第2話 初めての能力

「め、メイドさん」


「はい」


 俺の勢いに少し気圧され吟味で、お人形さんみたいなメイドさんは

 壁際に追い込まれながら


「ち、近いので、離れてくださると」


「あ、ああ。ごめんなさい。

 本物のメイドさんを初めてみたから」


「そ、うですか。

 お世話掛なので、旦那さまのお手伝いをさせていただきます」


「それって、専属メイド様?」


「さ、様はおやめ下さい」


 と、慌てるメイドさんの長いまつ毛が伏せられて


「たまらんねぇ」


「は、はい」


 返事をしてくれるくらいに健気だ。

 メイドさんとコミュニケーションを取るのはまた後で。

 俺は、メイドカフェでも積極的に話しかけてこないメイドさんにはあまり踏み込まない善良なお客だったのだ。

 同士たちは、そんな借りて来た猫みたいなメイドさんと仲良くなるのが通だ。

 なんて言っていたが、嫌がることはしたくない主義なのだ。


「とりあえず、俺の転移でも調べるか」


 説明もない世界で、このスキル? ジョブ? にも勿論説明文なんてない。

 手探りで調べていくしかないのだろう。


「お手伝いします」


 と、両手をムン! と捲り上げて


「ああ、ごめんね。別に何かするわけじゃないから。

 あ、そうだ。そこの椅子を引いてて」


 俺は、ベッドに腰掛けてから、メイドさんが机から離してくれた椅子に転移しようと念じる。


「転移、転移、転移、転移!!

 はぁーーー!!」


 なんて力を入れてみるが。


「ひぅ」


 と、メイドさんを驚かせるだけの結果になる。


「ご、ごめん!」


「い、え。大丈夫です。ごめんなさい」


「じゃあ、もう一回」


 念じても、叫んでもダメであれば。

 イメージだ。俺は、そこの椅子に座っている!

 と、ぼやぁっと視界が揺れて


「成功ですね、旦那さま」


 と、俺の背後からメイドさんの声が聞こえてくる。


 目を開いて、正面には座っていたはずのベッドがあって

 俺は、今確かにメイドさんが移動させた椅子の上に座っていた。


 いや、「転移」したのだ。


「イメージか。

 転移って、よくわからんが」


「おめでとうございます。

 旦那さま。異能(スキル)を使うとお腹が減ると伺っております。

 お食事をご用意して参りますが、いかがしますか?」


 グーと、お腹が鳴って


「そうか。能力を使えば腹が減るのか。

 知らなかったな。お願いしていいですか?」


「はい。お任せください」


 メイドさんは、一礼してから部屋を出て行った。


「それにしても、可愛いメイドさんだな。

 どの動作を切り取っても一流だ」


 そう呟いて。

 カメラを持っていれば、撮影大会を開きたいくらいだった。

 それくらい、俺は彼女に一目惚れをしていた。


 もしかしなくても、彼女は愛の女神で間違いないだろう。


「しかし、カメラか。荷物がなにもない。

 着替えもないのか」


 あまり、メイドさんの前で汚い格好はしたくないものだが、

 明日も同じ服を着ないといけないのかと、考えると少しだけ憂鬱だった。


「イメージで転移か。

 日本に戻れたりして」


 と、俺はルッタちゃんを思い出す。

 しかし、本物のメイドさんをみた後だからなのか、ルッタちゃんの記憶が薄れていた。


 はっきりと思い出せる場所に変更し、イメージを確立させる。


 薄い布団のベッド。適当な長机にのせたディスプレイ。中古のデスクトップパソコン。脱ぎ捨てられたズボンが散乱している俺の部屋。


「あ、いける。イケそうだ!」


 俺は自分の部屋のいつもの椅子に座っているイメージがはっきりできて


「はぅ!!」


 気がついたら、俺は小綺麗な異世界の部屋ではなくて

 俺の部屋にいた。


「成功か。

 二回連続成功なんて、俺ってば凄い??」


 他に召喚された人たちには悪いが、俺は一人で日本に戻って来た。

 なんて、優越感に浸っていたが。


 幼馴染の3人は異世界にいるままなのだ。

 俺だけが離脱してしまって、罪悪感が湧いた。


「と、言ってもなぁ。

 向こうの世界のイメージなんてないしな」


 数十分前の出来事だが。

 どれだけ印象が強い体験でも、そこに俺がいるイメージができないと転移できない。

 部屋の作りも、城にも印象はあるが、イメージができない。 

 つまり、もう異世界には行けないのだ。


「まぁ、いっか」


 考えても今は仕方がない。と、俺はパソコンの電源をつけて。

 そういえば、【ニャン娘カフェ】に置いて来た俺の荷物はどうしただろうか。


 この部屋には固定電話はなくて、携帯がない今カフェに連絡を取る手段はない。


 秋葉原に行くにも、移動するにはお金がかかる。歩ける距離ではあるが、この時間からだと陽が落ちても辿り着かないだろう。


「仕方がない。

 明日にするか」


 と、ネット巡回を始める。

 俺たち、たくさんの人間が異世界に召喚されたとして、突然現実世界から居なくなったはずだ。

 話題になっているかと思ったが、SNSにも何も書き込まれていない。


「そんなに、時間が経ってないからか?」


 時計を見て、戻って来て、もうすぐ30分程経つな。

 なんて思っていた瞬間だった。


 お腹がふわっとする浮遊感。先ほど経験した召喚と同じような経験で


 俺は、異世界に戻って来ていた。

 先の部屋、椅子に座った状態で俺はそこに居た。


 先ほどと違う点と言えば、

 俺の目の前には、金髪碧眼完璧美少女メイドさんが涙目になって立っていたこと。


 スカートには埃がついていたり、服が捲れ上がったりして、ドジっ子属性か?

 なんて思うが、部屋の所々が半開きになったり、ベッドの位置が移動していたりして、俺を探していたのだろうと推測できた。


「ご、ごめん」


「ど、どこに。

 行かれていたのでしょうか」


「地球」


「ち、きゅう?」


「元の世界さ。でも、いきなりこっちに戻って来た。

 どうしてだろう、制限時間でもあるのかな?」


「戻って来てくれて助かりましたぁ」


 胸を撫で下ろすメイドさん。

 涙を拭ってから


「お食事をご用意させていただきましたが、

 もう冷えてしまっていますね。申し訳ありません」


「いや、俺が悪いじゃん。これ」


 地球に戻って、異世界のことを忘れて生活しようとしていた自分が恥ずかしい。

 載せて来たのか、カートがそこにあって。それに載せて外に出ようとするメイドさんを引き止めて


「ごめんごめん。実はかなりお腹が減ってるから、それ食べるから!」


「ひ、冷えたものをお召しになるのは」


「え? 普通じゃん。

 いいからいいから」


 と、強引にカートを引き取ってから椅子に戻って食べ始める。


 メイドさんは、怖がって壁際に張り付くように俺を警戒心一杯で見て

 居心地が少しだけ悪かった。

 


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