第35話

「あ〜あ、お勉強に飽きちゃった〜」


 知っていたことであるが、ヒメコは勉強がけっこう嫌いだ。


「さっきの休憩から、まだ15分しか経っていないよ」

「でも、無理なものは無理〜。全身が強い倦怠感に包まれるの〜。私って病気かもしれない〜。生まれつきバカな子なのかな〜」


 お気に入りのクッションを抱きしめると、赤ちゃんみたいにゴロゴロしている。

 ミチルもいったんペンを置き、腕組みして考えた。


 VTuberをやっているから証明済みであるが、ヒメコって頭が悪いわけでも、根気がないわけでもない。

 むしろ、継続するという意味では抜きん出た才能を持っている。


 好きなことには、とことん熱中する。

 やりたくないことは、全力で回避する。

 その二面性が極端なのだろう。


 変なところが小学生なんだよな、と思ったミチルは、カフェオレを飲みつつ一息つく。


 どうやったらヒメコを本気にさせられるのだろうか。

 このままのペースで勉強を続けていたら99%追試が待っている、というのがミチルの見立てだ。

 家庭教師を請け負った手前、それだけは避けたいところ。


 ヒメコの性格上、プレッシャーを与えるのは逆効果。

 もっとこう、内面からモチベーションを高めないと。


 ミチルの悩みを知らないヒメコは楽しそうに寝返りを打つ。


「ミチルくんは勉強できて偉いね〜」

「俺にいわせると、本当に勉強が好きな人間なんて、この世に0.1%もいないよ。親のプレッシャーに負けたか、他に趣味がないとかで、消去法的にやっているに過ぎない。ゲーム、漫画、アニメ、ネットサーフィン、どれも楽しいけれども、それがないと生きていけない、てくらい熱狂しているわけじゃないんだ。だから勉強するための時間が生まれる」

「そうなんだ〜。ミチルくんにとって、イルミナの配信は?」

「それは別。あれがないと太陽を失った気分になる」

「くっくっく……」


 消しゴムを手の中で転がしていたミチルは、とある可能性に思い当たり、ノートの隅っこに『15』と書き込んだ。


「ヒメコちゃん、もう5分休んだよ。再開しよっか」


 口にチョコレートを突っ込んであげると、ヒメコはロボットみたいに『うぃぃぃ〜ん』と声を出しながら起き上がった。

 問題に取りかかり、ちょうど3問解いたところで、集中力がぷっつり途切れてしまう。


「あ〜、やだやだ〜。高校の数学って難しいもん。ヒメコが大人になっても、こんな知識、絶対に役に立たないし〜」


 ミチルはノートの隅に『15』を書き加える。

 これはヒメコが連続稼働できていた時間だ。

 サンプル数が少ないので、断言するには早すぎるが、きっとヒメコの集中は15分しか続かない。


 逆に考えてみよう。

 15分勉強する、5分休憩する、また15分勉強する、また5分休憩する……これをループさせると、1時間につき45分勉強できる計算にならないか。


 ミチルは手元のスマホで時間をはかった。

 ちょうど5分経ったタイミングで、今度はチョコチップクッキーをヒメコに食べさせる。


「お、このクッキーおいしい。よっしゃ! 完全復活なのです!」


 ヒメコがまたペンを握る。

 威勢が良かったのは最初の5分だけで、10分経つころには明らかにペースダウンし、ちょうど15分で動きがフリーズした。


「もう無理……頭がパンクしそう……テストを病欠したら、追試を回避できないかな〜」

「それは問答無用で追試だよね」

「はぎゅ〜」


 床に転がって脚をバタバタさせている。

 ヒメコの成果をチェックすべく、ミチルはノートを引き寄せた。

 間違っている箇所には、ミチルなりの暗記方法を添えておく。


 すごいよ、上出来だよ。

 褒めコメントも忘れない。


「ねぇねぇ、ミチルくん」

「ん?」


 ヒメコはスカートのすそをつかむと、ショーツがギリギリ見えるか見えないかの位置まで引っ張り上げた。

 白い太ももの眩しさに、ミチルの目がくらむ。


「悩殺ポーズなのです」

「ごふっ⁉︎」


 油断していたせいで思いっきりせたミチルは、自分の胸ぐらを繰り返し叩いた。


「どう? 興奮した?」

「君はおもしろいことを考えるね」

「制服って謎の魅力があるでしょ〜。ヒメコは女の子だけど、女子の制服にフェチズムを感じるタイプなんだ〜」


 申し訳ないけれども、ヒメコはロリコン体型だから、マセガキのいたずらとしか思えない。

 率直な感想を伝えると、ひど〜い! と叫んだヒメコが勉強をリスタートさせる。


「別にいいもん! 次のテスト、ミチルくんに勝っちゃうから!」

「はぁ? 俺に? それ、本気でいってる?」

「もしヒメコが勝ったら、何でもいうこと聞いてもらうから!」


 鼻先にペンを突きつけられたミチルは、降参するように手を上げる。


「俺に勝つってことは、平均点で85点は取るってことだよ。君が不正しても無理だと思うけどな。もし俺が負けたら、頭髪をホームベースの形に刈ってもいいよ。負けるなんてありえないからね」

「ごごごご……絶対に許すまじ……」

「まあ、2週間したら順位の差がはっきりするね」


 かなりきつけたせいか、今回はペンの動きが速い。

 しかし、15分ぴったりで倒れるのが神木場ヒメコという女の子だ。


「ヤバい……頭の中で数字がグルグル回っている……気持ち悪くなってきた」

「脳みそが記憶に定着させようとがんばっているのかもね。少し過眠してから、もう一回同じ問題を解いてみなよ。今度はちゃんと正解できるはずだからさ」

「ふ〜ん……ヒメコが眠った隙に、いたずらする気かしら?」

「ヒメコちゃんがいうと、セクシーさの欠片もないんだよな」

「ひど〜い!」


 飛んできた消しゴムがミチルの脳天にヒットする。


「次のテスト、絶対にミチルくんに勝つ!」

「いったな。俺がヒメコちゃんに勝ったら、逆に願いを聞いてもらうよ」

「ふん、いいよ。キスしたいでも、おっぱいに触りたいでも、何でもいってみなさい」

「はいはい……」


 本当に小学生だよなと思いつつ、ミチルは勉強の続きに取りかかった。

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