第27話 逝き先色々
桃次郎は死ぬ運命では無かった。だが、イレギュラーなびっくり案件でうっかり死んでしまった。本来の死期とは違うので正確な魂の行き場が無い。
従って、生き返れるとの事だが、閻魔様にはその権限が無いし手も離せないので仏様の所へ行って手続きをしてきて欲しい。
と、こう言う訳である。そして、何故か乱闘上等でこちらに乗り込んで来ていた桃太郎じいちゃんがその案内役として桃次郎を率いて仏様に会いに行く事になった。
かくして迷惑二人組は、【桃次郎を生き返らせてもらおう大作戦】を決行する事と相成った訳である。
「それにしても、いやに現代的な物があるんだなぁ……」
「こりゃあべんりなもんじゃ」
「通行証ねぇ」
さっきまでの筋骨隆々はすっかり萎んで元通りのよぼよぼ風の姿に戻った桃太郎じいちゃんは不思議そうにカードを眺めている。
仏様に謁見すべく【特別通行証】と印字されたカードを首から下げてもらったのだが。(この世界で必要があるかは不明だが)作りは社員証みたいだ。
ケースの中にカードが入っており。それには現世でもよく見たラミネート加工が施されて、濡れてもヨレる事のない結構しっかりとした通行証である事に桃次郎は「ほぉー」と感心する。
この通行証はどこでも安全に行けるだけでなく、こちらでの魂が安定して居られるという凄い特典つきである。
と言うか、桃太郎じいちゃんの時には無かったのか? 最近できたばかりのシステムなのだろうか。
まぁ、地獄はリアルタイムで現世を追えるんだからどんどんシステマティックになっていってもおかしくはない訳だが、だからと言って閻魔様の仕事は手作業なのだなぁと高速で流れ行く書類を目で追いながらぼんやりと思う。
受け取った物を身に着け簡単に支度を済ませると、
「気を付けて行くように」
再び判子押し作業に戻った閻魔様から机越しにそう声を掛けて貰った。その場に集まった皆さまに桃次郎は『お騒がせして申し訳ありませんでした』と深々頭を下げて閻魔殿を後にしたのであった。
──この後、出ようとした所で壁掛けしてある大きな蓮の花時計がふわりと開き鐘が鳴った。そこで『ちょっと待て』と再び閻魔様に呼び止められて桃次郎はとても貴重な体験をする事となったがそれはもう少しだけ後に話そう。
因みに何故、この場からの案内役が必要かと言われると……
ここ閻魔殿はものすごーく広い。先程まで桃太郎達が居た閻魔の間では人類全て死してまずはここに辿り着くらしいのだが、魂とやらは100人居れば100通り様々に行く道があるもので(勿論同じ所へ逝く者も多数いるが)直通で地獄へ行ける通路とか。それはもう色々とあるとの事だ。
判決が下された後に、それぞれの行先が決まり、そのまた後には死者の国なる場所が存在するようで、聞いているだけではチンプンカンプンだがそこで生活を営んでいる者も居ると言うので驚いた。
桃次郎が頭を下げて閻魔の間を後にしようとした時、閻魔様が突然立ち上がりちょっと待ったをかけたのである。何事かと振り返ると『折角来たので』と閻魔殿内部を自由に見学させてくれる事になり、まずこの閻魔の間にて実際に判決を下すのを幾例か見せてもらう事が出来た。
最初に、生前のアレやコレやを説かれながら結果は『火の湯地獄行きに処す!』と言った瞬間に魂(と言ってもヒト型で普通に人間にしか見えない)の立っていた床がパカリッと大口を開けた。青ざめた顔した魂はその判決に更に青くなり、ガクガク震えながら『お許しを……』などと言っていたが、芸人ばりに『ぎゃー!』と叫びながら落下していくと言う光景を目の当たりにし驚愕する。
しかもそれだけではない。
その床が開いた下からは炎の粉がチラチラと舞い上がって来たし、ズンドンドコドンドコ何の民族が居るのかと問いたくなる程太鼓の音と『はよ落ちてこいウホホ』『あつあつウホホ』『ぐらぐらウホホホ』などと言う不気味なウホホ声が響き渡ってきたものだから、桃次郎は思わず「ひぇ」と小さく息を漏らすのを必死に我慢したのである。
一人ずつの判決の次に、まとめた数での物もあった。
それには、でっかい赤目の黒蛇が何処からともなく現れて、一言も発する事無しに何人もをいっぺんに大口に咥えてそのままずるずると這ってどこかへ消えて行ったりした。
