第12話 待ちぼうけ

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 桃次郎は中学、高校では付き合った子が居なかった訳では無いが長くは続かなかったし、桃次郎自身が相手を好きとかイマイチよくわかっていなかったのである。

告白してきたのは何れも女の子からで、桃次郎を振ったのも全て女の子側からであった。決まって最後はこう言われた。


「私はこんなに桃君の事好きなのに! 私の事ちっとも気にしてくれない。

もう、サヨナラっ!」


 高2の秋、当時付き合っていたの女の子に呼び出され振られてから教室へ戻って自席でぼんやり校庭を眺めながら頬杖をついていた所、仲の良かった男子数人が集まって来て、


『お前は付き合い方が淡泊なんだよ。女子はな、ちょっとくらい強引にキスされるくらいが好きなんだよ!』そう言って、その内に居た1人がもう1人を胸を張りながらグイグイと壁際に追い詰め、ドンと手をつく。イケメン風に眉毛をキリリと締め、


「A子、好きだ! ……いいだろ?」


と甘く囁く。勿論おフザケ感は満載だ。

すると、迫られたもう1人が両手で拳を作り顎の下で揃え、潤んだ瞳で


「きゃ♡ 桃くぅん♡」


と悪乗りに応じる。思春期男子のこう言うノリはまぁまぁ嫌いじゃない。

桃次郎が苦笑すると、すかさず冷ややかな目で見ていた女子数人から、


「ばぁーか! ただしイケメンに限るんだよっ! あんたみたいな芋なんかじゃあねぇ、むっりぃー!」


「お呼びでないわー」


「そうよー、頭なでなでとかも芋や南瓜じゃねぇ。きゃー鳥肌!」


「「ねー!!」」


と野次を飛ばした後に見事にハモる。うむ、流石女子。団結力怖い。

それに対抗して、


「うっせーブス共! お前らブスなんかにやらねえからいーんでっすぅう!」


と幼稚に反応を返すものだから、「何ですってぇ!?」とお互い一触即発になった所で堪えきれなくなった桃次郎が盛大に吹き出す。


「あははは! やめろって! 腹痛いわ、捩れる!」


 ひいひいと腹を抱え涙目になりながら暫く笑いが止まらない。

「なんだよお前までー」と同級生が肩を竦めたりして。


*****


 こんな経緯から、高校を最後に女性とのお付き合いは現在に至るまで無かった訳だ。友達として接する事は多かったが異性としては全く意識してこなかった為にドキがムネムネすると言う事なども無かったのである。

