第18話 妄想

 残念ながら、桃次郎自身は免許を持っていない為、今日ほど『免許とっとけばな

ぁ』と悔しく思った事は無い。


 スポーティでカッコいい車のハンドルを握り、颯爽と愛理の自宅前につける。

 到着すると、既に愛理は玄関の外で待機していて淡いブルーのワンピースを揺らし、僕を見つけて顔を綻ばせる――。


『やぁ、愛理。待った?』

『いいえ、ちっとも待ってなんかいないわ』

『さぁ、デートに出掛けようか。今夜は海を見ながらディナーでも……』

『ももくんたら、す・て・き♡』


「いやぁ、愛理の方が……」


 瞑目し、脳内で愛理との海沿いドライブデートを楽しむシュミレーションをするが、


「私がなぁに?」


「――――ひゅッ!!!」


 トントンと肩を叩きながら愛理が話しかけて来る。

 一瞬にして現実に引き戻され、しかも口に出していた恐れがある事に気づき息を呑む。慌てふためきながら、


「あ、ははっ! い、いえ、何でも……ないです!」

 

 と言う明らかに怪しい弁明だけで精一杯になる。


「ふーん、変な桃くん」


 小首を傾げながらまん丸の可愛らしい瞳でじっと見つめて来るので、すすーっと瞳を逸らしながらたらりと嫌な汗が桃次郎の額を伝う。


しかし、まだ免許を持ってないお陰でこそ長距離の移動で愛理と密着出来て『ラッ

キー』と思ったのも確かであるので、そこだけは救いだったと言えようか。





「ふー結構距離あったなぁ、やっと着いた」

 

 後ろめたい不整脈は治らないまま目的地へと到着し、バスから降りた途端に桃次郎は体を伸ばし骨を鳴らす。


「エコノミー症候群になっちゃいそうだよ」


 ずっと揺られながら座っていたので(愛理の肩が付く程の近距離に居た事で緊張し

て体が必要以上に強張っていたのも大いに含まれるが)腰やら膝やらが固まってしまったので血を巡らせるよう大きく伸びの姿勢。


「狭くて……えっと、ごめんね?」


 愛理が申し訳なさそうに謝るので、桃次郎は身振り大きく慌てて訂正。


「へ?! ちが、全然狭くなかったですよ! 寧ろ幸せ……」


「わー桃次郎のえっちー」


 すかさず桃太郎が茶々を入れるので、桃次郎はキッと桃太郎を睨みつけ、


「う、うるさいッ!!」


 と噛みつくが、桃太郎はけらけら笑いながら揶揄うようにくるくると宙を舞い


「おひょひょひょ~若いのぉ若いのぉ」


 と悪戯に笑みを浮かべる。

 桃太郎は一頻り桃次郎を揶揄って楽しんだ後、自身も体を伸ばすような仕草の後、続いて欠伸をした。


「そう言えば、どれくらいかかったのかな?」


 ふいに、桃次郎が漏らすとそれに反応し、

 

「ふむ、そうじゃの。1時間と30分くらいかのう?」


 もう1度ふわぁと大きな欠伸をしながら答える桃太郎じいちゃん。乗車から車内を浮かんで移動して来たので疲労する事は無かったことだろう。(そもそも、肉体は無い……?のだがら、疲労するのかは謎だが)


