第33話

 ヒメコと映画を観た。

 漫画が原作のラブストーリーで、いま人気の若手俳優を起用したやつだ。


 口コミレビューには目を通していないが、原作の良さを残しつつ、ちゃんと1時間40分に収めていたから、きっと評価は高いだろう。

 制作スタッフのモチベーションの高い低いは、素人目でもわかったりする。


 あと、音楽が良かった。

 ミチルの琴線きんせんに触れてきたから、誰が手がけているのかと思いきや、エンドロールには好きなアーティストの名前があった。

 一粒で二度おいしい気分である。


「想像より良かったね〜。ラストシーンなんて、私、普通に泣いちゃったし」


 ミルクコーヒーのカップを手で包んだヒメコの目尻は、ほんのり赤い。


「そうだね。原作を知っているから、結末はわかっていたけれども、胸にくるものがあるよね。期待以上のクオリティだったよ。原作者も原作ファンも満足じゃないかな」


 ミチルはミルクコーヒーを口まで運びつつ賛同する。


 ここはモール内のカフェである。

 飲み物とは別にチーズケーキを1個注文しており、2人でチマチマ食べている。


「チョコレートの部分、イザナちゃんが食べなよ」

「いいの⁉︎」


 チョコレートというのは、チェーン店の名前が印字された板チョコのことだ。

 フォークの先っぽで器用に絡めとると、ヒメコはポリポリ音を鳴らして頬張った。


「ケーキにのっているこういうチョコ、大好きなんだ。少量でも満足感があるから」

「わかる気がする。明らかに純度の高いチョコを使用しているよね」

「そうそう。このチョコだけをまとめ買いしたい」


 その発想はなかったな、と思ったミチルは苦笑いしておく。


 知っていたが、ヒメコは漫画全般に詳しい。

 少年漫画だろうが、少女漫画だろうが、青年漫画だろうが、メジャーなタイトルは一通り押さえている感じ。


 血みどろの戦記物とか、街の闇金を題材にした作品も知っていたので、ミチルは舌を巻いた。


「ああいうのって、大人の男性がターゲット層だよね。女子高生が読むには、グロ要素が強いだろう」

「私はおもしろいと思ったよ。さすがにマージャンを題材にした作品は読んだことないかな。あと、デスゲーム物。殺人ゲームの世界に閉じ込められるタイプの話は苦手かも」

「わかる気がする。デスゲームって、最初の5巻くらいは一気読みしちゃうけれども、世界の謎が判明するにつれて興醒めしてくるタイプが多いよな」

「そうそう。冒頭がスリリングな代償として、反動がガクッときちゃうよね。主人公とヒロインに罪はないけれども」


 お互いの意見が一致するのは、無条件で嬉しかったりする。

 他にヒメコが苦手なのは、虫が人間に寄生してくるタイプとか、人間がバケモノにむさぼり食われるような、ダーク寄りのハードボイルド作品らしい。


 ミルクコーヒーを半分ほど飲んだときだ。


「あれ? 坂木じゃね?」


 店の外から声がしたので通路の方を向くと、1年の時にクラスメイトだった男子2人組がいた。

 スポーツメーカーのロゴが印刷された袋を提げているから、スポーツ用品店で買い物してきた帰りっぽい。


 ヒメコがとっさに顔を伏せる。

 ミチルも口をパクパクさせてしまう。


 しまった。

 明らかに油断していた。


 ミチルが盛大に目を泳がせていると、そっちの女の子は? とストレートに質問される。

 彼女なのか? とかれなかったのは、ヒメコが童顔すぎて高校生に見えないせいだろう。


「こっちは親戚の子。イザナちゃんといって、買い物に付き合ってあげている」


 用意していたセリフを告げる。


「どうも……」


 ヒメコがちょんと頭を下げる。

 幸いなことに彼らはVTuberに興味がないから、『イザナちゃん』から『イルミナ=イザナ』を連想しちゃう可能性はゼロだろう。


「それよりもさ、別の店で20%OFFで買ったシューズが、ここのお店だと30%OFFだったんだよ。損したわけじゃないけれども、損した気分だよな。まあ、20%OFFでもありがたかったんだけれども」

「洋服とかだと、ありそうな話だな」


 アハハと苦笑いする自分の対応を、ちょっとキモいと思ったが、違和感を植え付けるほどじゃなかったらしい。


「邪魔したな。じゃあな、坂木」

「おう、またな」


 ミチルはほっと胸をなで下ろす。

 するとヒメコが妙に熱っぽい視線を向けてきた。


「どうしたの?」

「さっきの会話、なんかいい。爽やかな男の子っぽくて」

「さっきの会話?」


『じゃあな、坂木』『おう、またな』のやり取りのことか。


「いや、普通だと思うけれども……」

「少年漫画のワンシーンみたいでいい! 私も男に生まれたら、ああいうのやりたい!」

「男に生まれたらって……」


 女の子らしさ100%のヒメコの口から、思いがけない言葉が出たせいで、ミチルはぷっと吹き出す。


「イザナちゃんでも、そんな妄想するんだ?」

「えぇ……ダメかな? そんなに変?」

「ダメではないけれども」


 ミチルの笑いが止まらないせいで、ヒメコがふくれっ面になる。


「ごめん、ごめん」

「でも、本当だよ。一度でいいから銭湯の男湯に入ってみたい。あと、男性がトイレする時の感覚を知りたい。これはちょっと違うかもだけれども、修学旅行の夜とか、男子がどんな話をするのか気になる」

「修学旅行の夜か。そりゃ、クラスメイトの噂とか、どの女の子がかわいいとか、ありふれた内容だよ」

「それそれ。ありふれた感じがいいの」


 そんなものかな、と納得したミチルは、ミルクコーヒーの残りを飲み干した。

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