第17話 次へ

 

 桃次郎が新たなる道へ進んだ一方、桃太郎じいちゃんはと言うと、桃次郎にひっつ

かなくなったと思えばアチコチ観光気分で巡っていたらしいと言う事が判明した。(浮遊できるし食事も必要としない為、移動はどんなに遠くても飛んでいけばいいので電車賃やら食費やらがからないと言うのは非常に羨ましいが)

 桃太郎じいちゃんには、今夜新たなるバイト決定について、とそれに伴い家探しがちょっとだけ遅くなると言う報告を兼ねたかったのだが……

出掛けてしまったようで叶わなかった。


 結局桃太郎じいちゃんは丸3日間程家を空けた後、帰って来たと思ったら何とも不思議そうな顔をして尋ねて来るのだ。


「ただいま帰ったぞい。なぁ、ワシらがむかーし生きとった頃に住んどったような家が【はくぶちゅかん】とやらにあったぞい……中はもぬけの殻でだあれもおらなんだが……珍妙な事をするのぅ、なんでじゃ?」


「やっと帰って来たのか、てっきり成仏したのかと思ったわ。

ま、お帰りー。

そりゃあ、過去の人達が遺した貴重な遺産だからねぇ。当時を知りえない現代人にとっては大事な訳で」


「はー。そう言うもんなのか」


「そう言うもんだよ。あ、そう言えば僕スマイルマートでバイト決まったよ。桃太郎じいちゃん家の事、ちゃんとするけど日曜日と祝日だけになるからさ、ちょっと時間が掛かるよ」


 やっと新しくなった今後の予定を報告すると、ムーっと唇を突き出し怪訝そうな顔をするが、「ええよ、ワシャ暇だしの。気長に待つわい」やれやれ、といった口調で返答する。



 それから、桃次郎の多忙を極める日々が始まった。

2か所のアルバイトで、特にコンビニについては0からのスタートな為、覚える事が沢山あり目を回しそうになりながらも何とかこなしていくのがやっとだった。


「桃、こっちの並びはこうでなく、こう!」


 先輩のイチジクさん(勿論愛称である)は昼の主みたいな感じ。

教え方も結構手厳しい方で、教えた事を桃次郎が出来ないと


「んもーう! 違うってば、そーじゃない! あーもう!!」


と地団太踏んでいたりする事もしょっちゅうだ。


 一方、夕方から任されている熊さん(勿論愛称である)は体が大きくずんぐりとした体形で本当に熊のようだ。

 口数は少なめでイチジクさんのように弾丸トークはしない。

 しかし、教え方は懇切丁寧で時間をかけて理解するまで付き合ってくれる。


 そして、バイト以外にも大きな変化が桃次郎には訪れていた。


「ごめんね、待ったかな?」


 とある日曜日、小町公園で待ち合わせをしていたのは愛理さん。栗色の髪をポニーテールに纏め今日も小走りでやって来る。


「あ、いや全然」


 桃次郎はブンブンと両手と首を振る。すかさず横から、


「今日は本当に待っとらんぞい~」


 と桃太郎じいちゃんが口を挟む。

 実は、事情を知る愛理さんが「是非、私にも手伝わせて欲しい!」と願い出てくれたのだ。桃太郎じいちゃんはぶーたれるかと思いきや、デレっと鼻の下を伸ばして、


「愛理ちゃんならだ~い歓迎じゃよぉう♡」


 と体をくねらせながら言いやがったのである。


(こんの色ボケじじいがっ! って言うかケンさんにもうつつぬかしておいて更には僕らが居るって事はちゃんと奥さんが居たんだろうがまったく!)

 桃次郎が内心毒づいたのは内緒。


「えへへ、じゃあ良かった! 今日はどんな所を見て回る?」


 正直、可愛い。いや、と言うかほんとにタイプ……すごく可愛い。

 髭おやじにこんなとこ見られたら……僕どうなるんだろう。と言う一抹の不安は会うたびに増すものの、愛理さんと一緒に行動を重ねる度にその話し方、向けてくれる笑顔、ふとした時にする物憂げな表情も丸ごと『やっぱ可愛い、凄く好き!』で覆われてしまうのだった。