「うわー! すっごいよ、桃くん!! おじーちゃん!!」


 桃次郎と桃太郎がバス停からえっちら歩いて丘の真下まで来た所で、丘の上から疲労した2人と違う元気な声が届く。

見上げると、愛理がこれでもかと言う程目をキラキラさせながら2人に大きく手を振っている。

 彼女は、バスを降りると同時に一足飛びに丘の天辺まで駆けあがって行って一足早くとっておきの景色を堪能しているようだ。


「すっごい眺めだよー! 早く早くー!!」


 丘の向こうに広がる景色を余程見せたいのか、愛理はちんたらしている2人を急かす。


「はーい、今行きまーす!」


「愛理ちゅわーん、今ゆくぞーい!」


 多少の疲れはあるものの、小走りになって愛理の元へと急ぐ。

道幅は大型の車でも余裕ですれ違う事が出来るくらいに広く設けられ、傾斜もとても緩やかで車椅子でも苦無く登りきる事が出来るだろう。

急いで行ってもそこまで息が切れる事はない。


「とーちゃくっ……――!」


 桃次郎は、一息ついて顔を上げると、その眼前に広がる景色に息を呑んだ。 

 何処までも続く青い海は、緩やかに波を作りながら揺れて、水面は陽の光をいっぱいに受け光の粒子が波間に煌めく。頭上に浮かぶ雲はその形を自在に変化させながら風に乗り流れゆく。


「ほっほぉ~……こりゃあ、たまげたにょぉ」


 墓地であると言う事をうっかり忘れてしまいそうになる程、広大な丘でその下を大海原が水平線まで何処までも続く非常に美しい景色が眼下に広がる。


「どっかのリゾートみたい……だね」


「うん、桃君ここすっごいねぇ!!」


 2人それぞれが『ほぅ』っとため息を漏らしながら暫く景色を堪能する。


「ここ……」


 ふと、桃太郎が口を開いた。


「ここ?」


 その一言を拾い上げ、オウム返しに桃次郎が聞き返す。


「ワシ、ココがええのう!」


 周囲を見回して、すっくと立ち上がる桃太郎は海原にも負けないキラキラとした光を瞳に宿し桃次郎を見やる。


「へ? あ、そう? う、うん。良いと思うよ」


「私も、ここ素敵だと思うな!」


「ふほほ、流石愛理ちゅわんが見っけてきてくれただけの場所じゃ! 

すんばらしいのう!」


 なかなかの即決ぶりにほんの少し戸惑う桃次郎だが、本人の希望が合うならそれで良しなのである。

 余程場所が気に入ったと見え、愛理と一緒に小躍りする桃太郎は子供のように楽しそうだ。


「取り敢えず、墓地内を1周まわってみようよ」


「おう、いいじょ」


「そうね、区画を買うにしても建てる所によって景色も違うかも」


 話しながら、時計回りに墓地を巡ってみる。


「あ、ちらほら売約済みの立て札してあるな」


「本当だー、素敵な場所だもんねー」


 見れば、まだ墓石はないが売約済みと書かれた札がちらほらと立っているのが見え

る。どこを見ても、ここが墓地だと言う事を失念する程良い景観である。

 海辺のリゾートと言われればそうと思える。売り出し前にも関わらず人気のある事が伺えた。


 一通り景観を確かめつつ、墓地を1周し終えた所でケータイを開き時刻を見ると12時を越えた所だった。


「あ、お昼過ぎたけどどうしよっか。近くで食べるとこ探す?」


「ワシ、お腹空いたー」 


「え、おじいちゃんもお腹空くの?!」


「え、食べれるの!?」


「ワシったら、基本霊体じゃから食べなくても全然へっちゃらなんじゃが、一緒にいると【食べたい】と思ってしまう事もあるんじゃよ~。そいで、ちゃんと食せるぞい! 便利じゃろ?」


「意外とグルメだったりして」


「意外とはなんじゃい、意外とは! 失礼な奴じゃ!! 美食の桃太郎とはワシの事よ!」


 桃太郎じいちゃんが食べる事が出来るなんて知らなかったが、それ以前は供えて気持ちと共に送る物として認識していた。

 実際に現物を食べる事も出来ると知って、なんとも便利すぎやしないか……もしや、食に執着し過ぎてそうなったとかだったり? などと考えたのだが、そんな事は幾ら考えても終着点が無いので早々に『そう言う物』だとする事にした。

 現代の物でお腹壊したらどうしようとも思ったが、そもそも肉体があるわけでもないようなのでそれも要らぬ心配だったようである。まぁ、食べた物がさてどこへいくかなど考えるだけ無駄なので横へ置いておこう。


