第28話 地獄の道もなんとやら


 二人で姿勢を正してから一礼し、部屋から退室した所で扉横に控えていた子鬼が二人、声を合わせて発言してきた。


「「では、こちらへ」」


「宜しく、ってあれ? 君たちさっきの……」


「おう、さっき居た者らじゃな。宜しく頼むぞい」


「え、ちょっと。桃太郎じいちゃん気がふれてた癖に何で知ってんの」


「マー失礼な奴じゃな、ワシだってそれくらい……いや、この子らは【門鬼見習い】でな以前にも見かけた事があったのじゃ。うん、さっきは気が付いてなかったわい!」


 桃太郎じいちゃんが可愛くないてへぺろを繰り出したので、心底嫌そうな顔で返してやる。

 そんなやり取りをしていると、桃次郎がある事に気が付き視線を少しだけ動かす。

(え、桃太郎じいちゃんの以前ていつの話だよ。いつ来た時からの見習い? って何年かかんのさ……あ、それよかこの子達、まさか桃太郎憎しで噛みついてきたりしないよねぇ……)


 一抹の不安を抱えていたが、それは桃次郎の杞憂であったと言える。


「「……あのぅ、本当に桃太郎様ですよね……」」


 閻魔殿を出る直前の事、小鬼二人がおずおずと声を合わせ尋ねてきたので桃太郎は『いかにも』と得意げな表情をする。

 それを見て、パッと表情が明るくなったかと思えば「「あの、僕たち……本当は、駄目なんだけれど……」」と体をもじもじしさせながら遠慮がちに言い出した。

 桃太郎と桃次郎は、一瞬互いの顔を見合わせる。

 いちいち合わさる声にエコーがかかったような不思議な感覚を覚えつつまるで双子のような子鬼が次の言葉を紡ぐのをじっと待つ。

 すると、


「「あ、あ、あのぉサインください! うひゃあ、言っちゃったね!」」


 意を決し、目をいっぱいに広げて顔を見つめたかと思えば、キャッと両手で顔を隠して急速に恥じらうような様子である。


「なぁんじゃ。そんな事か、ええじゃろう……どこにするんじゃ?」


 スカンッと小気味のいい音がした肩透かしにやられながら、桃次郎はなんだと安堵に胸を撫で、(遠い昔でも親玉やられた子鬼がそれでいいもんかね)と余分な事を同時に思う。まぁ、彼らがそれで良いなら良いのだ。


 そんな桃次郎の様子など気にも留めず子鬼らは、ゴソゴソと褌をまさぐりどこからか【マジッキー】と印字された油性ペンのような物を取り出して「「こ、ここにお、お願いします!!」」と頭を下げつつ己の褌をビッと広げる。


「ちょ、どっから……」


 驚愕を滲ませながら桃太郎を見れば、若干眉間にシワの寄った渋い表情である。

内心(可哀そう!)と思いつつも「ぶふぉっ」と吹き出してしまう駄目な桃次郎。


「……ううむ、まあよいか」


 出所があんまりなので正直手に持ちたくはない所だが、あんまりにもキラキラとした瞳で心を躍らせられてはそれに応じる他はない。一応、英雄なのだから。

ペンを受け取り流れるようなサインをサラリと描き終え、「ほいじゃあ、案内の方を頼むぞ」と言って子鬼達の頭を一撫ですると、二人は感動に裾を摘まんで目を潤ませながら「「はいッ」」と元気よく案内を開始する。


 浮足立つような足取りで少し先を行く小鬼達の後をついて歩いて行くと、建物を抜け、野原のような場所へ出た。

 穏やかな風が通り抜け、一面若草のようにふわふわとした背の低い草の原が広がる。側には透き通る小川があり、その横にあるしっかり整備された小道を歩きながら、唐突に桃次郎が切り出す。


「――で、さっきの話だけどさ。桃太郎じいちゃんは実際どうだったの?」 

(この場所の景観については極力突っ込まないと決めている桃次郎であったが、内部であるはずなのに、これではまるで外。麗らかでお散歩日和とでも言えてしまいそうである。入って来た時とは違う所から出て来たので、入口は入口だけの役割なのかもしれない。各所繋がっている所がそもそも多岐に渡るので、ここはまた別の出入口なのだろうとは思うが……内心では凄く不思議と思いつつ、先に疑問を投げてみる事にしたのだった)


 先ほど閻魔殿を出る前、得意げにパーフェクトヒューマン話をしていた桃太郎じいちゃんに己の昇天はどうだったのかと尋ねたのだ。

 英雄桃太郎の話は凱旋で終わっている物が多数あるが、その後や生涯終えるまでを書いた物の書達は非常に少なく流石に後世に残された情報的にはとても薄い。

 そも、そんな事は当然本人にしか分からないはずである。誰しも、昔の事は事実を見ていない人が手記した物が多いだろうから仕方がないが。


 すると、桃太郎の瞳が大きく開いた後、みるみる渋そうに細まりついには目がひょろーっと泳ぎ、


「え、ワシ? んーまぁーそうにゃ……うん。ワシ、その、英雄じゃし?

