第11話 かくして……

 玄関を背に「で、何をどうしたい?」と浮遊しながら傍に居る桃太郎じいちゃんに尋ねるが、しわくちゃな唇で可愛くもないアヒル口を造形するとそこへ人差し指を宛がい女子高生のようにキャピリ☆と返答を返してきた。


「えーわからーん。兎に角ぅ、新居じゃよしーんーきょー! ワシの新居が欲しいんじゃよぉ!」


『んもう☆』と言わんばかりの態度に一瞬、青筋は立ったものの、


(きっしょいわぁ……)


と心の内で突っ込みを入れながらも優しさと言うパーフェクトフィルターで何とか自身の内に眠る暗黒龍を鎮める事に成功した。うん、最近の人はカッとなりやすいからね。いかん、いかん。カルシウムは十分に摂取出来ている筈なのでこんな事で苛々などしない……しないぞ。


 まぁしかし、何ともアバウト過ぎてもはやヒントにすらなっていない。

 そもそも、希望はあるだろうが取り敢えず、腐っても昔々の英雄様なんだし家なんつってもしょぼいモノでは名恥と言う事にならないのだろうか、そう考えるとやはり、それなりの物が必要となるだろう。

 お供……もとい、大事なお友達もご招待するならばやっすくてちゃっちい物なんて以ての外。 

 第一に、そんな事したら皆と再会した暁には『ワシの子孫はほんとーにけちんぼーで薄情なんじゃよー』とか言い出しかねない。

 そんな事も頭の片隅にかすめながら、一応自分の言い分も伝えてみる。


「う―ん……とりあえず、墓巡りかぁ? 今は色んな墓事情があってさぁ

故人が好きだった物の形なんかにも出来るんだよ」


「ほおう? そんなもんなのかのう。わしらの時代なんてみぃんな和型墓石じゃったよ。そんなもん選ぶもんでもなかったわにゃ」


「あー、和型墓石って今でも一般的だと思うけど。縦長方形のよく見る奴だよね。でも、せっかくだから気に入る形の方がいいんじゃない?」


「ふむふむ」


 身振り手振りでこんなので、とか説明がてら話しながら桃次郎が休みの日だけと言う条件下の元、土日のみを使って墓地や石屋を巡るなどをしていく予定で決定したのである。

 本日向かうは、近場にある小規模な墓地。まずは、堂に入った物を見てもらおうと言う所だ。自宅から徒歩5分程度の一角にそれはある。


「お兄ちゃん待ってー」


「早くしないと置いてくぞー!」


「こら、あんまり走ると転ぶぞー」


 歩いていると、幼い兄妹が横を通り抜けて行く。その少し後ろから後を行く両親。

 道行く人を良く見ると、今日は小さい子を連れた家族がチラホラと外出しているようだ。休日だから当たり前かとも思うが、毎日通学で通っているような普段の道がほんの少しだけ違って見えたりするから不思議である。そもそも、桃次郎なんてもっぱら休日はお籠りさんで出不精であるからこう言うちょっとした変化が新鮮であったりもするのだ。


「よし、到着。さぁじいちゃん、取り敢えずこう言う小規模な感じどうよ? ちょっと小さすぎるかな」


「ちっちゃーい、せまーい、ぼろっちーい」


ぶーっと小さな子が機嫌を損ねた感じであからさまに表情で拒否を示す。


「んーだよね。小規模だとこんな所って感じだよ。こじんまりしてるのも良いけどね。ま、まだ1ヵ所目だしそうブー垂れないでよ」


 まぁまぁ、と大人な対応で宥めておく。

 近所の角地にある、三角形のコンクリ塀に囲まれた小さな墓地は普段からあまりお墓参りに来る人も居ない。放置気味で荒れっぽい住居が多いのだ。そんな様子もお気に召さなかったらしい。

 まぁ、此処と言うのは一軒々が狭い事は確かだし、夜な夜な住民達が寄り集まっては、『うちの家族は誰も墓参りに来やせん!』『ほうじゃな、ワシの所ももう随分このまんまじゃよ』『まったく、私のとこも駄目よ。お花なんて見て頂戴よ、枯れ放題!』

とか、グチグチ大会なんぞ開いていそうな雰囲気である。

そんな空気を加味すれば、桃太郎じいちゃんがブー垂れるのも致仕方ないか。


「よし、気を取り直して次!」


「ふむふむ、そうしようそうしよう」


さっきまでしかめっ面であったにも関わらず、次へ行く提案をすればこの通り、コロッと態度も表情も変わるんだからまったく食えない爺さんである。


 次に訪れたのは、少し距離がある場所だった。小高い山をバックに山の裾から削られた斜面に乱立している墓地だ。ここは、1区画毎にキッチリと幅が決められているようで、和型墓石が9割を占め、まるで墓の建売状態である。

乱立と言うのは、弱冠崩れかけているような所もあり傾く墓が多かったりしている為そんな風に見えるのだ。


「あんなとこ、嫌じゃ。崩れとるわいにゃー恨みでもあるんかにょ」


「まぁねぇ。いやぁここは随分昔からある墓地だからね。住職さんに跡継ぎが出来なくて、今の人も随分齢なんだよ。単純に手入れ出来ないって言うのと檀家が減る昨今だからねぇ」

