第20話 霊体ヒモ爺
頭を抱えていた桃次郎は、3人で行ったばかりの公園風墓地のホームページを見て、一文に目が見開かれた。
「お気軽に……って言ってもこれは……」
広大な敷地を有した立派な公園と言っても過言では無いくらい素敵な墓地のホームページに、『いつでも見学歓迎、お見積り承りますお気軽に』とどこでも使われているような文言があった。注目すべき点はそこよりも、下に書かれた『大切なお墓の自由意思を尊重し歓迎致します。24時間いつでもどうぞ』と書かれていたのだ。
桃次郎は腕を組み天井を見上げる。
墓、墓の自由意思とは何ぞや?
どゆこと?
自由意思も何も……納骨します、お墓立てます、で契約でしょうよ。
好きなデザインでもOKとか、いや、それはまぁ今やどこでも良いかもしれないし。そもそもデザイン的な物は石屋さんと話し合う事であって、管理人が関わる事でも無いだろう。
しかも、墓地で24時間受付ってそんな事あり得るのか。今時24時間やってるなんてコンビニとか牛丼屋くらいしかないだろうに。
あの広い敷地を管理するならスタッフがいくらいてもよさそうだし、芝生は綺麗に刈り揃えられていたし、ベンチやテーブルちょっとした東屋みたいな所もあった。
公園と遜色無いどころではなく、それ以上の施設だと思う。
24時間と言いつつ、かと言って今から連絡するには少し勇気が出ない。
一番困るのはやはりどう伝えるかなのだ。【先祖の墓立て直し】なんて言ってもどう思われるかなんて言わなくとも想像に易い。
絶対頭おかしいと思われるに決まっているじゃないか。
結局その日は悩みに悩んで連絡など出来なかった。考えるだけ頭は混乱していく一
方だったのだ。
それから悶々と悩む事一週間が過ぎ……とは言わないが、正直、大学と掛け持ちアルバイトが忙しすぎて『連絡入れるか入れないか』と言う決断はあっという間に隅っこの方へと追いやられ、ハッと思い出したのが金曜日の夕方であった。しかもアルバイト中に。終わるまではまだもう暫く掛かるし、連絡するにしてもこの間の時間よりも遅くなってしまいそうで少し焦る。
今週日曜日には改めて見学に行かせてもらい、資料などをもらう予定にしていたのに。しまったなぁ、と思いながら店内の壁に掛けられた時計をチラ見しつつ、棚の品を整え、時にレジ打ちにまわる。
必要な事は後回しにせず、きちんと先にこなしておくと言う事が出来る人間だと思っていたのだが、忙しさを理由にすっかり後回しになってしまった。
帰宅して、夕飯と風呂を済ませ自室へと戻る。
桃太郎じいちゃんはと言えば、僕の激務を横目……いや、気にも留めず宙に浮きながらすいよすいよと気持ちよさそうに寝息を立てているので青筋が立ちそうである。まぁ、と言いつつ霊体では何が出来る訳でも無いので仕方が無いのだが。飲み食い出来る事が発覚したので、最早、立派な霊体ヒモ爺である。
夜も遅くなってしまった。さて、スマートフォンの準備も出来た。
いざ向き合うと大分緊張している事に気が付く。それもそうだろう、ホームページには24時間と記載あったが、社会人としては常識外の時間だ。のんびりとは言わないが、この期に及んで食事と風呂を専行させたのは内心でこんな時間に連絡していいか、それに何て言おうかと迷い葛藤していたからだ。
しかし、これ以上は悩んでも同じ。もし、いい顔されなければちゃんと昼間の時間か常識内の時間で連絡を入れ直せばいい。24時間とは言っても、本当は緊急の場合に限るのかもしれないし。いや、お墓に緊急があるかは分からないが。
だめだ、このまま悩んでいると永遠に悩む。見学させてくださいとだけ言えば良いのだ。ええい、ままよ!
決意の操作で一タップ入魂。電話番号を入れ通話ボタンをタップする。
その時間、僅かワンコール分にも満たない程の音でコール音から対応音に変わる。
「ちわっす! どのようなご用件でしょうか」
え、出たんだけど!? 今、ワンコールしたか!??
