第4話 行かないでほしい

 だ、だめだ気まずい。


 未来の影井(仮)のせいで--おかげで影井と一緒に帰宅することになったわけだが、ただでさえ女子が苦手な俺が初めて一緒に下校する相手が学校一の美少女である影井っていうのは流石にハードルが高すぎたのではないだろうか。


「ねぇ、なんで一緒に帰ろうって声かけてくれたの?」

「そ、それは……」


 言えない、未来の影井(仮)に言われて声をかけたなんて絶対に言えない。

 そんなことを口走ったら間違いなく頭がおかしい奴だと思われて嫌われてしまう。


 もうこうなったら、未来の影井(仮)の口車に完全に乗せられてしまった方が楽なのではないだろうか。

 未来の影井(仮)の言うことが正しかったとしたら、影井は俺のことが大好きなはず。


 それならヒヨる必要なんて無い。


「か、影井と一緒に帰りたいと思ったから」

「な、なんで?」

「前からずっと……影井のこと見てたから」

「--っ」


 未来の影井(仮)の口車に乗せられた上で、まだ告白しないというのだからどれだけ小心者なのだろうか。


 とはいえ、俺なりに勇気は出したつもりだ。

 俺の発言に対して、影井は顔を背けている。


「どうかした?」

「な、なんでもないよ⁉︎ ま、まさかド直球にそんなこと伝えられるとは思ってなかったから……」


 心なしか影井の顔が赤くなっている気がする。これはまさか、本当に影井は俺のことが好きなんじゃないか‼︎ いける‼︎


 勢いそのままに、俺は影井に抱きついてみた。


「ちょ、しゅ、秋くっ⁉︎」

「ごめん。明日航也先輩に呼び出されてるって話聞こえちゃったんだけど……。行かないでほしい」

「……え?」

「今伝えたいことはそれだけだから。それじゃ」


 影井に抱きついて、言いたいことだけ言い放った俺は駆け足で帰宅した。

 

 あまりにも大胆なことをしすぎただろうか。

 これじゃあ気持ち悪いって思われても仕方ない。


 あー、なんでこんな気持ち悪い行動取っちまったんだろ。


 そう後悔しながらも、俺の心にかかっていたモヤはなくなり、澄み渡るように晴れきっていた。






 うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼︎‼︎‼︎‼︎

 なんてことをしてしまったんだ俺は‼︎


 自宅に到着した俺は寝転がってベッドを右往左往していた。


 ま、まさか俺から影井に抱きつくなんてどうしたんだよ俺そんな大胆な奴じゃなかっだろ⁉︎


 完全に気持ち悪い奴って思われたよな俺。これじゃあ告白はおろか普通に会話することだってままならないかもしれない。


 ウダウダと考え込んでいると、急にグーで小突かれたような感覚が頭に走った。


「イッテ」

「うわっ。昔の俺ってこんなに辛気臭い顔してたっけか。そりゃモテないし女子も苦手になるわな」

「は? 誰だよアンタ--ってそ、その顔はまさか、未来の俺⁉︎」

「そのまさかってやつだな」


 影井のことで悩んでいる俺の後ろに突如として現れたのは、未来の俺だった。


 普通なら急に現れた男性が、未来の自分です、って言ってきたってすぐに信用できるはずもないが、すでに未来の影井(仮)には会っているので、未来の自分が来ても難なく受け入れられる。


「ま、まじか……。ってことはあの影井も本物ってことに……」

「いや、あれは影井じゃないよ」

「影井じゃない? じゃあ誰なんだよ」

「あれは俺が未来で結婚することになる京子の幼馴染で藤原って言ってな。俺が京子と結婚するのを邪魔するために影井の姿に変身して未来からやって来たんだよ」

「……なるほど」


 今の話を聞いた俺は全てを理解した。


「昔の俺なら、どういうことか分かるな?」

「分かるよ。要するに、影井は僕のことなんかこれっぽっちも好きじゃないってことだよな」

「その通りだ」


 そんなこと悟りたくはなかったが、悟ってしまったからにはよそ見するわけにはいかない。


「……うわぁぁぁあ‼︎ だとしたら俺とんでもなく恥ずかしくて気持ち悪いことしてんじゃねぇか好きでも無い男子に抱きつかれるとかどんな罰ゲームだよ俺もしかして犯罪者? 犯罪者なのか⁉︎」

「お、落ち着けって。とにかくだ。これから過去の俺がどうするかは過去の俺の勝手だが、影井が俺のことを好きじゃないのは間違いない。それだけは理解して行動しろよ。黒歴史を作りたくなきゃな」

「いやもう作ってるんですけど黒歴史」

「それじゃあ俺はもう時間だから帰るわ。後悔だけはしないようにな」

「ちょ、ちょっと待てって‼︎ そんなとんでもないことだけ言い残して……っ」


 僕の言葉には耳も傾けず、未来の俺は未来へと帰っていってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る