第21話 自由でいいっす



「あれ、もしかして、ささがせ様じゃなかったすか?」


 ぬっと顔を近づけて来る。

 いや、距離感っっ!!


「や、あの、笹ヶ瀬です!」


 慌てて取り繕おうとするが、仰け反ってしまう。距離感おかしいだろって。

体大きいんだからちょっと気を付けて欲しい。びっくりするじゃないか。


「よかった! じゃ、先に事務所まで案内するっす、どぞ!」


「はい、お願いします」


 頷き歩き出す彼の後をついて行く。


 あぁ、びびった……。迎えまで来た事にも驚いたが、って言うか僕行く時間言ってないよな……。

この間からちょくちょくこう言う不思議な事がある。希望の日をピッタリと言い当てたり、電話番号なんてホームページ以外にもあちこち載っていそうなものであるが、ホームページからだと分かっていたようだった。

管理人さんであろう彼は、一体何者なんだろうか。全てを偶然と言えなくも無いが、偶然と言うには的確過ぎる気がする。


 それにしても派手だなぁ、こんな赤毛見た事無いな。染めてるにしても鮮やか過ぎないか? 目の色は緑っぽかったしカラコンだろうか? 今時と言えば今時なのか……大方、髪型服装ネイル自由と言う働き方自由会社なのかもしれないな。

 神聖なとまでは言わないが、お墓とは大切な故人が眠る場所であるので果たしてこんな気軽さで良いのだろうか。何か、もう少しこう……雰囲気があっても悪くは無いと思うのだが。

 確かにここの公園みたいな墓地は寺院関係でも無さそうだし、自治体が持っている訳でも無いようだ。

 民営に当たるのだろうが、果たしてちゃんとしてるのだろうか。もしかして凄い危ない人が運営してる所だったらどうしようか。

 あ、作務衣の背中側にも猫が居る。上下合わせてミケや黒、茶とらにきじとらと色々な猫柄だしよく見たら右に白猫、左は黒猫ピアスもしてるじゃないか。一体どんだけ猫好きなんだろ、いや猫は可愛いけども。


――え、あれ。この間来た時にこんな建物があったろうか?


 歩いている内に、先を行く大柄の男の背を穴が開く程凝視していたのだが、そこからはみ出た違和感は一つの形を取って目の前に現れた。

ゆったりしたスロープを進んで行くと、奥に結構大きな建物。先日来た時に、ここを一周は見て回ったはずだが……あれ、おかしいな?

 あの大きさに気が付かないなんて事あり得るだろうか、そんな筈は……無いと思いたい。


 銀色の文字で管理棟と掲げられた一見ログハウスのような結構立派な建物がそこにハッキリと存在している。


 管理棟と言うとキャンプサイトによくある感じだけど、まぁ公園だろうが墓地だろうが施設として『管理』は必須であるし、するわけなので間違いではないのかもしれない。しかし、どうなってるんだ? 一夜城じゃあるまいし、あんな規模の建物が1日そこらで建築出来るとは思えない。

 と、そんな事を思っているとあっという間に否定しようもない建物まで到着してしまった。

 近くで見ると、目立った汚れは特に無く本当に新築のような綺麗さで更に首を捻る事となった。


「さ、どうぞっす」


「あ、どうもすみません」


 木で出来た厚めの扉を開くと、ウェルカムと書かれた玄関マットが迎える。

 内装は普通の事務所と違い、そんなに事務事務してない感じだ。ログハウスの見た目そのままに、上から穏やかな光を灯すライトが下がり、話をするスペースは壁で仕切られていて、個室に近い半個室みたいになっているみたいだ。

 いくつかある内、一番手前の一室へと通された。

 3人掛け出来そうなくらいのソファが2台対面で置いてあり、それぞれクッションが盛られている。その真ん中には一枚板の木製テーブルが備えてあり、部屋の隅には観葉植物の鉢が置かれ整いつつも圧迫感のない空間が出来上がっている。

 

「どーぞ、座ってくださいっす。あ、お飲み物こん中から選んでください」


 内装に気をとられ一瞬目を離した隙に、一体どこから取り出したのか、カフェのメニュー表みたいな四角い物を手渡された。それを開くと、最初のページがアルコールだらけな事にまた驚く。何なら二度見はした。


