第9話 WWC万歳と風呂場ハプニング

◇◇



「は・よ・う起きんかぁ桃次郎おおぉぅ! さぁほれはよはよ昨日の続きじゃー!」


「どわぁっ!」


 耳元で音声拡張機を使われたのではないかと思う程の爆声によって覚醒させられベットから飛び上がって盛大に転げ落ちた末、床と熱烈ガチちっすをぶちゅりとやらかす羽目になった翌朝。

 凄まじい痛みと、強制的にもたらさせた目覚めによって桃次郎の1日が最悪のスタートで幕を開ける。折角の清々しい土曜の朝がぁ……人類の大半において、土曜の朝程希望を抱ける曜日は他にないであろう。鬱陶しい5日間をやっとこ乗り越え、丸1日好きにしても後もう1日残っていると言う気持ちの高ぶりが妙に楽しいのと言うのに。言うのに……!!

 そんな素敵な気分を台無しにした張本人はと言えば、呑気に鼻なんぞほじくりながら胡座を掻いて「ハーン」とこちらを見下してきている。


「若いもんがだーらしんないのぉ、せっせと続きを聞かんかい! ほりゃほりゃ」


 秒速でこめかみに青筋をたてて(だ……誰のせいでこうなっているんだっ!!!)と言う言葉が浮かぶが、右手でぎゅっと拳を作る事で懸命に呑み込む。


「あーもう起きたから。続きって、武勇伝の続きでしょ? それは夜とか落ち着いた時に聞けるんだからこれからの時間は出来る事をやろうよ。

ま、その前に朝ご飯だけどね!」


「き、昨日は朝聞くと言ったじゃろうがーい! 桃次郎はこんなにいたいけな爺を焦らせてどうしたいんじゃぁー」


「うわっ人聞き悪いな!?」


 ぶつくさと物言う桃太郎じいちゃんを無視してモソモソと寝台から体を起こし、ポリポリ頭を掻きながら適当に衣服を掴むとそのまま自室を出て階段を下りる。

向かうは浴室。朝のシャワーをタイムだ。と言っても昨夜念入りに洗身している為、薄毛の原因になるとも言われている朝一シャンプーはせず顔を洗うついでに本当に烏の行水並みにサッと浴びる程度だが。特に昨夜の汚滴の付着部は入念に清めたい。

ふふふーん♪と鼻歌を奏でながらご機嫌に台所でお茶を淹れている母に「おはよー」と簡単に挨拶をすませる。


「あらぁ、もも? オハヨ、休日なのに早起きね」


 息子を見ながら不思議そうにする母の声を背中に受け、


「んー、ちょっとねぇ……困った爺のわがままと汚滴を……もごもご」


などと小声でぼやきながら脱衣所へと向かう。


「コレ、朝餉と言いながら何故脱衣所へ向うんじゃ」


「昨日盛大に汚……じゃなかった、ツバキをぶっかけてくれたのはだれでしたっけねぇー」


 ジロリと桃太郎じいちゃんを睨む。

 本当に誰のせいだと思っているんだろうか、と内心憤慨しているが、霊体だか半生霊体だか今の状態は良く分からないけど現状自分にしか見えない物体について頭を悩ませていてもしかたない。周りに上手く説明も出来ないし。


「そんなにバッチくないぞい失敬な!」


「いやいやいや、他人の唾なんて綺麗な訳ないでしょうよ。普通に嫌ですけど」

 

 母に怪しまれないように小さな声でブツブツと呟く。

 それにしても、なぜ母が休日に息子が早起きで不思議そうにするのかと言うと、それはおふとぅんが最大の相棒であると言いう事を認知されているという事にある。

 ふわふわに包まれながらゴロゴロ大の字。何と言う幸せか!と言うか、起きていたとしてもPCに向かっていたりする為今日のようにお日様と共に起床して6時に下界に降臨する事などまずないのである! 従って、この時間帯に母に出くわすことはミラクルにも等しい。

 シモはどうすんだよシモは! 朝一暴君が爆発寸前だろ? と適格な突っ込みを入れたそこの君!

 ふふふ、我が家には1階と2階にWCがあると言う、通称WWC《ダブルトイレット》住宅なのだ!! なので、トイレに起きても家人とは遭遇しないスペシャルパーフェクツな構造になっているのであーる。余談ではあるが何故、うちにはトイレが2つもあるのか。それは割とどこのご家庭でも抱えているであろう事……


【父親のトイレが長すぎ&その後消臭スプレーしても効かない程殺人的に臭い】


と言う大問題だ! 

