第2話 日常

◇◇


 褌を履く履かないでドタバタ大騒ぎの正月を越え、この春無事に大学2年生になった孫こと桃次郎は平凡に学生生活を送れているかと言えば答えはNOである。

 学校のある平日などは特に気が休まらない。

 学業に専念出来る講義の時間のみが彼にとってやっとひと息つく事の出来る貴重な時間である。

 事が始まるのは登校時間から始まり、中休み、昼休み、下校全ての隙間で今日も今日とてとある者達に追い回されていた。


(もう、なんでよ。平凡が一番なんだが、平凡でいいから本当に……一人にしてくれ……)


辟易しながら内心ではそう深々ため息をつくと、


「そうですねぇ、お誘いは大変ありがたいのですが僕、他にもやりたい事がありますので……丁度、貴重な流星群の季節ですし星の観察に張り付かないといけませんし、ちょっと肉体改造を考えているので直ぐに自宅へ戻って鍛える等々……そりゃあもう1分1秒が惜しい程で、本当に申し訳ないです」


 親しくもないのに息巻き話しかけて来る演劇部員の輩に向けて、無理やり作った愛想笑顔を貼り付けつつやんわりとお断りの返答を返すのであった。

 いくら綺麗な先輩が来ても、女装した男の先輩が来ても、ガチムチ鍛えた顧問が来ても……結論、誰が来ようと桃次郎の態度は変わらずで一様にフラれていくのだがしつこい。いかんせんしつこい。


 これと言うのも、我が笹ヶ瀬家には先祖代々男児が生まれた時に『桃』が入って読み方も【もも】でなければならない名前をつけるのが習わしなようで、芸名などつけずともそのまま時代劇に出ていておかしくないような名なのである。

女の子ならば、桃ちゃんとかってすごく可愛い響きであるが、男子たるものちゃん付けで呼ばれるのは記憶の遠い幼少期まで。

――未だ、母からはたまに桃ちゃんなどと呼ばれるので後続の次郎はどうした、次郎は。と内心突っ込みつつも、「はいよ」と返事をしてしまう己が憎らしい。

名前だけならば、古風な人は幾らでもいるかもしれない。しかし、桃次郎の場合は名前だけに止まらず、やれ朗読の声がいいとか、顔が良いだとか、歌う声が良いだとか、そんな事まで突っつかれ来る手がやまない。


 ふと、こめかみに手を宛がい思案。

どうしてこうなったのだったかなぁ……そんな風にこれまでの【我が、桃人生】をぼんやりと振り返る。


◇◇


 まず、幼稚園時についてはだが、意外にも当時は快適そのものであった。

 当時、何の因果か桃太郎戦隊と言うパロディヒーロー番組が日曜日の朝8時から放送されており、ちびっこには大人気でとても流行っていた。アニメや漫画、グッズも出たりしていて大変な盛り上がりを見せていたので、桃次郎は先祖に桃太郎を持つ事では近所で有名であったし、大変羨ましがられた。その事を本人もとても誇りに思い、胸を張っていた。

 お遊戯会で桃太郎役に抜擢された時には飛び上がって喜び、身内は勢ぞろいしてカメラ片手に押し寄せてきたのは今でも記憶に鮮明である。と、まぁここまでは良かった。何をしていても『桃くんかっこいい』『桃くんすごぉい』そんな可愛いらしい黄色い声にいつの時も包まれていたのだから。


 が、小学生に上がるとそれを恥ずかしいと思うようになる。


 例を挙げればきりがないが、特に小学6年最後の運動会などがもう最悪だった。人生最大の汚点と言わざるを得ない。

 桃次郎が属したのは黄組で、色の関係では該当とは無関係な筈なのにも関わらず、赤組・青組を鬼に見立てた両者を討伐する風に演出したいと言い出した者が複数現れた事により黄色組が学年問わず勝手に『ナイスアイディア、それがいい!』そんな風に一致団結した結果……。

 校庭に置かれた巨大な桃のオブジェに黄組全員が「桃ちゃーん!」と言う掛け声をかけると両横に居るサル・キジ・犬に扮した3人が紐を引いて桃が割れ、桃次郎扮する桃太郎がパッカーンと出現すると言うシチュエーションで


