第22話 仮契約
決意の契約を結ぶ事となった桃次郎は管理人から更に詳しい説明を受ける事となった。管理人から勧められ一緒にお菓子を頬張りながらだが。
説明を受ける前に、一点についてはやはり聞かれた。
『何故遺骨が無いか聞いても?』と。
到底、信じてもらえるとは思っていなかったが、包み隠さず話す事にした。
もうここならばそんな類の話でも何でもアリな気がしたからだ。
「実は、ですね。すっごい怪しいし嘘だと思われるかもしれないですけど。
霊的関係と言いますか先祖と言いますか、童話に桃太郎ってあるのご存知ですか? うち、その子孫とかだったらしくて……つい最近、出たんですよ。僕の所に。
桃太郎本人が」
「…………まじっすか」
これだけ聞いたら本当にただの頭おかし奴でしかない。仮に、僕が他人からこんな話をされたならドン引き確定である。『何言ってんだこいつ』で終わるだろう。
が、管理人は違った。純粋な驚嘆、そこに疑いなど一切無いと言うくらいのものであった。それ故、僕も顔をキリっとしめて答えるのだ。
「大マジです」
「ふぁー……す、すげぇ……あの英雄の桃太郎って事!? その子孫っすか!? あっ、笹ヶ瀬 桃次郎! ちょっと変わったっつうかだいぶ古風な名前だなって思ってたっすけど、まさか本当にその筋の人だったとは驚きっす!! うわぁーでも感動! すっげぇ!!」
「そ、そんなにですか……って言うか、疑ったりしないんですね?」
「へっ? 何でっすか? 疑う必要皆無なんすけど! すげぇ事っすよー! 身内は有名人とかいても反応薄いもんなんかなぁ。この間は何か独特だなぁと思っていたけどそういう事っすかぁ、納得っすね。やーまた是非お会い出来るといいんすけどね! って、なんちゃって! 英雄様はお忙しいっすもんね!」
決してそんな事は無いです、と言いそうになったがここは桃太郎じいちゃんの尊厳的な物を守ってやろうと口を閉じておく事にする。
英雄様ってやっぱり桃太郎じいちゃんの事を言ってるんだよね。もしかして、この間来た時にも既に彼にも視えていたのか? 何か一人で納得してるし。
僕の良く知っているようで知らない桃太郎じいちゃんの姿が色々とあるんだな。
一緒に居る時の姿ときたら、なかなかどうしようもない爺なので、何だかなぁと思ってしまうのも仕方が無いと言うか、桃太郎じいちゃんの自業自得と言いますかね。
その英雄様は現在のお墓がお気に召さないと言う事で、新居建て直しなんですよ。それで、こちらが甚く気に入ってここを予定地に……と伝えると更に驚いた表情で『うちに英雄様の墓が!? すっげぇっす!!』と更に興奮した様子だった。
そうして、話はやっと本題へ入る事となった。
まず、まだ予定地にしたいと言う話で何も決まっていない。と言う事。
それに、桃太郎じいちゃんの友人なども遊びに来れるようなと言う無理難題。
加えて、まだ大学生と言う身分でありバイト掛け持ちだが、貯金合わせても費用を一括で支払う用意は出来ない事とこれからの準備について。
費用を支払う事が出来ない時点で、とんでもない話な訳だが、管理人は茶化す事も無く真剣に相槌を打ちながら話を聞き(菓子は食う)、資料を持ってきたりして話を進めていく。
随分と時間は掛ったが、何をどうしていいか分からなかった所から少し道筋が立ったような気がする。
・費用に関して言えば、一括などでなくて全然OK。期限は一応定めさせてもらうが、毎月でなくて構わないし払えないと言う連絡も特に要らない。
払える時に払える金額で良いとの事だ。『一円からでも問題無いっす!』と笑いながら言うので、移動費に支払えてそっちに一円しか支払えないなんて駄目じゃないですかと返したら、それはそれ、これはこれっす!とまたあっけらかんと笑うのだった。
・区画については、まずどれくらいの規模で考えているかが重要で、次にデザインをどんな物にするかでも左右されるらしい。デザインは和型墓石でも勿論問題無いし今時仕様にデザインも多種多様で良いんじゃないかとの事。
ついでに、今はデザインによって色ガラスなどをはめる人も居るらしい。昨今は自由度が高いのだとか。
・区画やデザインが決まったら、次はどの石材を選ぶか。
まず石屋選びかと思ったが、馴染みの石屋とこの公園墓地は共同運営のような物らしく居るから問題ないとの事だった。どんな石材にするかも制約無しで自由なようで、どんな物でも恐らく対応可能っすと言っていた。
・流れとしては、見学と資料は今時点で済んでいるので『本契約・墓石に関しての話し合い』になる。
一通りは話が終わった後に、まだお菓子をつまみつつ、
「あ、飲み物無くなったっすね。ちょっと取って来るっす」と空になったコップと容器とゴミを一纏めに持ち席を立った。
7割彼が食べていたが、まだ入るようで驚いた。普段から結構な大飯食らいなのだとか。米が足りないと兄ぃ達によく怒られてるっすと豪快に笑っていたが。
それにしても、彼は謎が多い。
今頭を悩ませるべきは、桃太郎じいちゃんのお墓の事であるが管理人自体も謎過ぎる存在である。
思い返すが、やはりこの【管理棟】の建物。この間は本当にこんな物無かったと思うのだ。いくら日常で目が回る程忙しくとも、こんな大きく立派な建物を確認出来てなかったなんて事あり得るだろうか?