小学生の頃から、桃次郎は学校に行く前にも必ず用を足したい派と言うより、習慣であるが為に登校前に笹ヶ瀬家では高確率でこんな紛争が勃発する。


「と、とおさぁん! 学校遅れるッ! 早く出てよ!」


「何だ! 桃次郎、男だろ!? 少しくらい待てよ! 漏れたらちゃんと自分でケツを拭くんだぞぉ~ガハハ!!」


「ちがッ! おしっこだよ、おしっこ!」


「何だよ、そんなら庭にでもして来い! ピッピで済むだろ、ピッピで!」


「犬じゃないんだから! 出来るかっ!!」


 頭の悪い言葉の応酬を行いながら、その間にもブリッブリッブリュリュリュン! と豪快にテンポよく、きっと野太くて立派であろう【奴】の排出を行うので、その凄まじい臭気は閉まっている扉の外まで漏れ出してしまうのだ。


「もー、我慢出来ない!」


 とある日、涙目ながらに宣言すると父親からはあっけらかんとして

「よし、じゃあ2階に作るか! まったく、俺だって朝一の糞くらいゆっくりしたいぜ」と桃次郎が悪いとばかりに言い返されてしまいサッサと2階にトイレが増築されたのだった。

この事により、朝のトイレ渋滞も糞紛争もなく快適に過ごせるようになったのだ。……声を大にして言おう。WWC住宅万歳!!


 トイレ話はここらにして脱衣所の扉をスライドさせ「ふわぁあ」と欠伸を1つ。寝間着代わりのTシャツ・短パンを脱ぎ終え、籠に入れる。最後に下着に手をかけると何故かゾワリと悪寒が駆け抜けたように感じて一瞬身を正すが、特に何も無く小首を傾げながら風呂場への扉を開いた。

 シャワーの温度を好みに合わせ、冷水と温水が互いに混ざり良い塩梅になるのを暫し待つ。

 程なくして温まり、足先からその温度を確かめつつ徐々にかけていく。


「あーあったかぁ……」


 朝シャンプーはしないが、この瞬間は気持ちが良いなと素直に感じる。

体が温められる事によって体中がしっかり起きてくる感覚と言うのだろうか、スッキリする。


「ほほーお。なかなかのモンを持っとるなぁー!! 流石はワシの子孫じゃにゃあ」


 ほわほわと湯気で白む空間に、突然背後から声がする。起き抜けの心臓は再びドゴンと飛び跳ねて危うく口から飛び出てしまう所だった。桃次郎、風呂場で死すとか冗談じゃない。

「きゃー」とも「ぎゃー」ともつかない叫び声を上げ、乙女のように内股になりながら、何故か両手で乳首も隠す。


「なんじゃ、ひょほほ~減るもんじゃなしにー」


 じじいはゲスい顔でニヨニヨと桃次郎の側をふよりふよりと浮遊旋回する。

これには、流石に桃次郎の左手に宿りし幻の暗黒龍がさく裂した。


「出てけぇえぇえええええ!!!」


シャワーヘッドを手に持ち変態じじいに向かってぶん回す。


「おひょひょひょのひょー♪」


 霊体には何の意味も無い行為であったようで、シャワーの水圧は何にぶつかる事もなく桃太郎じいちゃんの体をすり抜ける。

 そんな事より、母が台所から慌てて走って来たようで、


「ちょっと、桃?! どうしたの!」


と風呂場まで来てしまう始末。危うく大学生の息子が母親の前で全裸を晒すなんて酷い有様になる1秒前に「だ、大丈夫! ごめん何でもないっ!!」と慌てて風呂場の扉がオープンされるのを阻止する事に成功した。

 そして二次被害としてじいちゃんの存在だ。勿論、母は霊体を『感じない派』である為ここに桃太郎が居るだなんてとても信じてもらえる話ではない。


「あ、はは。あはは! な、何でもないよ! 大丈夫!」


と乾ききった笑いを含ませ取り繕いの返事を返し何とか事なきを得た。

 シャワーを浴びるリフレッシュタイムが思わぬ徒労の場となってしまった事に早くもげんなりとしつつ、ひと騒動終えた桃次郎は自分の大切なナニカを守り抜いた安堵感を胸にそのまま食卓につく事にした。

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