「お酒でもいっすけど、あんまり強くないならソフトでも何でもあるっすよ」


「これは……」


「ういっす、そこに載ってないのでも割とOKなんで!」


「あ、えーと……オレンジジュースで」


「了解っす、そっち側に座っててくださいっす!」


 立ったままで注文を取られたのは初めてだ……などとくだらない事を思いながら促されるままソファに腰掛けて待つ事数分、「お待たせしましたっす」

木製のおぼんに飲み物と数種類の菓子を盛りっと入れた器を持って再び彼は戻って来た。手際よくドリンクをセットしていく。

 桃次郎は彼の手元を見ながらオレンジジュースが自分の前に置かれたのを確認して、内心、珈琲にでもすれば良かったかな、子供みたいな物選んでしまった。と思っていた。


 いや、って言うか待て待て……何そのお菓子の山は。え、普通にポテトチップスに大袋チョコレートとかドーナツにおせんべいまであるんだけど? 僕今何しに来たんだっけ、友達の家にでも来たのか?

 この状態だとおもてなし以前の問題だ、友達とお菓子パーティでもやるレベルの品揃えと量である。


「ささ、好きなお菓子開けながら飲みながら話しましょっす!」

 

 にっこー! と屈託のない笑み。うっ、眩しい。

 僕の感覚がおかしいのだろうか…………もう何も分からなくなってきた。


 桃次郎が呆ける中で彼は、ポテトチップスのピザチーズ味を当たり前に手に取るとバリっと開いて早速シェアスタイルである。更にチョコレートやドーナツも全て開封してしまった。


わぁ、なんちゅーはやわざ……


 その時点で眩暈が増したが、もう気にするのを止める事としようと決意したのであった。

 そんな事より、こちらは本題を話さない事には進まない。と話す決意も改めて決めて一度目を閉じ、深呼吸して背筋を伸ばす。

 息をそっと吐ききると、桃次郎は口を開く。


「ええと、お墓を契約したいのですが、その、遺骨は無くて……」


「バリ、むしゃ。ほむふむ、もぐもぐ……ひょうなんすふぁ(そうなんすか)」


 彼はポテトチップスを口にしながら同時にチョコレートも口に放り込み、続けてドーナツまで口に押し込んだ。お陰で、一分にも満たない僅かな時間の中であっという間に両方の頬っぺたがパンパンになっている。

 そんな事に気を取られている場合ではない、これで驚いていてはもう一ミリだって話を進められなくなってしまう。それは駄目だ。

 パンパンに膨らませた頬をもむむぐと動かしながらウンウンと首肯するので、一応話を聞く気はあるのだろう。それでいいや、と話を続ける。


「今、僕は大学生で恥ずかしながらまだそんなに貯金も無い状態で、土地だけ先に何とか契約していただけないかと思った次第です!」


 男はこんなに目一杯口にしているのに、一切クズを口から落とさない。リスとかだってキャパ超えたら少しくらい口からポロポロするするであろうに。

 そうして口の周りにすら食べかすをつけず綺麗に飲み込むのであった。


「んぐ、むぐもぐ、ごくん。……ふぅ、と言う事はっすよ! この間来た時に既にここを気に入ってもらえたって事っすかね?」


「え、この間来た時……確かに来ましたが、あの、お会いしましたっけ?」


「いんや、ご挨拶はしなかったっす。誰がここに来るかは把握してるっすよ。なんせ俺は管理人っすから!」


 満面の笑みでニコっと微笑む。

 うぅ、変わった人だな、眩しいからその笑顔止めて……サングラスください。

 その笑みに人知れずダメージを受けながらも桃次郎は会話を続行する。


「はぁ……。あ、いえ、そうです。先日伺った時に何と言うか良い意味で墓地っぽくないし、とても素敵だなって」


「はぁー! そっすかぁ! うん、気に入って頂けて何よりっす。で、契約書類なんですけど」


「え、ちょ、ちょっと待ってください! あれ、僕の話聞いてましたか?」


「んえ? もちのろんっすよ! ささがせさん、まだ大学生でお金あんま無いけどここ気に入ってくれたんで、遺骨無いけどお墓欲しくて先に土地だけ契約したいっつー話っすよね?」


「そ、そうです」


「ん、なんの問題もないっすね。寧ろ、土地だけでも全然構わないっすけど、墓石が良ければ合わせて契約した方がうちの場合は得っす。俺難しい事わかんないんっすけど、兄ちゃんが言ってましたから」


「お兄さん?」


「そっす、俺三人兄弟のいっちゃん下。上に兄ちゃんが二人いるっす。管理人として3人でここまわしてるっすよ。今日のお客様はお前が行けって一兄いちにいから言われたっす」