って言うかち、ちわっす……っ!? な、なんだ? 若いアルバイト? いやでもこんな時間だし……
今、掛かって来るのが分かっていたかのような素早い対応、それにあまりにも気軽な挨拶が飛んできたものだから、桃次郎の方が少し尻込みしてしまう。
「あれ、切れちゃったんかな? もしもーし」
あ、なんか言わないと怪しまれる。と大急ぎで会話に意識を戻す。
「あ、えっと夜分遅くに突然すみません。そちらの見学と契約まで出来るか分からないんですけど、見積りだけでも取って頂けたらと思いまして」
あ、しまった。契約だなんて余計な事まで喋ってしまった。見学だけで良かったのに取り敢えずは。
が、相手はあまりにもあっけらかんとした様子で返答を返す。
「いーえ、全然大丈夫っすよ!! はい、じゃあお名前伺います」
「笹ヶ瀬 桃次郎です」
「ささがせ様ですね、了解です。近い方が良ければ今週日曜日なんてどうです? お忙しいっすか?」
「え、あ、今週の日曜日なら全然大丈夫です! あの、でも良いんですか? こんな急にで……」
「ええ、大丈夫っすよ。電話も24時間OKですしね。ホームページからのお電話ですよね?」
「はい」
「では、お時間はいつでも良いので都合良い時間に来てくださいっす」
「わかりました、よろしくお願いいたします」
「はーい、ではお待ちしてますっす」
「では、失礼します」
通話が切れた。
桃次郎の頭は混乱している。
情報過多過ぎて脳の処理が追い付かないのだ。
若い子だったのだろうか。凄いすっすすっす言ってたな。いや、僕もどっかで無意識に言ってるかもしれないしな。
……彼、僕から電話来る事何か分かってる風じゃなかった?
ワンコールも……掛かってないよな……今流行りの秒で来たとかって言うやつ? 秒で出た、的な?
いやいや、面白くないし。そんなふざけているようには感じられなかった。言葉遣いは脇に置いておくとして、案内の対応がかなりスムーズであり、慣れているように思う。結構、僕以外にもこんな時間に掛ける輩が居るのだろうか。
それにしても、僕の希望の日までズビっと来たな。まぁ、こんな時間に掛けて来たからには週末までに用事と思われたか、日曜日ならば大抵の人の休日としてある訳で……。この電話はホームページから見て掛けたのが分かったのは、きっと、掲載媒体から何か集計する目的もあるのだろうと推察出来る。
「ま、も一回見学はこれで決まったのだし行く時までに何て言おうか考えておこ」
緊張の第一歩目は無事?に出せた訳で、ひと安心である。が、次の課題はいよいよ管理者への説明である。
向こうから何と聞かれるだろうか、どう答えれば不自然にならないか。
いや、どう転んでも不自然にはなってしまう。僕には見えるこの人物が多くの人には見えないのだ。その人の為にお墓を用意します、資金は直ぐに用意出来ませんが、土地だけ先に用意してもらえませんか……なんて冷やかし200%と思われても仕方が無い事だ。
それから週末までは瞬きの間に過ぎていざ、当日になってしまった。
今日は桃太郎じいちゃんは留守番してると同行を断られ、愛理さんは別の用事があ
り本日は桃次郎一人でバスに乗り、えっちらおっちら再びお墓予定地へとやって来た。ついこの間3人であんなにワイワイ素敵な時間を過ごしたと言うのに今は自分だけとは何とも寂しいし、心許ない。
桃次郎は今まで関わって来た周囲の人間の濃度が高すぎたので、対人関係があまり得意ではない。故に、これまであまり人に依存するようなタイプではなかった筈だが、忙しいながらも好みドストライクの女の子と一緒に居られて、合わせて何だかんだ桃太郎じいちゃんとのやり取りが楽しかったせいもあるのだろう。ひとりが寂しいと言う感情に桃次郎自身が少し驚いているくらいだ。
そも、今日はどんな話になるか分からない以上、愛理さんはこの場に居なくて良かったのかもしれないとも思う。
バスを降りると向こう側から人が走って来た。
「ささがせ様っすね、ようこそ~!」
で、でっかあっ!!
ダッシュで迫って来て、凄い風圧でもって目の前に現れた男はかなり大柄で思わず斜め掛けのバックのベルトを両手でグッと握って後退ってしまった。
頭一つどころじゃないぞ、何センチあるんだ一体!? って言うか髪真っ赤だな!
目が緑色してる!? カラコン?! 派手!! 猫柄作務衣は可愛いが!
ただ一人の人間が目の前に現れただけであるのに、桃次郎の脳がツッコミきれない程の情報量で押し寄せて来たのであった。
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