 たまにシフトが重なる時は、困っている所はすかさず(とても優しく!)教え導いてくれるし、トラブルが起こった時には迅速に対応をしてくれる。

 傍で見ながらもその仕事ぶりに感服するばかりだった。

 喧嘩とかはまだした事ないし、誰かに怒っているなんて所も見たこと無い。

 けど、怒った顔も絶対に可愛いんだろうなぁと考えていると桃太郎に負けず劣らず桃次郎の鼻の下が伸びきっていたりするのだが、それを注意する物好きも居ないので通りすがりの人が桃次郎の顔を見てビクっとしてから足早に去って行くと言う光景が度々みられるようになったとかならないとか。



 日曜日や祝日は、こうして3人で出かける事が常となっていて桃太郎じいちゃんは多くの一般人には見えていないのでちょっとした『彼氏彼女』のような体験が出来て桃次郎はとっても幸せなのである。

 桃太郎じいちゃんはと言うと、他人から見えていないのを良い事に、僕よりずっと感情を素直にぶつけているので呆れて物が言えない。


「愛理ちゃん、今日もかわええのぅ! わしのマドンナじゃ、とってもきゅーと!」


「あーぁ、ケンさんにいつか会えたら言っちゃおーっと。桃太郎じいちゃんは若い子に鼻の下伸ばしきってデレデレしてましたーって。奥さんにもね!」


 そう言って揶揄うと、大慌てで、


「ち、違うんじゃ! いや、違わないが違うんじゃ! 皆、違う美しさなのじゃよぅぅう!! わかるか!? 桃次郎よ! ほれ、有名なあれじゃミンナチガッテミーンナイイじゃろ??」


 などと慌てふためき捲し立てて来るのである。

そんな様子を見て愛理さんは可愛らしくケラケラと笑って、


「2人ともほんとーに仲良しだねぇ」


『ど・こ・が!』


桃次郎と桃太郎の声が合わさり反応すると、


「ほらぁ! アハハハハっ! あー可笑しい!」


 涙目になりながら、桃コンビの掛け合いに楽しそうに反応してくれるのだった。

 一通りコントを披露した後はいざ、本日の目的地へと出発する。

 バスの中では、桃太郎は好きに浮遊しており実質的に桃次郎と愛理が肩を並べ密着して座る為に桃次郎の心臓はどっきんどっきんと毎度早鐘を鳴らすのであった。


(あぁ、愛理さん……今日もいいか・ほ・り……)


 桃次郎の脳内では、小さな自分が愛理の周囲を飛び回り、香るいい匂いを鼻の穴をいっぱいに広げクンカクンカし堪能している自分の姿を妄想する。

幸せを満喫しつつも勿論、顔には出さないように細心の注意も払う。

 ふと、ちくちくとした視線に気が付き、ハッと顔を上げると視線の主である桃太郎とバッチリ目が合ってしまう。


「…………」


「…………」


 2人の間に、微妙に痛い沈黙が落ちる。

 実は、桃太郎は桃太郎で桃次郎の不埒心を最初から見抜いており、穴が開くほどの眼力でもってずーっとジト目を送っていたのであるが、脳内お花畑全開中であった桃次郎がそれに気が付くはずも無く……。


「あ、アー……外は、ウン、とっても良い景色ダナー」


 ふいっと慌てて顔を背け、棒読みで『如何にも』と言う風に車窓を眺めにかかるが時すでに遅し。

 丁度短いトンネルをくぐる所であり、そこに良い景色もへったくれもある訳が無く……トンネル内のぼんやりとした照明のお陰で車内は明るくなり、結果的に車窓に映し出された自分の顔にうっとりする痛い奴になって、ゲフンゲフンとわざとらしく咽こんでみるしかない。

 そんな桃次郎に桃太郎と愛理は顔を見合わせ笑っており、実に実に居たたまれない。


(く、くそぅ……ッ!)


 桃次郎が悔しい呟きを胸内に置き、醜態を晒しながらも途中でバスを1つ乗り継ぎ

3人が到着したのは南区にある海が見える丘に出来たばかりと言う噂の墓地である。

 ここについては、愛理が持ってきてくれた前情報で『良い所に新しい墓地が出来たらしいから今度行ってみない?』との事だったのだ。

 愛理が積極的に調べてくれたお陰で、本日のちょっと遠出ドライブ(バスだけど)デートと相成ったわけである。




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