「そっかぁ、私の知り合いには実際食べられる人って居なかったんだ。だから、お口に合うかわからないけど……」


 そう言って屈むと、持っていたピクニックバスケットの蓋を開き中からシートを出して広げ、更にランチボックスを取り出しそこへ並べていく。

 唖然とする桃次郎と桃太郎をよそに、愛理は次々蓋を開けテキパキとセッティングする。


「さぁ、どうぞ?」


 見るからに華やかで、彩とりどりなお弁当が目の前にずらりと並んだ。

 おにぎりだけでなく、豪華に何種類も用意されたおかずと、飾り切りされたタコさんウィンナーにサンドイッチや季節のフルーツまで。

 幼い子供でなくとも飛び上がって喜ぶだろう。


「うっわぁー!!! すご……っ! これ、もしかして愛理さんが1人で……?!」


「愛理ちゅわんったらすんごいのぅ~! ワシ惚れちゃうっ」


「えへへ、そうだよ。ちっちゃい頃から料理は好きでね母に教えてもらってよく作ってたの。はい、桃君!」


 大興奮している所に、愛理がたこさんウィンナーを一つ掴み桃次郎の口へあーんをさせるように放り込む。


「はむ、むぐっ!?」


 美味しさと、嬉しいハプニングが同時にやってきて租借しながら動揺する桃次郎。

(あーんとか!? え、あーんとか……っやばい! うわぁ幸せ……)

 大事に噛みしめながら口を動かしていると、それを見ていた桃太郎じいちゃんが、ハガーンと口を開き愛理さんに迫る。


「愛理ちゅわーん! ワシにもワシにも――っ!!」


「はいはい、おじいちゃんあーん♡」


「あ――――んむぅ♡」


 愛理は、タコさんウィンナーをもう1つ掴んで迫り来た桃太郎の口へ運ぶ。


「慌てなくても沢山作って来たから、ゆっくり食べよ?」


 愛理は優しく微笑みながら、「はい、皆でいただきまーす」と合掌し挨拶をする。それにならい、桃太郎と桃次郎も合掌し『いっただきまーす!!』と元気よく続く。


 慌てなくても、と言ったそばから2人がむしゃむしゃガツガツ夢中で食べているのを見て、愛理は少々不安の入り混じる表情を浮かべる。


「ど、どう? 美味しいかな……?」


 夢中で食べる中、おずおず訊ねて来た。2人は頬っぺたいっぱいに詰め込んだまま勢いよく愛理を見て、


「すっごーく美味しいっっ!!」

「めっちゃうんまぁ~いっ!!」


 と発声を合わせたので、愛理はほっと安堵の表情を浮かべひと安心したようであった。そんな愛理さんを見て、これを愛理さんが朝から作って皆の為に準備してくれていたのだ。人に出す物って緊張もするだろうに、材料買ってメニューも決めてなんて改めて考えるとかなり大変だよな、と思う。


 実際、こうして桃太郎じいちゃんの家探しに付き合ってくれているだけで本当に助かっているし、嬉しいのだが、本当にこんな事されたら更に好きになってしまう。

 愛理さんが作ったのなら例えダークマターだろうが何だろうが美味しく完食出来る自信がある。しかし、本当に美味しい物だらけでそんな物は一切無いので、もしもの話だ。


 ……これが、こう、お付き合いして、一緒に暮らし始めちゃったりして……


『おかえり桃くん』

『ただいま愛理』

『ご飯出来てるよ』

『良い匂いが外までしてたよ、いつもありがとう』

『じゃあ、先にご飯食べてその後、一緒にお風呂に入ろうね』


「えっ一緒にお風呂ぉ!? う、うん……そうだね勿論そうし……よ」



「まーたなんかえっちな事考えとるぞい。鼻の下伸ばしすぎきも~い」

「桃……君? えっと、だいじょぶ?」



 いつの間にか妄想世界の深層ダイブしていたようである。

 二人からの熱視線ならぬ、桃太郎じいちゃんからは冷え切った視線と愛理さんからは不思議そうなちょっと引いた視線とを受け取る事となり、ゲフンゲフンとそっぽを向いて盛大に咳き込む事となった。

 うぅ……何というデジャヴ……

 何とも格好つかないなと肩を竦めながらも美味しいお弁当の続きに箸と口を動かすのだった。


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