第26話 声の主
「うおお! 離せぇ! 離すのじゃああ! 桃次郎のとこへ行かしてくりょおおお!!!」
桃次郎がひたすら困惑している所に、突然叫び声が響き渡ったのだ。
しかも、とても聞き覚えのある声色で……
続いて部屋中に地響きにも似た轟音が響く。
何事かと桃次郎が振り返ると、子鬼が白煙を巻き上げながら山となってこちらに進んで来ている。だが、様子が何かおかしい。いや、そもそもこの光景全てがおかしい。小鬼が山になってるってなんだ一体。
小鬼団子をよく見ようと目を細めると、何人かの子鬼がドカッと言う鈍い音と共に山から弾き飛ばされ、華麗にくるくると宙を舞ってはドフッと床に落ちる。
その後方を更によく見れば、何人もの子鬼たちがうつ伏せや仰向けになって倒れ伏しているではないか。なんと、入口から点々と線になってこちら近くまで続いているのが見えてしまった。
「うわ……なにこれ、一体なにこの状況」
桃次郎が驚いたような引いたような何とも言えない表情でそれらを見やる。何したらこんな事になるのだろうか。
「一体何事だ!」
これには流石の閻魔様もその忙しい手を止め、大きな音と共に立ち上がる。
椅子を後方に押し下げる大きな音につられて閻魔様の方を見れば、およそ見た事のないサイズのヒト型が山の如く聳え立つ。
(でっっっか!!!!!!)
桃次郎の両方の目の玉がポォンと前に飛び出してしまうかと思うほどの巨躯。ゲームで有り体に言えば間違いなくラスボスと定義づけする事が出来るだろう。
ただでさえ多忙な仕事中に、イレギュラーな桃次郎が現れ、更には大声で喚きながら小鬼団子を纏わせ&同時に蹴散らし猪突猛進してくる筋骨隆々男の登場である。この状況で参らない者なんて居る訳が無い。
あぁ、閻魔様すっごい怒ってるだろうな……僕このままナンチャラ地獄で酷い目にあうんだなきっと……ナムサン……
桃次郎は諦めの悟りの境地にて内心でそっと合掌しておく。少しでも心を穏やかにさせるためだ。 いつ、激怒した閻魔様から沙汰をくらってもいいようにと。
ふぅ、と今一度深呼吸してから事態をよく見れば、中心に居る人物を抑え込まんと躍起になる子鬼達をバッタバッタとなぎ倒しながら突き進む存在が居る。
騒然とする空間に、助けを求める子鬼達の悲痛な叫び声が響き渡った。
「閻魔様ぁ―! これをどうにかしてください~俺らの手にはとても負えませんッ! ゴハッ」
「突然現れてもう我らだけでは持ちませんっ! デュバっ」
「え、閻魔様、この者が! あっこのっ大人しくしなさい!! ぐふぅッ」
押さえつけようと山になる内、一人また一人と飛ばされたその隙間から捉える事が出来た中心人物の正体は、何と筋骨隆々と化した別人とも思える桃太郎であった。
あぁ、知りたくはなかった。声を聞いてまさかとは思ったが、まさかまさかもいい所である。本当に本人だったなんて冗談キツイ。えぐいて。
だれか嘘だと言ってくれ、って言うか何であんな筋骨隆々なの、嘘じゃん。あり得ないでしょ、よぼよぼじいちゃんだったじゃん。
体倍以上になってんよ、と言うか見る影もないけど、いやサイズよ? 動物園から脱走してきたゴリラさんですか? バナナいる?
え、まさかの桃太郎じいちゃんがラスボス感満載なのだが。
待てよ……桃太郎じいちゃんがゴリラと言う事は、僕はゴリラの子孫、英雄ゴリラの末裔だったのか? じゃあ僕にも本当は握力500キロとかある感じ? 虚ろな瞳で思わず腕を出してムキっと力コブを作ってみるが全然そんな怪力あるとは思えない。
桃次郎の脳内にはハテナがくるくると幾つも浮かぶ。
またしても桃次郎は混乱の極みに落ちた。それはもう一ミリだって正常な思考に寄れない程に、今目の前にやってきた騒動の台風の目を無かった事にしたかったのだ。
桃太郎は次から次へと飛び掛かるように押さえつけて来る子鬼らの山を必死に突破せんと、涙に鼻汁にとめいっぱいまき散らして無双をかましていた。
(こ、これって桃太郎無双――!?)
