第8話 あの頃は、

 

 桃太郎じいちゃんの生い立ちと、愉快な?仲間に出会う経緯だがこれまたそこそこな長さがあり、欠伸連発しつつもふむふむと話を聞いていた。

(一体いつ寝れるのだろうかと眠い頭でふんわりとそんな事を思う反面、話を聞かなきゃこれからの行動だってわからないし、第一眠ってしまおうものなら翌朝目覚めた僕は僕じゃなく爺かもしれないだなんてご免こうむりたいと開き直りつつある自分も居たりする)



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 その昔、とある川を大きな桃がドンブララと流れていくと洗濯物をしている老婆が一人おりました。老婆は非常に驚いたが、それを持ち帰り家で待つ伴侶のお爺さんに食べさせてあげようと思い立つ。

 洗濯物をさておいて、やれさ、っと担ぎ上げて何とか家まで帰り、斧でサックリと割ってみますとアラ、不思議。中から勢いよく男の赤ん坊がポーンと飛び出して来て顔を真っ赤にしながら大きな大きな声で泣きました。それはまるで、今初めて外へ出て産声をあげたかのようでした。

 子の無かった二人は大層喜んで、男の赤ん坊を【桃太郎】と名付け大層可愛がったのです。二人がどうやって育てたかと言えば、秘密は桃太郎の入っていた大きな桃にありました。

 何をしても泣き止まなかったのに、お婆さんが布に桃を搾った果汁を滲みこませ口もとに寄せてやると、ちゅうちゅうと吸い付いたのでこれ幸いと切り取っては搾り、口へ吸わせると繰り返し繰り返し。

 しかし、それも長くは続かずその日の夜には口をへの字にして固く閉じ、開けなくなってしまいました。お婆さんはもう仏様にも祈るような気持ちで不思議な桃を一欠けら取り、えいやと口へ入れてみました。

 ごくりと飲み込んでみると、途端におばあさんは乳房がふくふくと膨れ桃太郎が再び泣き出すとそれに合わせるようにして乳汁が沢山溢れたのです。口に含ませてやるとゴクゴクと勢いよくお乳を飲んで満足そうにゲップを一つしてすやすやと眠りについたのでした。

 長年病に伏せっていたお爺さんにも剥いた桃を食べてもらうと不思議な事に、どこもかしこも痛い所などなくたちまち体がピンピン元気になりました。

 翌朝早くから身支度を済ませ「長い事世話をかけたのう婆さんや!」と元気モリモリでお山へスッ飛んで行って柴を山ほど刈っては麓の村へ売りに行き、畑仕事もバリバリとこなすようになりました。幸いにも、邪気がお爺さんの体から出て行ったのか、そうして二人で桃太郎を育てる事が出来たのでした。

 不思議な桃は、食べても食べても無くならず、傷む事も無しにいつまでもそこにありましたが、桃太郎が三つを迎えた日の朝にすぅっと消えて無くなりました。

 それからは、お婆さんが作ったご飯をモリモリと食べてすくすく大きく育ていったのでした。

 やがて、時が経ち桃太郎が七つを迎えた日、お祝いにとお爺さんから大切な物を一つ預かりました。


『桃太郎、男児たるもの優しく強く逞しくなくてはいけないよ。

お前も、もう七つじゃ。

今日からは剣の稽古にも励みなさい』


 お爺さん手製の小さな木刀は桃太郎の手にしっくりと馴染んで、朝昼晩と一人稽古に精を出しました。

【一人前】と認められた気がして、嬉しくて嬉しくて、寝る時も食事の時も片時も肌身離さず、外へ遊びに行く時はそれを振り回しながら駆け回ったそうな。



 そんな日々を過ごしていたある日、山の中でこんな声を聞いたのだ。


「僕が最初にみっけたのに……ぼ、僕にも柿の実おくれよぅ」


「なんだい、登って来れば良いだけじゃないか。あぁ、そんな手じゃ登れやしないっき~チョッキンチョッキン!……そうだ、俺様が下に投げてやるっき! ホーラよ!!」


 そう言うと、木の上で二つも三つも青い渋柿の実を捥いだサルの子は勢いよくカニの子目がけて投げつけたではないか。


「やめて、やめて、いたいよぅ……」


 ポカリポカリと小さな体に当たっては地面に転がり落ちる青い柿の実に、カニの子は半べそをかきながら小さなハサミを振り回す。

 サルの子は枝の上でクルリと器用に体勢を変えて、


「へーんだ! 悔しかったらここまでおいでっきー! おけっつペンペンのペーン!」


 あっかんべぇと思いきり舌を出してお尻を向けペシペシとリズミカルに叩いて下に居るカニを嘲笑う。


「そんな事しちゃ駄目だ!」


 こっそりと見ていた桃太郎はいてもたっても居られず、茂みから飛び出し小さな拳を握りしめ、上に居るサルの子を睨みつける。


「なんだ? ちび助、お前もやってやるっきー! コレでもくらえ!」


 青い柿の実を幾つも捥いでは投げつけて来るが「なんのこれしき!」と木刀で全てを受け、的確に打ち込み叩き落とした。桃太郎とて、日々の鍛錬を欠かさずにして鍛えているのだ。