「えいえい! 赤鬼、青鬼この桃ちゃん率いる黄組がどどんと蹴散らしてくれるわ! 覚悟しろ!」


と模造刀片手に声高に宣言わめくと言うキチガイな大役を張らされる事となった。全職員、全校生徒、保護者の前でだ。


 黄色い桃と書いてオウトウと読む。そりゃあね、桃には昔々から悪いモノ・恐ろしいモノ=邪気や鬼などを【払う】とか言う言い伝えがね、ありますとも。


 かの有名な古事記より、イザナギVSイザナミ元夫婦の命がけ鬼ごっこでは、イザナギ最終局面に迎えた絶体絶命大ピンチに桃を投げつける事でイザナミの放ったヨモツシコメと言うおっかない鬼女を見事に追い払ったのだとか。

 まぁ、そんな経緯で桃はその類まれなる力を高く評価され何だか大それた【大神実命オオカムヅミ】なんてお名前を頂いちゃったりね。

 しかし……何で自分が討伐隊長みたいな事やらされてるのか。設定がもう滅茶苦茶だし、他にいくらでも居たでしょうよ、生粋の目立ちたがりがさ。

……この上ない恥辱でありましたともさ。

 何故って、小学生に上がってすぐから『桃太郎なんてだっさーい』と女子からかわれたのを境に、桃太郎の子孫であるらしいと言う事も、大勢の人前に出る事も全く好きじゃなくなった。些細な事かもしれないが、多感な時期というのは女子だけではない。男の子だって入るのである。

 そもそもっ! 黄色と桃、無理くりひっつけまして黄組は黄桃に変身を遂げましただって? ありがたーい優秀な鬼退治の桃に大変身? なんて……本当にこれっぽっちも関係ない気がするのを未だに拭えないでいる。

 今でもたまに夢に出て来て、きつい歯軋りをして脂汗をかいてしまう程屈指の黒歴史だ。そりゃまぁ何でそうなったかなんて、当時流行っていたCMに乗っかっただけの単純物というだけ。……と、頭ではわかっていてもだ。

 次いで、学校名物授業参観などはもう何度えらい地獄を見たことか。

 一家総出で来るものだから、毎年教室の中がえらいこっちゃ。まず基本的におじいちゃんが煩い、かなりうるさい。

「手を挙げんか桃次郎!! ホレ簡単じゃろて!! わからんなら褌履くかっ!!」

 もう恥ずかしいったらない。お陰で一時期『褌太郎』だなんてあだ名まで付けられてしまって正直、学校が苦痛で仕方が無かった。もはや郎しか合ってない訳だし。


◇◇


 苦痛しかない6年間を終えて、小馬鹿にしてくる奴のあしらい方もそこそこ備わり時変わって、中学生に上がるとそこでは新しい関門にぶつかる事となった。

冷やかしてくる同じ小学校の輩は『はぁ、中学生にもなってガキだなぁ』くらいにしか思っておらず、「お前、まだその事言ってんだ」と冷笑で返すくらいは朝飯前で行えていた。

 そんな奴等をあしらうのはいいのだが、問題は部活動であり、これが高校・現在の大学では演劇部と言う大変厄介この上ない連中から熱烈なオファーが舞い込むのでそれを丁重に断り続ける活動にも日々骨が折れた。

一応、誘いで言い寄る輩が先生であったり先輩であったりする為、無下にする訳にもいかないのである。


◇◇

 

 時戻って現在。

「ねぇっ桃次郎君てば! お願いだ!! この通り! 君に是非うちの部へ入って欲しい!!」


 そうしてコレのように桃次郎の目の前にいる輩も例にもれず、と言った所である。

大学生になってからは、名前の噂を入学前から聞きつけていたらしいサークル活動の何名かから執拗な(ねちっこいとも言う)勧誘を受けており今の所、土日祝長期休暇を除く毎日を校内で誰かしらに追い掛け回されているのだ。


「うるさいったらない……」


 などとぶつくさ呟き、小石を蹴り上げながら非常に鬱陶しい事この上ない先輩方を何とか煙に巻いてやっとこ無事に自宅へと帰還して来たのである。

こんな事が日常だなんて冗談も大概にして欲しいが、就職はせずに大学進学の道を選んだのは誰でもない、自分であるから自分に対しても多少はため息をつきたくなるというもの。

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