第34話

 ヒメコにとって最大のピンチ。

 定期テストのシーズンがやってきた。


『どうしよう、ミチルくん! 今回は本格的にヤバいよ!』


 お昼休みにメッセージが送られてきたので、珍しいと思ってチェックしたら、泣き言だったのでクスリと笑ってしまう。


 ミチルの高校は赤点を取ると、補習と追試が待っている。

 赤点ラインは一律45点に設定されており、どの科目も最低1人は引っかかる、多いと7人くらい追試行きになるイメージだ。

 つまり、甘くはない。


 ヒメコは1年の時、3回も追試を食らったことがあるから、準レギュラーメンバーと呼んでも差し支えない。

 面倒臭さは骨身に染みているだろう。


 ミチルにとっても他人事じゃない。

 イルミナ=イザナのSNSには、


『里帰りするから、今日から配信頻度が落ちま〜す! 信者たちも、たまには親元に顔を出しなさいよ! 復帰したらバリバリ配信しますね!』


 という内容が投稿されているのだ。

 里帰りするというのは嘘で、ファンたちを心配させないための方便である。


 もちろんファンは優しいから、

『復帰、待っています!』

『英気を養ってね〜』

『俺も里帰りするか』

 みたいなリプライが寄せられている。


 赤点を取る、追試になる、ますます配信の頻度が下がる、この3段コンボは全力で回避したいところ。

 イルミナ=イザナの配信が止まるとミチルだって楽しみが減ってしまう。


 テストまで残り1週間か。

 自慢じゃないが、帰宅部ゆえに時間がたっぷりあるミチルは、学力面でクラスの上位3人には入っており、定期テストは得意な方だ。

 普段からコンスタントに復習しており、テストに向けた貯金はたっぷりある。


 ヒメコをフォローできるかもしれない。

 そう考えた結果、


『俺が勉強を手伝ってあげようか。どの問題がテストに出るとか、俺なりの傾向と対策を伝授できると思う。一緒に赤点を回避しよう』


 とメッセージ送信した。


 スマホを見たヒメコがニカッとほほ笑む。

 ミチルからも手でOKサインを送る。


 これもカップルの共同作業というやつだ。


 問題なのは勉強場所だろう。

 普通なら図書室で勉強しよう、となる。


 しかし、ミチルとヒメコが付き合っているのは極秘。

 よってヒメコの家にお邪魔させてもらうことにした。


『私の家の近くにあるコンビニ、わかるかな? あそこで飲食物を調達しましょう。今日はコンビニ待ち合わせでお願いします』


『りょ〜かい。じゃあ、また放課後』


 ヒメコと一緒に勉強か。

 想像しただけでワクワクする。

 ミチルだって1人で勉強するより2人の方が楽しい。


 放課後、スキップするような足取りでコンビニへ向かったミチルは、店内をぐるっと一周してみた。

 お菓子コーナーのところでヒメコに声をかける。


「待たせたね」

「あ、ミチルくん」


 買い物カゴを見てびっくり。

 コーラにオレンジジュースに飲むヨーグルトにカフェラテにミクルティー。

 ドリンク類が山盛りなのだ。


「私って勉強するとき砂糖の入ったジュースが必須で。漫画を読むだけなら、ストレートの紅茶で事足りるんだけれども、勉強をやるときは別なの」

「いや、わかるよ、糖分を欲するよね、脳みそが」


 ミチルは貧乏性ってほどじゃないが、コンビニよりスーパー派だ。

 コーラはスーパーなら88円、でもコンビニだと160円。

 オレンジジュースもスーパーなら98円、でもコンビニだと150円する。

 ほぼすべての商品がコンビニは割高に設定されている。


 ヒメコって値札とか気にしないタイプか。

 まあ、お嬢様っぽいし、コンビニだって店長の生活がかかっているし……。

 適当に言い訳を並べつつ、この現実を受け入れることにした。


 ヒメコはカゴを持ち上げようとして、あまりの重さにフラついたから、ミチルがとっさに支えてあげる。


「あ、ごめん……」

「いや、平気」


 腰に触れてしまった。

 頬がジンジンするのは、コンビニというシチュエーションのせいか。


「ミチルくんも欲しいやつを選んで。一緒にお会計しよ」

「うん」


 チョコとかガムも買ってレジへ向かったら、お会計は驚きの3,000円オーバー。

 さすがに量を減らした方がいいんじゃ……とミチルは思ったが、ヒメコはさっさと財布を開く。


「デビットカードで払います」


 財布から金ピカのカードを出す姿が格好いい。


「ダメだよ! 俺の分は俺が払うよ!」

「いいから、いいから、家庭教師代なのです。ジュースも半分はミチルくんが飲んでいいから」

「しかし……」


 弱ったな。

 ヒメコはVTuberをやっているから、自分の口座に入っているお金は自力で稼いだやつだ。

 何を買おうがヒメコの自由だし、ミチルが文句をつけるのはお門違い。


 それに家庭教師代という口実まである。

 ミチルはやれやれと首を振ってから、3,000円オーバーの商品が入った袋を受け取った。


 ずっしりと重い。

 ヒメコが赤点を取ったら、半分はミチルの責任だろう。


「私が小さいころ、お菓子はもっと安かったんだけどな。ここ数年で値上がりしちゃったよね」

「そうそう。ステルス値上げとかいって、料金はそのままでも容量が減っちゃうパターンが流行ったよね」

「だよね〜。紙パックのジュースでも900mlだったり。あれ、1,000mlじゃないんだ、みたいな」

「わかるな。ペットボトルも一律500mlだった気がするけれども、475mlとか440mlとか中途半端なサイズが増えたよね」


 他愛のない話をしながらヒメコの家へ向かった。

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