第6話 丑三つ時のとんでも厄災

『今の家はなっ!! 嫌なんじゃ! 新しいぺっかぺかのを建ててくりょぉ!!』


とほざきかますは突然現れたおじじ様。

 桃次郎は顔面に一滴も余さずその汚滴を受け止め『ぐおッ』と小さく呻き声を上げる。


(ぎゃぁああきったねぇえ!! こっっの、くっそじじ……っっっふっざけんな!!!!)と内心悪態をつきながらも表には出さないよう懸命に取り繕い、


「と、取りあえず……ゆ、指……どかしてもらえます?」


 やっとの事で抗議の声を上げる事が出来たのだ。


「ぬ、おお? こりゃあすまんにゃったの」


 所々歯の抜けた口でフガフガ息をしながらご老体は、

『ほーん? 今、気が付いたわい』感丸出しながら、パッと手を放してくれた訳だが無事に両瞼とも解放されたのだが……


「うぅ、ひりひりする……」


 空気に暫し晒された挙句にMAX開眼状態で受け止めてしまった唾のせいで、乾いているわ違和感バリバリだわで、結果眼球がひりつき空気が滲みた。

もう、今すぐにでも洗面所へダッシュし清らかな流水で眼球をジャバジャバと洗眼したい所だが、夜中であろうこの時分にドタバタするわけにもいかずグッと堪え、衣服の裾で何とか顔からちょっと臭う爺の汚滴を綺麗にふき取る。


「さて、」


 桃次郎が改めて向き直るよりも早く、桃太郎ご本人さんらしき人物がこちらをじっと見ている。それは、けして仲間になりたそうに……と言う視線では勿論ない。

モソモソと布団をまくり、上半身をのったりと起こす。

 突然舞い降りた(×正確には降りかかった厄災!!)異常事態に出くわした脳みそ君は、叫ぶ事より脳内を席巻する数多の疑問を処理する為、一度冷静になる事を選んだのだ。それ故、近隣住民の皆様に多大なるご迷惑をおかけする大絶叫などと言う行為に発展しなかった事に安堵する。正直、自分の脳を褒めちぎってやりたい。

 内心では、軽くほんの軽―くパニックには陥っていましたし? 

 眠っている最中なのではないか『これは、夢?』などと乙女チックに思ってもみたりもした。


――だが、違う。これは、紛れもなく現実で己の身に降りかかっている災厄的な事柄である。


 ため息を一つ吐く。

自身でかみ砕けるだけかみ砕いて受容し、至極落ち着いた声色で先方に問う。


「ええと……今晩は? 一体、何がどうなってここに……?」


「うぅーんん、話せば長ぁあ―くなるんじゃがにゃー。ええか?」


 上目遣いをするように、そんなかわい子ぶりっ子みたいに言われてもぜんっぜん可愛くない。これっぽっちも! 思わず「やっぱり眠いのでまた明日」なんて言葉が喉まで出かかったが桃次郎は耐えた。時計をチラリとみれば深夜2時を指している。

 昔ながらに言えば丑三つ時。日本において、怪異と出逢える時間とさる二つの内1つに入るが、そもそもこの人一体何なんだろう。

怖いとか、サブいぼが立つとか全然そう言うの無いし、まぁ、話だけでも聞いてみようかなぁ。眠い。


「良いも悪いも……何か用事があって今居るんでしょうが。こんな時間に僕の目の前に……2度寝するにしたって、こんな訳わからんままじゃねぇ」


「ふむー。それもそうじゃな! まずは、今の家の事なんじゃが……」


「ちょっと待ってください、その家って言うのはなんです?」


「ん? あぁ、ほらワシを祀ってある墓じゃよ」


「そのお墓が嫌なんですか? 苔むし過ぎてるとか……?」


「違うんじゃぁ、確かに苔むしちょるがのぅ……」


「ハッキリしないですね、お墓が嫌になるってどう言う事なんですか……」


 煮え切らない態度の桃太郎(仮)はあちこち歯の抜けた口をニカッと開いて「いーっぱいあるでな、何から話そうかのー」などと思案し始め、簡単に言うとじゃにゃーと話を始めた。その様子は、何だか嬉しそうでもあり、そこはかとなく悲し気にも見えたのはよっぽど眠かったせいと言うのもあるのだろうか。

 よもや、そういう類のモノとは人生で一度も出くわした事の無い、金縛りにすらあった事の無いような自分がこんな目に遭うとは。

そう言えば、ひいおばあちゃんが生きていた頃、こんな話を聞いたな。


『うちのご先祖様は気分屋でね、もしかすると可愛い子孫の顔を見にふらりと遊びに来る事があるかもしれないよ。ばあちゃんもね、むかーしむかしのまだ小さかった時に一度だけ会った事があるんだ。

一緒にお話しをしたり、遊んだり、今では良い思い出だねぇ。

いいかい桃次郎、もしもその時桃次郎が会えたならご先祖様にきちんとご挨拶して、お話を少し聞いてやっておくれ』


 あぁ、ひいおばあちゃん……今こうして目の前に居る爺がそれらしいんですけど

ぼかぁ一体どうしたらいいのでしょうか。ふらりとって……今2時ですよ、2時……。

そんな事を思いながら目を瞑りもう一つため息を吐くと、優しかったひいおばあちゃんが頭の片隅で微笑んでいる————

 



 因みに、話が簡単には終わる筈も無く、夜が明けるまで延々と聞かされようとはこの時の自分はまだ知らない……






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