第25話 進むべき道

 


◇◇





「あ痛ぁっっっ!!」


────

──


「……??」


 酷い頭痛が桃次郎を襲い、思わず飛び起きた。

 正しくは、仰向けで眠るように横たわっていた状態から覚醒を果たしたと言う方

が良いかもしれない。

 しかし直ぐには己の状況が飲み込めず、一先ずは周囲をきょろりと見回す事から始める。頭が痛かったような、今も若干ずきずきと痛むような、そんな頭を摩りながら目が覚めた桃次郎の眼前には大きな大きな朱色の館らしき物があった。

視界には全容を捉えきれていなかったのでその大きさはいかほどかは分からない

が相当に大きいのだと思う。

 周囲は、少しヒンヤリとした冷感を感じる霧のような靄のような物が漂い肌に触れながら流れていく。ほんのり暗い空間だが、薄暗いと言われるとそこまで暗くなく、どこからか光源がしっかりとられているような感じだった。


「あれ……僕……?」


 飛び起きたから、尻もちの姿勢だったのだが、よっこら胡坐をかいてみると体には

多少軋むような痛みがあるものの、手足は動くし思考も問題なく巡らせる事が出来

る。圧迫されていたように思えた呼吸も今は苦しくはない。

そして、桃次郎はこう思う。


「もしかして、もしかしなくても……僕……死んだ?」


 今居る場所の景色はそれこそ、異様なのだ。今までだって随分だったけれど、ここはそう言う度合いの中では飛びぬけて異質。

 桃次郎が、自身の死を感じたと言うのは目が覚める前に自分が何をしていたのかを割と鮮明に覚えているからに他ならない。

 あの後僕が救急搬送されてここが仮に病院の中であるなら、目が覚めた時には白い

天井が見えて蛍光灯の明りが眩しい筈なのだから。

 しかし、明らかに違う。


「結局、髭おやじとの約束も桃太郎じいちゃんとの約束も守れなかったな……

何にも出来てないじゃないか」


 意識を失う前に見た美しくも楽し気な走馬燈のような景色達を思い出し、やるせな

い悲しみが桃次郎の胸を深く抉る。生前お世話になった人、交わした会話、やってき

た馬鹿な事まで一つ一つに想いを馳せる……

と感傷に浸るのも束の間に、


「ま、死んじゃったものは仕方ないか。取り敢えず、こんな事もしてられないよな。こういう時は、逝くべき先ってあるんだろうし、知らんけど」


 回想終了後には、パンっと一つ膝を叩いて『仕方が無い』と言い切る。元々が淡泊

気味な性格だったせいか切り替えが早い。こんな所まで切り替えが早いなんてなぁ、とも思うがこれ以上何を思っていても一ミリだって物事は動きやしないのだから、これでいいのだと立ち上がる。


「へぇ……死後の世界ってやつかな」


 呆っとしていても仕方がない、と考えを改め、今自分に出来そうな事は何かを考えれば自ずと答えは直ぐに出た。

 聳え立つ目を見張る程巨大な朱色の建物に恐る恐る近づいてみる事にしたのだ。


 あそこはあの世とこの世の門みたいな役割だろうか。

 もしかして、閻魔殿だったりするのか……実在してたらどうしようか、取り敢えず

挨拶? それとも、先に沙汰が下るのか?

親に甘えっぱなしの親不孝者には専用の落ちる地獄があったりするのだろうか……

 そんな思いをくるくると巡らせつつ、死んでるからこれ以上何を畏れても仕方が無いがドキドキとしながら歩いて行く。この漂うモヤのような物はひんやりとしていてふわふわと足や腕に当たる感覚があるのが不思議である。

 近づく程に余計建物の大きさが強調され、小人にでもなったようだと錯覚すらする。壁沿いに大小ある窓の小窓の方にそっと近づき、こっそりと中を覗いてみると、とんでもなくドデカイ机が視界に飛び込んで来た。


「うわぁ、何あれ机? でっか……」


 木製だとは思うが、そこに何やら絨毯みたいな厚みのある布が敷かれ前に長く垂れている。その上にはうず高く積まれた山積みの書類のような物。

 それを1枚、また1枚と赤みを帯びた大きな手が取り、ドンダンッと大きな音を立てている。これは、絵本で見たアレか。左手に持ったこれまたドデカイ判子を持っていてこの書類に振り下していると言う事だろうか。

 顔も書類に隠され見えないが、体躯は随分と大きく、山盛りの書類を流れ作業のようにこなしていく大男。


(うっわぁ……。閻魔様……だよな、本当にいた……怖そう……)


 閻魔大王とは、幼い頃から、童話の桃太郎同様によく目耳にし、言わずもがな【地

獄の主】である。嘘つく子は閻魔様の所に連れてかれて舌を引っこ抜かれるんだよ!