いや、そこまで耄碌しちゃいない。ぴちぴちの大学生だもの、脳は若い筈。
何でもこちらを『見透かし』ているような感覚。上手く言葉に出来ない事がもどかしいが、理屈でない事柄が結構あるのである。
まぁ、向こうが真剣に話を聞かないとか門前払いとかされなかっただけ良いと思わねばなるまい。
こんな怪しい話をする方もそうだが、信じる方も割と大丈夫?と思ってしまう案件だからだ。
大学生がお墓の契約なんて、全く無い話ではないだろうが、珍しいだろう。お墓は代々継承される物が多いから管理費だけで済んでいる話が殆どらしい。
しかし、桃次郎の場合はお墓を建てようが一から、寧ろゼロからなのである。
戻って来た管理人の手には、仮契約についての書類を新たに携えられ、ついでに今度は焼き菓子の箱と新しい飲み物大きなジュースと珈琲のペットボトル2本とコップを持ってやって来たので目を疑う。
「飲み物はお好きな方取ってくださいっす! この焼き菓子、ちょっと遠いんすけど隣町の90歳のおばあちゃんがやってる店のやつっす。めっちゃくちゃ旨いんで本当食べてみて是非!!」
「あ、ありがとうございます。い、頂きますね」
また始まったもぐもぐ会議だが、お腹いっぱいなのに頂いた焼き菓子は本当に美味しくて驚く。90歳でか、凄いなと思っていると管理人はニコニコな笑みでこちらを見ていて少し気まずい。
桃次郎は急いで珈琲を口に流し、仮契約についての話合いを再開させたのだった。
帰り際、管理人はバス停までやって来て桃次郎を送る。
「あ、そう言えば俺、
「はい、心強いです。お願いします」
「ではまた!」
桃次郎がバスに乗り込んでも、満面の笑みで手を振り続け見送ってくれる。
年上だろうけど、何だか大型犬みたいな人だなと感想を抱いたりしたが、慌てて首を振る。こんな話を受け入れてくれた上に、頼りにはなりそうだ。これからの協力者となるのだからこちらから失礼を働くわけにいかない。
桃次郎にとって人付き合いは苦手分野である。だが、何とかうまくやっていかねば。
「何かどっと疲れた…………」
帰りのバスの中で一人、窓際に頭を預けて溜息の混じった吐息を一つ。
何故、僕の周りには本当にこんな濃い人物しか居ないのか。珍人博覧会かな?
いやいや、こんな事を思っちゃ駄目だぞと思い直すが半ば諦めとする事で自分を落ち着ける。
人生では諦めも大事と教わるが、桃太郎じいちゃんが桃次郎の前に現れ無理難題を吹っ掛けられている事は覚めようの無い現実であり、そちらを引き受けた以上、簡単には諦められる事でも無いので、己の当分の間の自由とは引き換えるのだ。
ついでに両親の孝行用に貯めていた貯金も無くなる。こっちの事柄には大きく溜息をつくが、うちのご先祖様の為ならばえんやこら。そっちを優先せよと耳が痛くなるほど言われるのだろうな、(視えないんだから言うわけにいかないんだけど……)とぼんやり考える。
バスに揺られる間、愛理さんの事がふと浮かんだ。
こんな疲れた時にでも、彼女の顔を浮かべれば疲れが吹き飛ぶような気さえする。可愛らしい、癒し効果は絶大だ。
これは疑いようのない恋心ではあるのかと思うが、今はそちらに走るわけにいかない。故に会えた時には、当たり前でない一緒に居られる幸せを目一杯記憶しておこう心に決める。
バスの運転手は、目を瞑りながら鼻の下を伸ばしたり百面相する桃次郎を不思議に思いながらも運転を続けるのだった。
◇
こうして、お墓の予定地は無事に決まり、仮契約を済ませる事が出来た。
普通の墓地に仮契約など無いのだろうが、お決まりの『自由っすから』が飛び出し紙面にサインをしたのだった。
仮契約なので、これから大きさとデザインなどを選ばなければならず、そこが決まってから本契約となる。
従って、桃次郎のやる事はまた一つ二つと増えたのだった。
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