 あっけなくポトポト地面に落ちる全ての実。


「まだやるか!」


「う、うるさい! お前が俺様に勝ったら止めてやるっき! やるか!」


 キキ―!とけたたましく威嚇の声を張り上げて木の上から飛び掛かって来たのを皮切りに取っ組み合いの大喧嘩に発展。この時猿の子は素手だった事も考慮して桃太郎は木刀をそっと茂みの脇に避けていた。


 暫く絡まり合いながら引っ掻き、噛みつき、蹴っ飛ばし、互いに体勢を崩しながらも双方引く事無く組み合い続けてとうとう日が暮れてしまう。

 もみくちゃ団子になりながら山を下り、いつの間にか麓の開けた野原にまで転がり出ていた二人は力尽きてほぼ同時に大の字で倒れ込む。

 子供の喧嘩とは言え、随分と二人揃ってぼろぼろになったものだ。


「お、お前……なかなかにやるっき……お、俺様の負けだっき」


 呼吸を荒くしながらも僅かながら桃太郎よりも倒れ込むのが早かった為に、サルの子は意外と素直に負けを認めた。


「はぁ、はぁ……君は、そんなに強いのに弱いモノ苛めなんてかっこ悪いよ」


「……そ、そうか!? ……お、おいら達の群れでは力で皆を威圧して順番を決めるんだ。山のボスは怖いんだっき。でも、一番なのはカッコいい事だと思ってたっき。飯も遠慮なく腹いっぱいに食えるし、横取りもされない。

おいら、群れの大人達には到底敵わないっき……だから、おいらよりも弱い奴らなら怖がらせて大将張れればそれでカッコいいと思ってたっき……」


 思いもよらない所を褒められて猿の子は顔を真っ赤にしてしどろもどろに口をもごもごと動かす。

 先ほどまでの威勢の良さはどこへやら、すっかりと息を潜めてしまっているようだ。よくない事をしていると言う自覚もあったのだろう、今はそれが肩へと伸し掛かっているようだ。背中をくるりと丸めて申し訳なさそうに俯いた。


「……そうだったんだ。そうだ! 君は、力も強いし高い木の上だってへっちゃら。君が、そう、僕と一緒に森の見回りをしてくれたら百人力だと思うんだけどな?」


「え……それって……」


「どうかな?」


「やる! 勿論やるっき!」


「そう、良かった! 僕は桃太郎、宜しく!」


「お、おいらはサル助だっき!」


「じゃあ、さっちゃん……さっちゃんって呼ぶよ!」


「おう! じゃあ、おいらは桃って呼ぶっき!」


 夕暮れに染まる野原に幼い二人はこうして仲良くなった。

 喧嘩する程仲が良い、とも言えようかこの二人の関係は。



****************



 続いて犬の五郎さんとの出会いだが、サル助と出逢ったその次の月の事だった。

 五郎さんは飼い犬では無く野良だったらしい。

そう言えば、度々人里へ食べ物を取りに来ていたので姿はチラホラ見る事があったけれど見た目が厳つく声を掛ける事も無かったそうな。


 さっちゃんと桃太郎はいつものように危険が無いかと巡回をしながら森で遊んでいたある日、茂みの間に見え隠れしている白い塊に気が付くと桃太郎は駆け寄ってみれば、その正体は足を怪我した白い犬であった。兎用の罠である嚙ませ竹に後ろ足を取られていて苦し気に呻き声を上げていた。


「まって、今外すから!」


 足に食い込んだ罠からはじわじわと血液が滲みに手を掛けようとすると、


「触るな! 俺の事はいいから……。ここに仕掛けてあると言う事はそこかしこに残っている可能性が高い。これは俺の失態だ、自分で何とかするお前らは気にしなくていい。あっちへ行くんだ、今通って来た道は安全かもしれない、戻れ、さぁ」