「ありゃ、次郎はそんな難しい言葉も知っとるんか。感心じゃ」


「僕の事いくつだと思ってんだよ……」


今度は桃次郎が顔を顰める番だ。


 宗教研究のクラスメイトと話をしている時に檀家と言うものについて教えてもらった事があった。檀家とは、特定の寺院に所属し葬祭供養の一切を任せて布施を行う人達の総称。昔は寺院と檀家にはすごい格差があって、寺院側がやれ、『常時参詣』をしろ、『年忌の命日法要は義務である』と何かに理由をくっつけては檀家に多くの経済負担を掛けさせた事なんかもあったらしい。

 今日における【墓参り】などが根付いたのもこんな経緯があったからである、との事だ。


とまぁ、こんな豆知識はさて置き。山の上まで行ってみて見回した後に、


「ま、見晴らしが良いとも言い難いし、大きさも決められちゃってて友達呼ぶにも狭そうだしね。

あ、次行く前にちょっとコンビニ寄らしてよ。喉乾いちゃった」


「ほーまあ仕方ないのぅ」


 下へ降りて来て、暫く歩いた所にあるスマイルマートに入店する。大学に上がってからよく行くようになった店である。ウィーンと自動でドアが開き、


『あなたと一緒にスマイルマート♪』


そんな軽快な歌と共に馴染の音楽が流れる。


「いらっしゃいませー」


と店員のこちらを見ない挨拶も後から追いかけて来る。真っ先に向かうは店内最奥に鎮座する冷たいドリンクコーナー。目当ての物は直ぐに見つかった。


「みずみずしくってぇ♪」


 パクンと扉を開けて冷気を受けながら手に取ったのは桃水である。自宅にて母親から支給されずとも自らだって購入するのだ! この桃水ときたら美味しいだけでなく、汗をかいた時などの水分補給にも適したミネラルなども豊富で凄い奴なのだ! ふふん♪と満足げに鼻を鳴らしながらレジにつくと、いつもと違う若い女性の店員さんが立っている事に気が付いた。


(あれ、髭おやじはどうしたのかな?)


 いつもここに来れば必ず出くわす人物が居る。年齢は50代そこそこくらいだろうか、がっしりとした体躯に顎髭が目立つお喋り好きなおやじがこの店の店長なのである。よく行くので顔を覚えられてから約1年、


「よう、大学生!」とか「よう、桃!」


とか気軽に声を掛けられるのはしょっちゅうだった。元々が人懐っこいのだろう。

桃次郎は密かに髭おやじと命名したりしていた。夜遅くに行った時には、将来なんになりたいんだ?とか、俺が若い頃はなぁ……なんて話し込む事も多々あったりして。

本当に行く度いつも居る事が多いので、


「ひげ……いや、店長さんてお休み無いんですか? いつも居る気がしますけど……」


 なんてうっかり話しかけてしまった日、いつもは髭おやじが一方的に話しかけて来るだけだったからか少しだけ驚き目を丸くして見せたが、桃次郎から話しかけてきたのが余程嬉しかったようで破顔して「よくぞ聞いてくれた!」と前のめりで話し始めたりなんかした。


「俺は、この店が好きでな! この仕事は毎日色んな人に会う。人間模様もなかなか面白いし天職だと思っている。ま、今時の人は自分からなんてほぼ話しかけてこないけどな! そう言う訳で休むなんて勿体無い事できねーの!

ま、嫁さんにゃ『たまには旅行とか連れてってよ!』ってどつかれるがな。そう言う時は娘と2人で行って来てもらうのさ! それでな!」


とまだまだ話足りない様子であった。

 いつの間にか、この店では誰よりも髭おやじと話している機会が多い気がする。桃次郎もいつしかちょっとした楽しみになっていたりして……勿論口には出さないが。

そんな、毎日でも居る人物の姿が無いのが気にかかり思わず店員さんに話しかけてしまっていた。


「120円になります……て、あれ?」


 台に置いた桃水を手に取りバーコードを通した時、店員さんの言葉が疑問符を落とした。それに反応して、思わず桃次郎も「え?」と疑問符で返す。

双方小首を傾げる事数秒、


「あ! わかった!! 君ね、いつも父さんが話していた大学生って」


「え? あ、父さん?」


「君、この後は忙しいの?」


「え、え? あ、いえ……」


「そ? 良かった。私、夕方にはあがるから小町公園で待ち合わせね」


「は、へ……?」


「はい、約束ね! あ、袋はいらないよね? これお釣り! じゃあ後でね」


桃次郎の手に釣銭を乗せ、そう告げると若干イライラしていたであろう後ろの客に


「お待たせしてすみません!」


と軽く謝罪してからサクサクと次の会計を始めてしまうので、唐突な出来事に呆けるしかない桃次郎は握りしめた桃水のペットボトルを手にフラフラと店を出た。

その耳には、桃太郎が


「ちょっと! ワシの家が先じゃってば!」


とキィキィ喚く言葉は届いていなかった。何せ、女性から誘われるなんて母親以外では久しぶり過ぎて、若干騒ぐような自分の胸の鼓動の速さにどうしていいのかわからなくなっていたのだ。

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