたったの一晩で彫り上げたと言うあの世界隈では伝説に名高いモノなんじゃ」
「ほっほう。それはそれは……て、いや、流石の僕でもってどう言う意味だよ!
間違いなく桃太郎じいちゃんよか美的センスはあると思うのだが!?」
さり気なくも無い突然のディスリに思わず噛み付いて反応する。
なんて失礼なんだこのおじじ。
そりゃ昔は今よりずっと人の手が加わっていない雄大な自然があってさ、海も綺麗だったろう。
昔ながらで手作りの物や工芸品だって今より沢山あったと思う。
しかし、現代に生きる僕だってそれなりに色々と見てきているのだ。
馬鹿にされてはたまらない。失礼な!
「はーん? そうかのー。まぁ、お前さんの机の上にあったかわゆい
そんな桃次郎の反応にも桃太郎は『はいはいそうですか』と言いたげに鼻をほじほじジト目でこちらに視線を送って来る。
「ぐっ! いや、あれは、ほら、アイドルだし」
「見てるも何も一緒の部屋に居たんじゃから当り前じゃ、ほっほ。じゃがなーあの女子を思うばかりに模した熊のぬいぐるみを抱きしめて接吻するのはいただけんにゃあ……」
……は?
……なんて?
……せ、せっぷ、ん……え、見て……? いた……?
…………んNOぉオオオオオオオオ!!!!!!!
(あれを、あれを見られていたのかっ!!! 最早この世に神など居ない――)
急に桃次郎が苦悶の表情で頭を抱え高速で体をグネリ始めたのを見て、桃太郎は腹を捩らせながら愉快気に笑い転げる。
(くそう……アイドルガール☆のセンターであり絶対女王名【エンジェル】を戴冠せし真のアイドルまゆタンとのドキドキ☆1日おデートを終えた終盤の妄想爆発チッスを見られていたとは……ぐおぉ……いっそ誰か埋めてくれ!)
慙愧に堪えない。恥辱の限りをじじいから受けている……!!! 危うく真っ白でサラサラな灰になりかけた。……いや、冷静に考えると気持ち悪いな当時の僕……引くわ……
「あは、あはは、うふははは!!」
だが今は笑うしかない。いや、壊れたように漏れた笑いのお陰で羞恥に吹き飛びそうな意識はそこに留まってくれたのだ。
「ふーん。いーですよ、そーですよ。その頃はまゆタンが好きだったんだよーだ! だって可愛いんだもんちくしょーめ! 悪いか! でもな、それももう時効だね! 今や、僕の心を支配するのは愛理さんただ一人だもんね!! 僕は浮気なんてしない!!」
やけくそじゃい、とやさぐれつつも開き直る桃次郎。
「青春じゃのー、あまじゅっぱいのうーほひひ」
ほくそ笑むじじいを鬱積の念を滲みだしながらギリギリと歯を軋ませて見やり、(ちくしょー、話題を変えなければしつこく言い続けるぞ……)と危惧する。
「ね、ねぇっ桃太郎じいちゃん。それよか、門を潜って話ながらもう結構歩いてきたじゃん。天界版LLRはどこら辺にあんの? まだ遠い?」
桃次郎は何とか己の黒歴史から脱しようと慌てて話の矛先を変更しに掛かる、これ以上掘られては堪らない。
確かにまゆタンは魅力的だった、だが今は本当に愛理さん一筋であり歌は聞くものの公式ブログや他のSNS等は追いかけるのを止めたのだ。
「そう慌てて話題を変えなくとももう突っ込まんワイにゃ、それにもうそろそろ着くぞい。ほれ、あすこに見えてきたじょ」
ぎゃいぎゃい言い合い煩い二人は、仏様への入り口である門を通りそこから一本の道を大分歩いてきていた。
どうでもいいようなくだらない話でわあわあしていた為に、周囲の景色は目もくれず、前方すらもよく見ずにどんどん進んで来てしまったのである。
あすこだと桃太郎が指さす方を見やり、桃次郎は思わず『おお』と声を上げたのだった。
そこには、現世のLLR《ラッティーランドリゾート》を彷彿とさせる素晴らしいゲートが二人を迎えるようにして建っていたのである。
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