第8話 陶子⑦

 絵梨からの話で聞いてはいたが、マリアの住処はとてもじゃないが一人暮らしの女子には贅沢すぎる広さのある部屋だった。家族むけの分譲マンションの八階の部屋は、すっきりとしたインテリアでまとめられていて、壁には北欧を思わせるテキスタイルデザインのイラストが飾られていた。

 革張りのコーナーソファーに座ると、キッチンでマリアが紅茶の用意をしている。入ってすぐ違和感を感じたのは、その部屋が異様に暑かったせいだ。

 九月に入り、外はまだうだるような暑さではあるが、この部屋も異様に暑い。湿度も高めに設定してあった。ふと、視線を窓辺に移すとカーテンレールに掛けられている白いTシャツが男物だったのにも気づいた。

「マリア・・。もしかして誰かと住んでる?」

私の問いにマリアは

「バレたかー」と少し頬を赤らめる。

「ええっ。いつから?絵梨から何も聞いていないのに。どんな人?出会いは?ねぇねぇ」

高校の頃のように、はしゃいだ気分で質問すると、香りの良いアッサムティーとマカロンをトレイで運んできたマリアは、ゆっくりと話し始めた。

「彼・・・。''ヨウ''って言うんだけど。先々週の雨の日に出会ったのね。彼は表通りにの店の中にいて、私は通り沿いで傘も持たずに雨に降られていて少しへこんでいたんだ・・・。でも、彼そんな私を優しく見つめて''コッチニクル?''って呼ばれたの。それが出会い」

合コンとか、知り合いの紹介とかを想像していた私は少し面食らったが、お構いなしにマリアの話は続いた。

「彼、人見知りがひどくていつも私ばかりが喋っていたけど、静かに聞いてくれた。私もこんなこと初めての経験だから、お互い歩み寄るまでは時間がかかったけど少しづつ少しづつ彼を知っていくことが幸せ、悦びに変わっていくっていうの?研ちゃんの時とはまるで違う、身体の奥底から感じる・・・うーん湧き上がるって感じ。彼に噛まれているともうどうでもよくなって深い底に堕ちていく感じ・・・」

「噛まれる?!」思わず、声のボリュームが高くなった私に、マリアはいたずらに人差し指を唇に当てる。

「何も、ハグやキスだけが愛情の表現じゃないでしょう?私恥ずかしい話あまり''そういうこと''に疎いままきたけど、この歳になってすごく自分の内なる欲望に目覚めたというか、解放されたというか・・・。私、今快楽に溺れていると思う・・・」

マリアの話は、その後も澱みなく続いたが、紅茶が冷めるのと並行して私のテンションも沈んでいった。湿度が高い部屋は、蒸していて気分が悪くなったので、無理する前に帰宅することにした。

「本当は、ヨウとも会ってほしかったんだけど・・・」

マリアは残念そうに言ったが

「また、予定を合わせればいつでも会えるし。今日は、いきなりだったから・・・。今度、絵梨も含めて紹介して、またね」

それだけ言うと、私はマリアの家を出た。玄関のドアを閉めると、通路から心地の良い風が吹いてきて、少し気分がほぐれた。

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