いや、そんなふざけた事を言っている場合ではない。ちょっとした地獄絵図になってしまっているのだ。ここは既に地獄であると言うのに。
「そっちを抑え込めー!」「足だ! 足を狙え!!」「腕が危険だ、せーので抑えるぞ!!」「ぐふッ、ええい負けるな!」「鍛え抜かれし我ら小鬼隊の底力をみせてやれ!!」
「どぅえぇええい! やかましいわいッワシは! ワシは行くんじゃあ! ワシのせいでっ桃次郎がぁ! くそおおおぅ、くそおぅおぅおぅ!!! 邪魔をするなぁ、ふぅんぬッ」
「ぎゃー!!」
「ぐぶふぇー!!」
「駄目だ―!!」
滂沱と涙で滝を作りながら、「ええい、どかんかぁああああ!!!」と腕を一振りすると、まとめて5名程の子鬼が「わー!!」「ぎゃー!!」と叫びながら一気に天井付近まで吹っ飛んでいく。
「え、閻魔様ぁああお助けくださいぃいいいいい!!!」
泣きべそをかいて閻魔様に助けを求めた子鬼にドカッと強烈な一発が炸裂し、桃太郎が更にズゥンと一歩前に進み出た所で、呆気に取られていた桃次郎が痛むこめかみを抑えながらどん引き気味に発言する。
身内なのだ、これでもアレは。この場にあの
桃次郎が肩を落として深く溜息をついた後、暴れる台風の目に向かい割と大きな声で話しかける。
「じいちゃん……。僕、ここに居るんだが」
エフェクトにスネイクさんよろしくビックリマークが付いた桃太郎はその声に敏感に反応した。したが、悲しいかな勢いは止まらない。
「も、桃次郎の声が聞こえる! もう死者の国へ入ってしまったのか!? うおおおおん! この桃太郎が今いくぞーーい!! まっとれよーーーー!!!」
「じーーーちゃんっ! 僕、ここに居るって!!!」
ついに、纏わりついていた子鬼らをドカンと全て薙ぎ払い、ダッと駆けだして行きそうになった所で桃次郎が出来る限りで声を張り上げると、桃太郎はやっとピタリと停止した。
立ち止まりズビズバババーっと盛大に鼻水をすすり、着物の袖で乱暴に涙を拭うとどこから聞こえたのかと、高速で首を巡らせやっとこ桃次郎を視界に捉える事が出来た。
とは言っても、涙で滲みすぎてて判別はハッキリついていなかったらしいが。
「おおお! 桃次郎っ!! よか、よかったぞい! まだここにおったのか!」
とんだ茶番以外の何物でもないこのやり取りの中、閻魔様は腰を下ろしつつ膨大な書類の合い間から書類を幾束か下へ散らかしそこからヌッと顔を覗かせ言う。
「おお、なんだ桃太郎であったのか。 これは良い所にきおった。ちょいとわしの手伝いを頼みたいのだ。この坊主を天界の仏のとこまで連れて行ってやってくれないか? お前が居れば、迷わず仏の所へいけるじゃろうて」
「いや、いんや閻魔様! この子はきっと死ぬ運命ではなかったと思うのです。なんせ幼子の代わりに自らを……ですからどうか、」
「おう、そうだな。わかっておる。だが、ワシにはその権限はない。だから、生き返らせる為仏にかけあうように話しておった所だ」
「お願いで御座います! どうか…………えぇ?? い、今何と」
「だから、坊主を生き返らせる為にだな、仏に……」
「おお、おお! なんと、そうでしたか。そうと決まれば、この桃太郎めが死んでもその役目を果たしますぞ!! あ、もう大昔に死んどったわいにゃ! ワハハハハ」
上手いこと言ったと大仰に笑う桃太郎じいちゃんを見て、その場に居た全員が呆れた深いため息を吐いたのだった。
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