第9話 陶子⑧
だいぶ陽は傾き始めたがまだまだ日差しは眩しい。マンションのロビーを出ようとした時、私は今日一日差していた日傘を、マリアの家の玄関先に置き忘れたことに気づいた。
今後も暑い日が続くであろうことは予想できたので、私は日傘を取り帰りに向かった。部屋の前まで来て、インターホンを鳴らそうとした時
「はぁっ・・・、いやぁ・・・」
突然聞こえた声に、私の体は竦んだ。 玄関ドアの横にある換気窓越しに聞こえたその声は、マリアだとわかった。同時にそれが、男女間で行う行為の時に発せられる声だと言うことも・・・。
いつの間に、彼は戻ってきたのだろうと思ったが、先程気分が悪かった私は、わざと階段を使って時間をかけて降りた。その間、エレベーターを使った彼が私と行き違いになったとしても
不思議ではない。
どうしようかと思いつつ、ほんの少しの好奇心で、私は覗いてしまった・・・。
面格子がついた小さな換気窓は少し開いていて、網戸越しに先程のリビングが見えソファーの上では白い肌のマリアが、掛けられていた男物のシャツ以外はほとんど裸な状態で、艶かしい姿態を晒していた。
太腿には、長い紐のようなものが巻き付いていてその紐が動くたびにマリアは、小さな吐息を漏らしている。
早く忘れ物を回収して帰りたいのに、金縛りにあったみたいに身体は動くことが出来ず、視線だけがマリアを捉えて離さない。
数分の間が永遠のように感じられたその時
「いたいっ。もう、・・やめて」
マリアの激しい悲鳴とその後の嗚咽のような嗤いに、ようやく私は正気に戻りその場を離れることにした・・・。
いけないことをしてしまった罪悪感から、日傘は諦めることにした。
でも、目が離せなかった・・・。淫靡な行為をしながら嗤っていたマリアの目から涙が溢れていたのを・・・。
どうやって家に帰ったのか分からないほど動揺してしまった私だが、時間が経つにつれて、だんだんあれは白昼夢だったと思うことにし、また日常に戻ることにした。
心配性の絵梨には、やんわりと
''マリアには彼氏ができたらしい''
と伝えた。その後、直にマリアと連絡をとった絵梨は散々彼の惚気を聞かされたらしく
''マリアったら、やるじゃん。高校の時、あんだけ初心だったのにね。聞いてて、こっちが恥ずかしくなるようなこと話してくるんだもん。でも、幸せそうでよかった''
と安心したメールをよこした。
''本当に、あれは、幻想だったのだろうか?''
浮かんでは消え、消えては浮かぶ疑問が実在することを、その後私は身をもって知ることになる。
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