――と散々脅かされた訳だ。

 どの絵本も幼いながら見るその顔は凄く怖い表情で描かれるものだから、見るのも

震え上がったものだ。

 更には最近だと『閻魔様』なるアプリが存在し、言う事聞かない子に親が電話する

ふりをして声を聞かせるのだとか。

事前に名前を登録しておき、アプリを起動すると(仮にたくやとするが)

『たくやのことを地獄から見ているぞぉ、悪い事ばかりしているとコレでたくやの舌を引っこ抜いてしまうぞぉ!』

物凄いドスの利いた声色で、名前を呼ばれる。その向こうではガチンガチンとエンマをカチ合わせる嫌な音が聞こえるのだ。

 正に、ちびっこ達の恐怖の象徴である。

 

「いや、実際見てもこわ、と言うか顔は見えないけども……」


 うっかり声に出してしまっていたがその言葉が届いたのかは定かではない。

 しかし、その閻魔様本人はこちらを見ず手も休めずに、声を張った。


「そこのボーズ! お前は今、死ぬハズではなかったから生き返らせたいがな! その権限はワシにはないのだ。だが、話がある。そのまま右へ壁伝いに行けば門がある。子鬼らに伝えておくからそこから入ってこっちへ来てくれ!」


「え!? は、はぁ……」


 突然閻魔様から発言があった事に困惑する。

(僕を視界に捉えていない筈なのに……)

だが、不信に思うよりも今はこの発言に従うしかない。

 閻魔様の言う通りに壁伝いを歩いていくと、程なくして仁王門のように巨大な門が

出現し両脇に門番と思しき子鬼が二匹? いや、人? が立っており


「「どうぞ、こちらからお入りください」」


と声を合わせて言った。


 言われるままに進むと、入口から長く赤い絨毯が一本道で敷かれており、先ほど見

た見上げる程ドでかい机に向いその向こう側では閻魔様が忙しそうに判を押してい

る。


「えーと……こん、にちは」


 正面からでも書類の山に埋もれ、顔すら見えない存在に発言を投げかける桃次郎。


「おお、早かったな。手っ取り早く説明するからまぁ聞け。取り敢えず、お前はまだ死ぬ運命になかった。予定外で魂の行き場が此方には無いのでな。そこで、だ。仏の所へ行って何とか生き返らせる為の手続きを取って来て貰いたい」


 太く低い濁声だけが書類の山を飛び越え、無事に桃次郎へと届く。がつらつらと言われたはいいが、何を言われてるのか半分も分からない。

 すると、


「桃次郎様、あなた様のような方も時々おられるのです。死期とは人により様々ですが皆決まっているのです。それが、何らかの不具合が起きると死期に無い者の魂がこちらへ来てしまう事があり、冥界びっくり案件として処理を行わねばならないと言う訳でございます」

「でございます」


 小鬼の内一人がスラスラと説明を始めると、慌てたようにすかさず声を合わせるも

う一人。

 桃次郎のような行き場のない魂も、この【冥界びっくり案件】として多少なり存在

するようで、閻魔様も小鬼も慣れているような反応を示す。

手続きとか、実に事務的である。


「えぇ? そんな、僕みたいなイレギュラーな事もあるのですね」


「そう、たまーにな。……しかし、あちら側まで行くには道案内をつけなければ難しいだろう……子鬼共は忙しく特別な手続きをしなければ仏の所へは行かれないしなぁ……ワシも忙しく手が離せん。ううむ、どうしたものか……」


「最近は、己で命を絶つ人間が多すぎて昔よりも死期の期間が短いのです。そうした者へ与える罰は少し特殊でして、仕分けるにも骨が折れるのです」

「ですです」


 小鬼は合わせて肩を竦めて見せる。

 なるほど、どうやらこちらの世界でも人手不足と言う訳だそうだ。まぁ、あの閻魔様の前に積まれた書類を見たらばそれは一目瞭然なのかもしれない。

 閻魔様すら『どうしたものか』と悩ませてしまう存在になってしまった桃次郎、内心では本当にろくでも奴に成り下がってしまったな……と自嘲するがそんな事した所で解決には至らない。

どうしたらいいかなど、桃次郎にだって分からないのだ。

なんせ、地獄へ来るのは初めてであるから、ここがどう言う仕組みで動いているのかなど知る由もない。三人寄れば文殊の知恵どころか、一筋の解決策も生み出せないでいた。



すると、そこへ驚くような声が響いたのだった────







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