「いち、にい……そうなんですか」


「えーと、一般的な例とか出すとなんかごちゃごちゃ面倒くせーんすよ。要は、大事な人が眠る場所が欲しいってだけじゃないっすか。こまけーこた気にしないで、好きにしていいっす。うちは。石と土地でどんくらい区画使うかでもまた変わるっすけど、一回支払ってもらったら後は何も無い。なんつったっけな……えーと、えい……えい……永代供養か! 何かそんなのになるっす。

一回っつっても、全額ドン払いだけじゃなくて、どんだけ細かい分割でも受けるっすよ。まとまって支払える時払いでも良いし、コツコツでもどっちでも。

うちの場合は、埋葬の時に墓石構えても良いし、樹木葬でも良い、無縁仏さんもばっちこい。その場合骨は焼いた後砕きますけど、砕いて皆一緒のとこっす。一人じゃねぇ。

宗教宗派も一切不問。あ、流石に土葬はできねーっすけど。土葬風墓地ならOKっす、等身大の人形変わり身入れて埋葬する方もいたっす」


 つらつらと、さも『当たり前』とばかりに並べ立てるのだが、聞いてるこっちは一つも簡単に飲み下せずに咀嚼解釈するのに時間を要してしまう。


 いや、単純にこんな墓地ありえないだろう。管理が兄弟3人なのはまぁ良いとして、どう考えても他に無理がありすぎる。

現代の日本においてこんなフリーダムな運営はあり得ない。納骨云々など、役所とのやり取りだって決められている事があるだろうに『遺骨無し』のお墓なんて(やろうとしてる本人が何言ってんだの境地だが)なんて申請するんだ一体。

やっぱり、怪しい事この上ないよな。

どうするべきか……

思案に沈んでいると、声が掛かった。


「お墓って本当自由でいいんすよ」


「じ、自由……ですか……」


「他んとこはまぁ、結構普通に色々面倒な決まり事も宗教上のしきたりとかあるみたいっすけど、ここは割と自由っす。自由がモットー! 区画も大きさも形も自由。

お墓参りも自由。大事な人に会う場所に、細けぇ決まり事ばっかだったら来るの面倒になっちまうでしょ。年単位とかで何だかんだ金掛かるのも大丈夫な人ばっかじゃないっすからね」


「それは、その方が良い人も居るっていうのは確かかもしれませんけど実際……」


「問題無いっす。役所とはツーカーってやつなんすようちは。

あ、園内の決まり事は多少あるっす。無法地帯にゃできねーっすから。

流石に火の始末とか、ゴミは片してもらいますけど、手持ち系の小さいのだったら打ち上げたりする花火やっても煙草やってもOKっす。色々持ち込んで酒盛りしても良いし、花見してもらっても構いません。お墓の前で一泊したけりゃ寝袋持ち込んでも良い。明るくて綺麗なウォシュレット付きトイレもあるし! 女の子一人でも安心っす!」


 出るわ出るわ、次から次へとあり得ない話、理解に遠く及ばない事が山のように。



 これだけ好条件しか並ばないなんて本当に【あり得ない】旨い話には裏があるとはよく言ったもので、こんなものに食いつく人はきっと馬鹿なのか短慮なのかどちらかだろう。


「あ、何か全然信じて貰えて無いっすね。一兄いちにいか、杏兄きょうにいが居たらなぁ。すんません、今日は俺が任されちまったばっかりに。嘘っぽいっすよねぇ」


 頭をガシガシと掻きながら苦笑いである。


「俺、本当頭よくねーんで良く分かってなくて。や、でも……ささがせさんの直感なら間違ってないって思うっすよ。あ、こんな事言うと更に胡散臭いっすかね?」


 うまくいかねーっす! と頭を搔きながらワハハと笑った。


 正直、一ミリも信用ならないだろうと思う。

 だが、三者満場一致でここが皆気に入ったのだ。

 ここは、僕が覚悟を腹を括ればいい。怪しさしかないこの管理人の男は、何だか悪い奴では無いのかもしれないとふんわり思ってしまった桃次郎の負けである。

 別に誰と勝負していた訳でも無いけど。

 

 これから先、一体何年間、幾ら支払っていけば良いのだろう。

 大学無事に卒業出来るだろうか。バイトの両立も。

 桃太郎じいちゃんに【らしい、立派な新しい『新居お墓】を準備して、旧友と仲直り大作戦を成功させる事が出来るのだろうか。

 


「契約、お願いします」



 桃次郎は、背筋をピンと立たせ管理人の瞳を真っすぐ見据えて覚悟の意思を告げたのだった。

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