 キッと睨みながら流血している足を見せないよう体勢を変えて吠えた。


「よし、さっちゃん僕がこっち側を持つから君は反対側を持ってくれ」


「おうよ!」


「お、おい、聞いているのか!」


 自分に驚く様子も、怯む様子も無く二人は勝手に行動を進めて行く。いいと言っているのに。兎は小さい、逃げ足も速い為ここいらにはそこかしこに罠がある可能性が高かった。幼い二人に同じような怪我を負わせたくないと必死に怖い顔をしたのに。

 一方の二人は、聞く耳持たずで犬を挟んで対面に並ぶとガシリと罠を手に持って力を入れようと腰を落とす。


「じゃあ、せーので同じように引っ張るよ」


「うき!」


「「せぇの!!」」


 一度目配せをして頷き合うと、力一杯引っ張り合った。


「ちょ、おい!」


 自分の力ではどうしようも無かった噛み竹は、ズッと白い犬の血と肉を引き摺りながら動きを見せた。


「ぐっ――!」


 細かい針が引き抜けた拍子に苦痛の声が漏れるが、見事にスポッと罠は外れ噛まれた足は自由になる。

 この嚙ませ竹とは、獲物の足を捕らえる道具の一つである。

割った竹板のみで挟むだけだと抜けやすい事から板挟みする竹の内側へ楊枝のような細かな針を何本も刺し込む事で、暴れても獲物の体が食い込むばかりで決して抜けないよう工夫が施されている厄介な代物なのである。

 その為、挟んだ両側から同じ力で引っ張り引き抜くと言う方法を行ったのだ。

当時、森や山には多くの仕掛けが巡らせてある事から子供が一人で入ってはならないとよく皆怒られもしたが、平たい原ばかりでは隠れん坊一つ出来やしないと退屈してしまう。そう言う事から、子供達は罠のある所の見分け方を自然と覚えて避けながら気を付けつつも野山を駆けまわる事をするようになっていくのだ。

 特に、村の大人達が『禁猟区』と定めている箇所に密猟の罠が多く子供には近寄らせないようにしていたのだが、それを良い子に守る程子供達も大人しくはなかった。


「あ、犬さん舐めたらいけないよ。これ、おばあさんから貰った傷薬。ちょっと滲みるけど我慢して」


「……傷口を舐めるなどするわけないだろう。あれは阿呆がやる事だ。俺達は猫とは違って唾液に特別な効果などない、雑菌がいるのみだ下手をしたら化膿して死ぬ事になる…………折角拾った命だそんな事はしない」


「うん。そいならいいっき。おいら、薬効のある草取って来たっき!」


「さっちゃんありがとう! 塗った上からこの葉で被せて、木の蔓で一巻き!

よし、これでいい」


 まだ幼いようにも見える二人を交互に見やり、


「手際のよい子達だ。お前たち……先ほどはキツイ言い方をしてすまなかった。

助かったよ。名を、尋ねても?」


耳を垂れさせながらしょぼくれる白い犬に二人は顔を見合わせてニシシと笑い合った。


「僕は桃太郎!」


「おいらはサル助だっき!」


「桃介にサル助か……俺は五郎だ。兄弟が多い中で育ったのだが、俺は五番目だからと母が言っていた。

その、なんだ……礼がしたい。明後日、またここへ来てくれないか?」


「お礼なんていらないよ、その変わり僕らと友達になってよ」


「そうだっき! ワンころも居た方が賑やかだっき!」


「なっ、わ、ワンころだと!?……っち、まぁ今日の所は助けてもらった恩がある。それを返し終えたら……ちゃんと五郎と呼べ……」


「うっきっき、りょーかいだっき!」



 その翌日、二人は同じ場所に行ってみたが五郎の姿は無かったらしい。

約束の明後日に再び行くと、何と様々な木の実が山程と丸々太った野ネズミが三匹用意されていた事に腰を抜かした。


「これは、その、一昨日の礼だ。遠慮するな、喰ってくれ」


 少しだけ照れた様子でふさふさの尻尾をフリフリと背中で揺らしている。

 用意してもらっておいてこれはなんだが……ネズミの方は食べられない、と二人は顔を見合わせる。


「ぼ、僕ネズミは食べないよ……」


「お、おいらもだっき……」


「ぬ、そうなのか……すまない。俺はいつもこうしたものを狩って食べているんだ。じゃあ、木の実だけでも食えないか?」


 五郎はなかなかにしっかりしていそうであると思うのに、ふっと抜けた所もあるようだ。ヒトも猿もネズミをそのまま食べるような事は無い。そのように消化器官が強くないからである。火を通した所で食べられるかどうかは別の問題ではあるが。