桃次郎は蛇が嫌いでは無いが、まずその規格外な大きさに盛大に鳥肌が立ち、別に睨まれた訳でも無いのに、硬直したように動けなくなってしまったので目の玉だけで右から左へと流れて消えたソレを見送ったのだった。
果ては乗り物かも怪しいが、その前後に顔は牛、体と手は人、足の先は大きな蹄の牛っぽさを何かもうごちゃまぜに合わせた屈強な女性と男性の生き物が現れた。
桃次郎の脳内はパンク寸前である。
「あんたぁ、今日もやるさね!」
「おうともよ、母ちゃん! ちび共にいっぱいおまんま食わせてやんなきゃな!」
どうやらこの二人……いや、二頭……? は夫婦らしい。
いや、そんな情報はどうでもいいのだ。
謎の生き物はモリモリの筋肉で亡者をむんずむんずと掴むと、四角い乳母車みたいな物に放り込んでは、ぎゅうぎゅうとこれでもかと押し込めて、数百人単位の寿司詰め列車さながらにして運んで行く。
亡者達は「生きてる間も超満員電車だったのに……」「苦しくないのに凄い圧迫感うぅ……」とか言いながら運ばれていったりする光景が通っていく。
他にも、
「ひええーお助けー!」
「嫌だ! 俺は地獄なんか行かない―!!」
「おかあちゃーん!!」
「俺の歴史が詰まったPCを壊してくれと友人に頼みたいんだぁあ! せめてこれだけ――!」
第4群あたりの判決が始まると、それぞれ阿鼻叫喚が響き渡り収集がつかなくなってしまった。その広間の中で、「やかましい、静かにせんか亡者ども!」と閻魔様が怒気を飛ばす中、桃次郎が呆気に取られながらも見ているとそこへ偶然通りかかったのは雷鼓を背負い、只ならぬ威圧を纏う人物。
「ら、雷神様か……?」
桃次郎があまりの威風に目を白黒させながら呟くと、横に居た桃太郎から「ほーじゃけど?」と何を当たり前な、見りゃわかんじゃろと言わんばかりにつまらないといった顔をされた。
二人が見守る中、雷神様はぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる魂達を睥睨してから牙を生やした口をカッと開く。
「じゃかあしいわい罪人共よ!! 閻魔さんの言う事は絶対じゃけえ、大人しゅうしたらんかい!!」
ドガンと一つ雷鼓を打てば、青白く輝く稲妻の竜が放たれてゴロゴロと喉を鳴らしながら旋回を始めた。判決を下されたのに受け入れず、好き勝手口々に喚いていた魂達は震えあがりそれこそ、『この世の終わり!』とばかりに真っ青になりながら絶句する。
見事に一瞬で騒がしいその場を収めてしまい、閻魔様には「おお、雷神いつもすまんなぁ」とお礼なんぞ言われていた。
「良いって事よ、わしゃ静かな方が好きですけえの」
ニカっと厳つく破顔すると、恐怖に沈黙する周囲を見回して満足そうに頷きフンと一つ鼻を荒く鳴らして「鬼~のパンツはええパンツー♪ 強いぞー強いぞーっとくらあ!」と鼻歌混じりで上機嫌の中別の部屋へと姿を消した。
何が来ても驚くまいと思っていたのに見事に唖然とさせられその様を見送っていると、「えーおほん」と咳払いの音。
桃太郎じいちゃんの豆知識曰く、生まれながらに人は罪人である為に死後殆どの人が何らかの刑罰を科されるとの事。だが、稀中の稀に閻魔様を通さず天からのお迎えが直々に来るパーフェクトヒューマンなる人も居るらしい。
「さて、あまりここでゆっくりもしていられぬぞ。仏様の所を目指さねばにゃ」
改めて桃次郎に向き直った桃太郎は、雷神様が退室した後の静寂に包まれた部屋を見回してコッソリとそう告げた。
一連の出来事に呆気にとられていた桃次郎も、ハッと我に返ると桃太郎を見やり「そうだね」と言い次へと思考を切り替える事にする。
二人並んで閻魔様に向き直ると、桃次郎が口を開くより早く丁寧な口調で桃太郎が発言した。
「それでは、閻魔様。ワシらこれにて失礼をば」
「おお、そうだな。まぁ、気を付けて行ってくれ上手くいく事を願うぞ。部屋の外で案内役を申し付けた子鬼が二人待機しておるからそれに従ってくれ」
「はい、ありがとうございました」
揃って挨拶する桃次郎と桃太郎を見て、閻魔様は少し口角を上げながらそう送り出してくれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます