第24話 手を伸ばして
そう言う訳で、まずは大学生活とバイト、それに加えて桃太郎じいちゃんのお願い
に付き合う事などをこなす多忙極める日々のかたわら、桃次郎はエクセルに図案をお
こしては毎クラの広大な敷地を駆使して墓候補を幾つも建ててみていた。
こう言う事はやると決めたからには外観は勿論、内装だって凝りたい。何たって、受ける桃太郎じいちゃんサイドでは一応【人生で初めてのサプライズ】なのだから。
(と言いつつ、実はおじいさんに木刀プレゼントされたあれはサプライズでなくて何とするのかと思ったが、僕からのは『初めて』と言う事にして黙っておこうと決めたのだ)
取り敢えず、自分の楽しみであった毎クラ本拠点は一旦横に避け、桃太郎じいちゃ
んの案件が先になる。仕方はないが、毎クラの世界は若干でも楽しめている訳で良し
とする。
「ぐおおおん……ずごごぉ……むにゃ」
桃次郎が夜な夜なPCを操作する横では、桃太郎じいちゃんが凄いイビキをかきながら眠りこけている。
このじじい、人に頼み事丸投げしておいてしかも霊体の癖に、寝てばっかりいやがるのだ。よく寝るし何でも食うし、最早本当に霊体かどうかも怪しいこの頃である。
(くあー! まったく、呑気なもんだよ……)
PCを起動すると、話もそこそこに『わしゃもう寝るぞい!』と側から眠りこける――そんな姿を尻目に、そんなこんなで数ヶ月が過ぎたとある週末日曜日。
本日も桃次郎にしか聞こえない便利な大声でもって、かなり不快な覚醒が齎される。こちとらどこかの誰かさんのお陰で疲労困憊も良い所なのだと言う事を分かって頂きたい訳ですけども!?
「桃次郎―! は・や・く! おきんかあああい!!」
「ぎゃー! うるさいっ! 毎っ週毎週耳元で叫ばないでくれる?!」
日曜日になったら、朝もはよからこうして叩き起こしてくれるので休みだと言うの
にちっとも休めてなんかいないのである。まぁ、やるならとことんと自分が決めた事なので仕方ないとも言えるが。
既に習慣化してしまった週末恒例行事に、欠伸をしながらよっこら支度を済ませる
と、いつものように墓巡りをしに桃太郎じいちゃんと方々へ繰り出す。
場所は既に決まっているが、『あんまり狭いのは嫌―』とか『あれはつけたいのう~』などと折角の【サプライズ】に注文なぞ付けまくられているので、未だに様々な墓地をこうして貴重な休みを削り削りやってやっているのだ。
質感とかはやはりこの目で見た方がイメージがつきやすいのもある。
とか言うものの、目的は勿論それだけではないのだが……
「楽しみじゃのう~愛理ちゃんに早く会いたいのぅ! ウフフ」
「ちょっと、桃太郎じいちゃん? 目的が違うんでないの?」
「かたい事言うな桃次郎~そんな事言って、実はお前さんの方が楽しみなんじゃろ? 朝グータラもせずにこうして待ち合わせの時間より早く行こうとしとる癖にぃ~」
ニマニマと嫌な笑みを浮かべてこれでもかと、桃次郎を突く。
図星を的確に突かれ、顔を真っ赤にした桃次郎は早口に正当化したい自分を反論に引き出したりしてその場をやり過ごそうとする。
「う、煩いな! 女の子を待たせるなんて男として駄目だろ!」
『桃太郎じいちゃんの為の』墓巡りと言う大義名分を振りかざし、その後ろに密かに
隠していた【愛理とデート】と言う真の目的は内密にしておきたかった。
しかし、普段早起きしない桃次郎が毎週日曜に本当は桃太郎が大声で起床を促さず
とも目覚ましよりも早くに勝手に起床し、いそいそと支度を整えるのである。
これだけ分かり易く態度に出ているのを隠そうだなんて、どだい無理な話と言うもの。
「ほうほーう、うむうむ。そう言う事にぃしておいてやるか! わし寛容だからのぅ、にょほほ」
桃太郎こそ、そんな事はいの一番に見抜いており揶揄ってやるのもまた楽しと毎週桃次郎が起床する寸前にわざと大声をだし、起き抜けの耳をキンキンさせてくるので意地も質も悪い。
「ふん、桃太郎じいちゃんこそ楽しみにしてるくせに。自分の墓なんてそっちのけでさ!」
苦し紛れに出て来た言葉は幼稚で実に頼りないものだった。
「おうとも! ワシャ愛理ちゅわんに会いたいんじゃもの! 悪いか! ま、桃次郎と違ってぇほら、ワシって包み隠さずオープンな感じでいいじゃろ」
「っかー! だからそう言うとこだよ桃太郎じいちゃん!?」
これでもか、とドヤ顔を披露する桃太郎に桃次郎がまた悪態を被せ、結果あーでも
ない、こーでもないとワイワイぎゃいぎゃい言い合いしながら歩いていく。
◇
二人が実にくだらない掛け合いをしながら歩いていくと、あっという間に目的地で
ある待ち合わせの小町公園に近づいた所で、水色をした小さなボールが道路まで勢いよく飛び跳ね、その後を幼い男の子が「ボール! まってぇ!」と周囲も見ず、ボールのみを注視したまま飛び出してきた。
──何と、運の悪い事にすぐそこには車が迫る。
(こんなっベタベタな展開あるか――!?)
そう思った次の瞬間、桃次郎は目で男の子を追うと同時くらいに地面を蹴っていた。こう言う類のヒーロー成分を要する事は、漫画やアニメの世界で良くある話であり、実際に目の当たりにするだなんて思ってもみなかった。
桃太郎じいちゃんが目の前に現れた時から、確かに非現実的な生活を送って来たわけだが『あれ、これで僕は死ぬのか』そんな淡泊とも思える思いが瞬間的に過りはした。したが、体はもう動いている。
「ま・に・あ・えぇ――っ!!」
「馬鹿っ桃次郎――ッ!!」
桃太郎の叫び声を後方に置き去りにし、桃次郎の脚は信じられない程力強く大地を踏み蹴り、信じられない程の跳躍をやってのけた。幼い子供の小さな体を受けとめんと腕を懸命にめいっぱい伸ばす。
――刹那、キキィー!!と甲高く空気を切り裂き鳴り響くブレーキ、呻るタイヤの音、運転手は懸命にブレーキを踏み考え得る最高の回避行動を取った事だろう。
それでもこの近距離で鉄の塊のスピードが落ちてくれる筈も無く――
桃次郎は伸ばした右腕に確かに男の子を掴み取り、抱えるように抱きしめるとその
直後、自身の体に凄まじい衝撃と激痛が走るのを感じた。陶器で出来た豚の貯金箱をガシャンとハンマーで叩き割るそんな風に今、桃次郎の背骨や筋肉が悲鳴を上げている。
「――――っ!!」
衝撃の強さに言葉にならない悲鳴を上げた。背中ごと車にすくいあげられ、ボンネットに乗り上げフロントガラスに頭部を強打――その反動で体は跳ねてから滑り落ち派手に地面に転がり落ちる。
桃次郎は飛びそうになる自分の意識の尾を必死に捕まえ、腕の中に居る小さく温かい守るべき存在の為に、決して腕を解かなかった。
どれくらい転がったのかも分からない。やっと回転が停止した所で、何が起きたのか理解できず硬直していた男の子の体が僅かに弛緩し桃次郎の腕の中で身をよじる。随分強い力で抱きしめていたようで、小さな体が圧迫され苦しかったのだろう。
腕を解いてやると、男の子は何とか上半身を起こすがその場にペタンとへたり込みワッと泣き声を上げた。
桃次郎は、男の子が無事であると言う安堵感により自身の僅かに体が弛緩したのを感じる。
正面から「あっくん!」と叫ぶ声が近づいてくる。こちらに走って来る女性の姿が桃次郎の視界にぼんやりと映った。
(母……親……かな……)
定まらない視界の中で、母親らしき女性が男の子を抱きしめるのを捉えると
目の前がみるみるうちに生暖かい赤で染まっていく。それと同時に全身を覆うような酷い寒さが訪れる。
「――っう!!」
「――……ろうっ!」
「桃次郎っしっかりせんか!! 目を開けるんじゃっ!」
およそ、数秒間程度ではあっただろうが一瞬意識が飛び、桃太郎じいちゃんが必死に呼びかけてくれているのにやっと気が付いた。
「じ、いちゃん……ごめん……家……」
「馬鹿者ぉっそんな事、今はどうでもいいんじゃ! 喋るな! あぁ……!」
桃太郎じいちゃんたら、もう死んでる癖に凄い青ざめてるし、こんな事で狼狽えるなんて英雄様らしからぬじゃないかと思う。
くしゃくしゃになっている桃太郎じいちゃんの顔をぼやける視界で捉えながら、せっかく現れてまで伝えてくれた願いを叶えてやれそうに無い事を申し訳なく思う。何とか体を起こして『僕は大丈夫』だと言いたいのだけれど、体中のあちこちから軋む音がする。
男の子を自身の腕から解放する際は言うことを聞いてくれた腕の筋肉は、今や脳からの指令を全く無視して、ピクリとも動いてはくれない。
「あの子は――……」
抱きかかえたまま一緒に転がり、自分が多少なりともクッションになったとは言え結構な衝撃であったろうと、母と思しき女性に抱かれたあの子の身を案じた。
「……うぅ、お前と言う奴は……あの子なら無事じゃ。びっくりして泣いてはおるが目立った傷などは見当たらん」
そうかぁ、それなら良かったと声に出したつもりが出てはいなかったのかもしれない。
「誰かっ! 誰か!」
女性が必死に呼びかける声が聞こえる。
休日の早い時間であったにも関わらず、多くの人がこの公園には来ていたのだろう。わらわらと人が集まって来た中で一人男性が駆け足で桃次郎に近づく。
「僕が応急処置します! あなたは救急車呼んで! 念のため誰かAED探して持ってきて!」
「は、はい! あれ、えっと、あれ何番だっけ……」
「119番、事故と伝えて!」
「わ、わかりました!」
「君、君! 大丈夫ですか! わかりますか!?」
男性は周囲に彼是と適格に指示を出しながら、桃次郎に声を掛ける。
そこへ、おずおずと男の子を抱えた女性が近づき、
「あの゛……あの! 救急車、直ぐ、直ぐに来ますからっご免なさい! ご免なさい! 私のせいで――あなたをっ」
桃次郎が視線を少しばかり動かすと、男の子を抱きしめながらも酷く取り乱した様子で大粒の涙を流しながら嗚咽交じりに何度も頭を下げ謝罪を述べる女性がすぐ側に居た。
自身への呼びかけに反応するよりも、男の子が心配で仕方なかった桃次郎は、
「…………」
声帯が震えていたかどうかすら解らないが、何とか声を絞り出すつもりで。
女性は、「え?」と小さく聞き返してからよく聞き取ろうと口元に耳を近づけてくる。
「怪我……なかった……ですか」
何とか捻り出した発言は無事に届いたようだ。力いっぱい頷きながら
「はいっはい! 貴方が、この子を守ってくれたから……っ!」
「それ、……な……ら、よかっ――」
『それなら良かったです、僕は大丈夫ですから』とそう答えたかったが、叶わず。
女性から男の子の無事を再確認すると、今度こそ最後に残っていた体の力が抜ける気配がする。
目も開けていられず閉じると、愛理さんと桃太郎じいちゃんと数ヶ月掛けて一緒に巡って来た地に、その中でした楽しい会話、幾つも考えて制作してはPCに眠ったままのサプライズ家模型達。そして、
『よう、大学生! もとい、笹ヶ瀬 桃次郎様。
桃がこの手紙を読んでるっつー事は、俺はきっとこの世にはもう居ないんだな。
実はなぁ、俺、持病があってさぁ。何でもない時の方が多いんだがな、爆弾抱えてるようなもんで医者からは入院してなきゃダメだなんて言われてたんだけどよ、そんなの俺の性に合わねえだろ? すぐ死ぬかもしれないが自由に生きるよっつって断ったんだ。店もあるしな、あそこは俺の宝箱みたいな大事な場所なんだ。
桃からすりゃあ、たかだかこれっぽちの付き合いで、と思うかもしれないが……
俺にとっちゃ、桃と語るひと時が何にも代え難いくらい嬉しくて、楽しい時間だったよ。
そういや、娘は愛理っつーんだ。一人娘でな。齢は21だしそんな大差無いよな。俺がこんなだからな、しっかりしてるんだが案外と脆い所も多い。無理もし易いしなー。あ、あと結っ構寂しがり屋だ!
……桃がさ、良かったらでいい。
うちの家族の事、気にかけてやっててくれないか。
生憎と、他に身内が居なくてな。桃の人生、邪魔する気は勿論無い!
ほんの少しだけでいいんだ。
いつもと変わらず店に来て、俺と話したように愛理と話してやってくれ。店の事はこれから、母ちゃんと愛理でやってくつもりらしいんだ。
俺ぁ、俺が死んだら閉じるつもりだったのによ。どうしてもって聞かねえんだ。
あいつら無茶して体潰さないように見張っててくれ! ……俺ぁ、散々好き勝手やっ
て生きてきた。だから、早く死ぬ事に後悔はねぇ。ただな、残す2人の事だけが心残
りで……
勝手な俺の我が儘だが、どうか、頼む!!」
めくった2枚目には、真ん中にドでかい文字で
桃! 今までありがとうな!!! 』
と締めくくられていた髭おやじからの最期の手紙。
それらがあっという間に高速で脳裏を過っていく。
……ごめん、ごめんなさい、僕は何一つ出来なかったな。
約束、何にも守れない情けない男だ。
こんな事ならもっと貯金頑張っておくんだった。
こんな事ならもっと大学なんて行かずに家族に恩返しするんだった。
こんな事ならもっとスマイルマートに通ってればよかった。
桃太郎の子孫の癖に、不思議な力とか何にも持ってないし
コミュ力底辺だし
実家暮らしだし
何も成せずに死ぬ男だ──格好悪いなぁ
高速に流れてはいくが、思ったよりも長い事見えた美しい走馬燈のような過去の映
像達に、情けない自分の姿を映し曇らせながら沸々と成し得なかった禍根を思う。
だが、こんな未練が根深すぎる禍根になって僕は成仏出来ずに化けて出たらそれこそ情けなさすぎて自ら墓穴を掘るレベルだ。
またどれくらい掛かるか分からないけど、輪廻転生的な物が本当にあるのなら……来世の僕に期待してくれ桃太郎じいちゃん。必ず叶えるからさ、今度は──
遠くに救急車のサイレンを聞きながら、桃次郎の意識はプツリと音がして途切れ真
っ暗になった。
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