 しかしさっきの人は可愛かった。普段店員さんの事はよく見る訳でもないから気が付かなかったが、あんな可愛い人が居たのだろうか。

それは勿体無い事をしていたな、と思うが、仮にずっと居たのだとして自分から話しかけるなんて事は絶対にしなかっただろうから同じ事かぁとも思う。


「でも、これが……恋?」


 瞳をほぅっとさせながら、桃次郎は憂い気にそう漏らしていた。

そもそも髭おやじの娘さんにしてはめちゃくちゃ可愛かったな……本当に親子かよ、と失礼な事も考えていると


「じーろーうー……鼻の下伸ばしおってからに……きっしょーい」


 桃太郎じいちゃんの冷ややかかつ、恨みがましそうな声にハッと我に返り、慌てて手に持った桃水のキャップを開けてゴクゴク! と喉へ流し込む。


「げっほ、ごほ」


 慌てて流し込んだものだから、気管支に入ってしまい咽る。そんな桃次郎を見やり桃太郎が半ば呆れたように「ふん」と言って鼻を鳴らす。


「ゲホっ!……と、とりあえず、もう1ヵ所だけ見て今日は勘弁ね!」


「ちぇー……しかたの無い奴じゃ。ふーん勝手にしろー」


「ごめんて、だって女の子から誘われるなんて滅多ない事だし? ちょっとなんか、可愛いって言うかタイプだったし、ドキがムネムネしちゃったし……」


「ドキがムネ……? 何じゃて? 変な単語を使うでない、何じゃか背中がムズムズするわ馬鹿者!」


(いや、どの口が言うの)とも思うがここで言い返してはきりがなくなる。

「わかったよ、それよりさっさと次!」


 そう言い放って勝手にズンズンと歩き始める。顔が赤面していたのでパタパタと手で顔を扇ぎながら。


「こりゃ、待たんかい! ワシを置いてくでない!」


と慌てて桃太郎じいちゃんが追いかけて来る。

どうせ浮遊してくるんだからすぐ追い付くだろうに。


************


 次の墓地までは少し距離があり、バスに乗って向かう。

バス停からも15分程歩いたくらいで到着した。

小川の側に面した中規模程度の墓地であったが、桃次郎ときたらアレコレ説明しつつもソワソワとしていて気も漫ろ。にやけた顔でお話にならないので


「もー今日はええわい!」


と見学途中で桃太郎がプリプリ怒り出した為、見学ツアーは終了した。

戻る途中に見つけた蕎麦屋で昼食を食べ、帰りのバスでは桃太郎が居眠りしながら揺れていた。


「あの人、僕に何の用事なんだろ……」


 窓にもたれながら通り過ぎる景色をぼんやりと視線で追いつつ、そう考える。

 1度、自宅に戻ろうとも思ったが何とも落ち着かないので約束の小町公園でブランコに腰かけ揺れながらその時を待った。




「お兄ちゃんどいてよー」


 数名の子供達がブランコ待ちをしている事にすら気が付かず、ぼんやりとしていたようだ。

「ごめん、ごめん」と言いながらブランコを譲るとその子らはジャンケンをして順番こに遊び始めた。きゃっきゃと遊ぶ子供達を眺めながら、花壇の縁に腰を掛ける。


………………

…………

………



――待つ事、3時間。時刻は17時。ボールで遊んでいた最後の親子が公園を後にするのを見送りため息を漏らす。


「あのねーちゃんこないのう~~、うひひ」


 面白がって揶揄うように浮遊しながら宙返りをする桃太郎に若干の苛立ちを覚えつつ、反論する気にはなれなかった。

 スマイルマートの店長、髭おやじに娘さんが居ると言う事は知っていたが、会うのも話すのも初めてなのだ。それが、初対面で会ってすぐから『夕方仕事上りに会う約束』を勝手に取りつけられた挙句、待てど暮らせど彼女は来ないと言う待ちぼうけを食っている今に至るのである。


「揶揄われたのか……? でもなぁ、何か引っかかるんだよなぁ。髭おやじはどうした、とか……」


 それから更に1時間が経過した18時、「待たせてほんっとにごめんねぇ!」と手を振りながら走って来る女性が視界に入って来た。服装はラフな私服に変わっていたが、顔は覚えていた為直ぐにその人だと判断がついた。


「あ、いえ全然待ってないですよ! それより、お疲れ様です」


「……えー。嘘だぁ。4時間も待っててくれたんでしょ? 随分待たせちゃったね。新人ちゃんの事でちょっと色々あって遅くなっちゃった」


「え……?」


 今しがた到着したばかりの彼女が自分の行動を透かして見えていたような返答だ。

桃次郎の頭に沢山の?が浮かんでくるくると回る。


「ごめんね、お爺ちゃんかな? 桃君との用事切り上げさせちゃったんだね」


ここには自分しか居ないのに、彼女の視線は僅かに桃次郎から外れて少し上を見ながら話している。この行動が示す事、まさか……


「え、……えぇ!?」


動揺を隠せない桃次郎に、ニコっと微笑んでから、


「あ、あたし【視える人】だよ。ついさっき、公園の入り口で顔見知りの人達が通りかかって『14時頃からずっと待ってた』って聞いたんだー。……そう言う桃君も【視える人】なんだね」


「えっと、あの、その……」


 動揺を隠せない中で何とか返答をしようとしたその時、


「そうじゃよー!! ワシが現れたもんでこやつも【視える人】になっちゃったんじゃ♪ ワシってば、かの有名な桃太郎なのよん」


 何と返事をしようか迷っている桃次郎の眼前にぐいっと割って入る桃太郎じいちゃんのケツ。邪魔だ。


「え、あ、ちょ……」


 いきなり来たじじいのケツを押し退けようとするが、間髪入れず彼女は、


「ええーー!? ご、ご先祖様?! しかも、桃太郎さんなの!? すっごーい! 英雄様だ! ちっちゃい頃からいろーんなお話しで聞いてたし、アニメなんかではずーっとやってるの! だからねっいつか会いたいなぁーなんて思ってたんですよ。 本当に会えちゃった! すごーい!!」


と桃次郎そっちのけで喜色満面に一見何もない空間と話をしている。

 いや、桃次郎にはちゃんと視えている訳だが。今、公園には桃次郎らの他には誰も残っていない事に安堵した。

 普通、こう言うのって「おかしい人」に見られるから隠しておきたい物じゃないのかな。と楽し気に会話する2人を見やりため息交じりに思ったりもして。




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