そのぉ~、そうじゃねぇ……」


 急にしどろもどろになり、おたおたとし始める始末。これは確定の疑惑判定では。


「あれあれー?」


 桃次郎が、意地悪く揶揄うようにニマニマとした表情で態と下から覗き込むように見上げてみると、


「あ、じろうっ! あれに見えるは天にしか生息しない【安らぎ草】じゃ! 貴重な花は朝一にしか咲かないが、葉ですら現世では拝めぬからのぅ……よおく見ておくんじゃ!」


「「わぁ流石、桃太郎様! お詳しいのですね!! その通りです、桃次郎様今見ておかねば損ですよ!!」」


「どーじゃ、この子らもこう言っとるじゃろぉ」


 ホレホレ!と早口に捲し立て、態とらしい話題転換も甚だしい。

苦笑しながらも『仕方ないなぁ』と見てやると、実際、感嘆が漏れる程に美しかった。目を見張るとはこの事だろうか。

濃い緑色と薄い黄緑色、2色の葉は葉脈までが美しく透き通っているのだ。


「へぇ、綺麗だね……現世で例えられるモノと言えば、そうだなぁガラスの繊細工芸みたいだよ」


「そうかそうか、にゃ? 綺麗じゃろぉ? つまらん話など置いといて今はこうして今しか見れない景色をしっかと堪能しておくのじゃ!」


「はいはい、わかったわかった」


 自分の昇天話はのだそうでしきりに話題を変えたがった。そこに桃次郎はふーんと鼻を鳴らして適当に返事。真実は本人のみぞ知るのだ。

 それに対して、後ろめたい過去をはぐらかしたっぽい事なぞ棚に上げ弱冠の不機嫌を織り交ぜながら桃太郎じいちゃんはブーたれて答える。


「こりゃ、ワシが直々に天界を案内してやると言うのにまったく! 一応英雄様なんじゃけどな……ぶつぶつ」

「そうですよ、桃次郎様! 桃太郎様は本当に凄い英雄様なのですから!」

「名誉な事なのですよ! こんな事、死んだってない事です!」

「もう死んでますけどね!」

「お、こりゃあ上手い事言いよるわ!」


 ダハハッ!っと3人の間に笑いが生まれる。


 何やら、外野が盛り上がって言っているので(って言うか双子鬼別々でも喋れるんかいと内心ツッコミつつ)桃次郎は最早相槌も打たぬようにスルースキルを発揮して華麗に回避していく。軽く100歩くらいは後退ったような冷ややかな視線だけは惜しみなく送っておいたが。


 しかし、不思議な所だ。

 一応、ここも地獄と言う管轄で合っているのだろうか……幼少期から地獄と言えば閻魔様が居てそれぞれ刑の執行場があっておどろおどろしくて、こんな穏やかな景色が流れてるようなものではなかったと思う。


 先を行く3人はキャッキャウフフと話に花が咲いてるようで何よりである。僕はと言えば、珍しい風景をじっくり見ているだけでも結構楽しい。

 そうして、どんどん歩きつつ周囲を見渡すと、一面野原から徐々に景色が変わって来ていた。

 と言うか、変わりすぎていた。

 一度、桃次郎は目を擦りってみた。前方に見えてきているのは『皆大好き! 某夢の国☆』を彷彿とさせるような世界。現実の世界の物とは勿論異なるだろうが、見るからに煌びやかで、ドキドキ・ワクワクせざるを得ない空気感が醸し出されておりどうしたってウキウキし始めてしまう。


いやいやいや、あり得ないだろて……どうしてこんな、え? 駄目でしょ、いや、そもそも何ここ……地獄だよね、ここ。地獄……もう自信無くなってきた……



 そう思う反面、心の内とは裏腹に足取りも軽い。遠くに見え隠れするアトラクションチックな乗り物などもあったりして……うん。何かもう絶対行ったら楽しいのではないのかしら。


 桃次郎は、額に掌で傘をつくり、んーっと周囲を見回す仕草をする。


「いやーしっかし、こうやって見渡すと壮観だねぇ。アレもこっちもどうなってんのかなぁ? うーん……まるでラッティーランドとかの世界だよ」


 透き通る小川はさっきの道からずっと続いているが、あちこちで建物や景色がキラキラと輝いて見えている。こうしていると、まるでパーク内を散策しているかのような錯覚を覚える程だ。


「ら?……何じゃその単語」


戸鬼とき、ラタトゥイユランランって知ってるか?」

「いや、知らないよ。門鬼もんきこそラッピーラララって知ってるか?」

「ううん、知らないや」


 子鬼二人が何やらモショモショ小声で話しては互いに首を傾げている。

その中の気になり過ぎる単語の羅列に思わず、


「んえーと……微妙に惜しいんだけど違うんだよなぁ~! 正解は、ラッティー・ランド・リゾート、略してLLR。現世ではちびっこから大人まで、老若男女問わず楽しませ夢を見させてくれるドリーミーリゾートさ。って言うか君達それ名前?」


「「ど、どりーみぃですか……」」


 初めて聞くであろう単語に二人の眉間のシワはより深く刻まれ、困惑した眉毛がへの字に下がる。


「はい、こっちが戸鬼で」

「こっちが門鬼です」


 互いに指をさして教えてくれた。二人の見た目は殆ど違いが無くよく知らなければ分からないだろう。ついでに、こちらの世界では鬼の双子は珍しい事のようだが、門の鬼を務める鬼は代々双子で生まれるのだと教えてくれた。双子でないと、均等が崩れるのだそうだ。(門鬼なのに名前も門鬼ってありなんだろうか、と思うが鬼には鬼の事情があるのだ、ウン。と納得しておく。)

 続いて口を開いたのは桃太郎。

 こちらには、若干の理解が含まれているようであった。まぁ、これだけの期間こちらの現世にいたのだし、色々な情報を得ていてもおかしくはない。


「そのらってぃなんちゃらは所謂、ゆうえんちとやらだったな。そんならば似たようなもんが天界にもあるぞい。見ていくか?」


「え、天界版LLR? 何それちょこっと興味あるわ。いや、むしろもうここら辺……いや、さっきまで居た閻魔殿もそんな気があったな」


 そんな随分と気になりすぎる単語が出た所で、この作戦旅行は少し寄り道をしていく事が決定したのだった。


 















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る