「あ、うん。こっちは大丈夫」


「おいらも」


 ハタハタと振っていた尻尾は一度ぺしょりと地に落ちたが、木の実ならば食べられると聞いて再び嬉し気に五郎の背で揺られている。


「そうか、それならば良かった。すまんがその三匹は俺が貰うよ。後の木の実を食ってくれ」


「じゃあ、皆で食べよう!」


 桃太郎とサル助は顔を合わせてにやりと笑い『五郎! ありがとう!』と声を揃えて言ったので、五郎が急にそっぽを向いて


「べ、別に俺が……その、礼を……あーもう、いいから食え!」


『いただきまーす!』


と一人と二匹の声が重なり山の中に木霊した。

 木漏れ日の溢れる中で食べた様々な木の実は一等美味しかったのだとか。


 それからは一人と二匹で遊ぶようになりあっという間に仲良くなって暫くは何をするにも一緒であった。

 数年後のある日、桃太郎、サル助、五郎は人里から少し離れた小川にてそれは美しい雉と出会う。

その雉はとても美しく優しい声で歌を謳い、三人で思わずうっとりと聞き入っている所をふとこちらに気がついた彼女が「あら、なあに?」と小首を傾げながら話しかけてきたものだから、皆一様に驚いてドギマギとしたまま所在無さげに衣服を正したり、毛並みを整えたりとアチコチ触りながらえっと、ともたつく。


「え、あは、いや……」


しどろもどろになりながらも何とか捻り出た言葉は

「あなたの歌が素敵で……」と照れながら一言答えるのが精いっぱいだったそうな。


「あら、どうもありがとう。……あなた達は不思議な三人組なのね、良かったらお話し聞かせていただけないかしら」


 と言いながら優雅な足取りでこちらへ歩み寄って来るので、大きな平たい場所を手やら尻尾やらで慌てて綺麗にして「ここへどうぞ」と案内してから皆が出会った今までの経緯を面白おかしく身振り手振りと大仰に話して聞かせたのだった。

 雉は名を「ケン」と言い「親がね、私が生まれた時からあんまりにも雉らしく鳴くものだからってつけたのだけれど……ケンだなんて何だか男の子みたいでやなのよね。今更仕方ないけれど」

 肩を落としてそう言うと、桃太郎、サル助、五郎は声を合わせて


『そんな事はない、大変素敵な名前です!』


と声を合わせて言ったので「まぁ、ありがとう。お世辞にしても嬉しいものね」と微笑みかけた。

 そこから急速に仲良くなり、気が付けば四人で会う事が多くなっていった。

さっちゃんと五郎さんはケンさんを取り合い犬猿の仲でありつつ、桃太郎じいちゃんの悪態をつくときには見事に息がピッタリと合いまるでコントのようだそうだ。


 紅一点であるケンさんは、当時から美しく齢を重ねた後も皆を優しく見つめる老貴婦人さながらの立ち居振る舞いであるらしい。

歌声も衰え知らずで美しく、皆でうっとりと聞き入る程だそうな。



*****************************


「本当~~に美しいんじゃよぉ」


 長い事会えていない、記憶の保存箱に思いを馳せながらそう言ってポッと頬を染め腰をくねらせる桃太郎じいちゃんに嫌悪感は否めない。正直(おうぇ……気持ち悪い……)とこれまた失礼極まりない事を思っていたりした。


「今時で言うなら、ワシらのマドンナ! と言うとこらじゃろうなぁ……ウフフ……ウフフフ」


 物凄い速さで悪寒が背中を駆け抜けていったのは別として、マドンナって言い方もひと昔前だよ爺ちゃん……と言う呟きは、脳内お花畑の中に居る桃太郎じいちゃんには届かない。


「と、まぁここまで話をしてもらったけど霊体と違って生身は眠いよ。こんな夜中じゃ出来る事も少ないし、一先ず寝るから続きは明日の朝聞くよ」


「うぬぬぅ、ここからがええとこなのにのう……」


「分かったわかった……明日……ちゃんと、聞くから――」


 真夜中に汚滴スプラッシュで起こされ、怖気が走るような態度と共に延々と話を聞き精神的にもかなりグロッキーな桃次郎はうとうと沈みそうになる意識を何とか繋ぎ止めていたが、そろそろ限界のようだ。


「そんなー! 後生じゃからー!! もっとお話し聞いてくりょぉおおお!」


  意識の端の切れ間にそんな叫びを聞いたような聞かないような気もしたが、今もう目を開けてやる事は出来ない。



——そう言えば、桃太郎の話に出て来る雉ってカラフルだし雄だったと思うんだけど……雌……? なのか……? 色々な所で事実は伏せられるもんなんだなぁ……


ふんわりとそんな事を思いながらも意識を完全に手放したのだった。


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