桃太郎の桃ハウス

みずなし

第1話 その子孫



(うおぉおおお!!! もう、もうっ一体何百回目になるだろうか!!!!!!)



 正月早々に本当にもう勘弁して頂きたい。叫びたい大きな声で、誰か助けて。

 母が用意したお節料理の煮しめに箸を突っ込み、人参を一つ持ち上げ口に運ぶ。

『ヘースゴイネ』とため息交じりの空気を漏れさせながら無表情で租借する。

 最早、眠気とか視覚とか色々な物が限界にきていた。

 目の前にあるのは、六尺褌をぎっちりと締め上げたゴツイ尻。惜しげもなく尻を晒し、徳利片手に酒臭い息を巻き散らかして大仰に熱弁を振るうのは祖父である。

 おかしい、たったの数十分前の12月31日にはまだ和服を着用して威厳のある姿であった。かなりきっちりとしていた筈なのだが。

 そして、彼は御年95歳はくだらないと言うのに、一体どこにそんな元気玉が入っているのか気になる程の元気ぶりだ。

 除夜の鐘が鳴り止み、『明けましておめでとう』ム―ド一色になるのが普通かもしれないが、この家は違う。新年迎えて一秒目からそれは始まるのだ……懇々と語り継がれる我が家恐怖の黒歴史談、朝までたっぷり8時間フルコースが。

 本当ならば開始5分で話の腰なぞぼっきり折って、いや、へし折ってでも止めてしまいたい!! 普通のお正月が過ごしたい!

 どうでもいい、ほんとーにどうでもいい! そんな化石的に古い話を持ち出されても、正直実感など皆無である!

 ……としか言いようがない。

 こと、この家柄・事柄に関しては一般人よりも遥かに遥かに敏感にならざるを得ないのだ。

 何でもない平々凡々な中級和風建築の我が家の居間に鎮座するは、家宝であるらしい代々受け継がれし絵巻。それらしい戦闘衣装を身に纏い、猿・犬・キジを従えたご先祖様である『桃太郎』がキリリとした面持ちで今まさに鬼退治へ行かんと勇ましくも行進する様が写生されていた。

 テレビをつければ幼児向けの知育番組の中では幾度となく――

 いや、延々と流される【のほほん昔話】

 その中には確実に『桃太郎』の話が組み込まれているのだ。

 もはや、洗脳・遺伝子レベルのすり込みと言って過言では無かろう。恐ろし過ぎるのではないか。


 幼い頃より、桃影曾爺ちゃん、桃虎爺ちゃん、そして父親である桃五郎に懇々と諭され続け、こうして途切れる事無く勤勉に我が世代まで英雄伝とやらは脈々と受け継がれてきているのである。


『家のご先祖様である桃太郎は、果敢に鬼退治に挑み退治し村人を救った英雄』


 良いか、だからお前も男の子として強くあれ云々かんぬん……

 最終的にはソレに辿り着く。何これ、何の罰ゲームなの。無限ループなのである。耳にタコが出来るなんてそんな生易しいものではない。強いて言おうではないか、いや、声高らかに宣言しよう!


 苦行である――と。



 だいたい、知りもしない大昔のそのまた昔の先祖の英雄美伝なぞ、これっぽっちも興味が無い。って言うか、本当に居たかどうかも怪しわけで。

 昔話、おとぎ話、絵本の中の空想物語。

 よくもまぁ、そんな不確かな物をこんなに長い事家族代々で盲信出来るものだ。


「よいか、お前も受け継いでおるのだ!! ならばやる事は一つじゃ。さぁ漢として、褌を履け!!」

「いや、履かんわ」

「なんでじゃ!!」

「いや、唾凄いな。……だって寒いし」

「ぬぅわぁにをぬくぬくとっ! これじゃからゆとりは!!」

「おじいちゃん、今はゆとりはもう無いんですよ」

「ふぅんぬ!! そんなの関係ないわい!! よぉおうし、孫よそこへ直れェい!! そんなに寒さが気になると言うのならっワシがこれをやろう!」

「っ!? い、いらないけどっ!!?」

「何を遠慮しとるかこの孫が!! ホレっさっさとズボンを脱がんかいっ締め方をおしえちゃるでな!!」

「うっわ、やめてよっ! いいってば!!!!」

 

 目にも止まらぬ速さで外した脱ぎたてほっかほかの褌を振り回しながら、孫とじじいがドタドタとテーブルの周りを走りまわる。

 お行儀が悪いと咎める者が誰も居ないのも些か問題であると思うのだが。掴まってたまるかっ

「あらあら、今年もうちは元気でいいわね」

「っ母さん! 見てないで助けてっ」

 涙目で、迫るゴリラじじいの腕とはためく褌をかいくぐり必死に母に助けを求めた。だと言うのに……。

「あ、ママもう一杯つけてくれるか?」

「もう、飲み過ぎじゃないですか? まぁ、パパったら、あなたまでいつの間に褌履いて……風邪ひくわよ」

「ははは、いいんだ。父さんには敵わないからなぁ。ほらご覧よ、息子もおじいちゃんと遊べてあんなに楽しそうだ。今年もいい年になりそうだな」

「まぁ、それもそうね。じゃあ、私もパパと一杯やっちゃおうかな」

「うんうん、それがいい。はい、一緒に乾杯、今年もよろしくね」

「はぁい、乾杯。でも、飲みすぎちゃ駄目よ? あと、鍛えるのもほどほどにしてね パパ♡」

「もーわかってるよママ♡」


 っカぁーーーーーッ聞いちゃいないよこの万年ラブラブ夫婦がっ!! 

よそでやってくんない!?

 て言うか普段から筋トレバカで、ガチムチな肉体しといていつも大口豪快に向けて開けてガハガハ笑うくせして何なんだこんな時ばっか母さんの前でしおらしくなりやがって! 息子がこんな悲惨な被害に遭っているというのによくもまぁのうのうと!!!!

 くそー!!!! この世に神も仏もない!!!!! ちくしょうっ!!




 

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