第31話

 2人がいいムードになるのに技術なんて必要なかった。

 そっと手をつなげば仲良しカップルのできあがり。


 提案してきたのはヒメコの方である。

 ミチルの手は火傷やけどしたみたいに熱くなって、これじゃ気持ちが筒抜けかと思うと、恥ずかしさの無限ループに落とされる。


 ヒメコの手って思ったよりも冷たい。

 そもそも平熱が低いのだろうか。


 体の一部に触れているせいか、いつもより余計なことまで想像してしまう。


「坂木くんの手、おっきいな〜。なんか格好いいな〜」


 そんなことない。

 ミチルの手は男子の平均か、下手したらそれ以下。

 ヒメコの手が小さすぎるだけ。


 頭では理解しているはずなのに嬉しい気持ちが表情に出てしまう。

 一方的に褒められるのはアンフェアな気がして、ヒメコの良い点も探してみた。


「そういう神木場さんだって、今日の服装はかわいい。アニメのキャラクターみたい。制服とは違った良さがある」

「そうかな?」


 ミチルが指さしたのはハンチング帽。

 一般的におじさんのアイテム、それも職人さんや雑誌のライターが好みそうなイメージだが、ヒメコには不思議と似合っている。

 少女探偵みたい、といえば伝わるか。

 

「知的な感じがする。あと、全体的に明るい。学校にいるときの神木場さんは、いつも前髪で片目を隠しているだろう。カクレメも影がありそうな感じで似合っているけれども、ちゃんと両目が見えていると、親近感があってまったく別の女の子みたい。俺としては二度美味しい気分だよ」

「あはは……学校では陰キャだからね」


 もちろん、ヒメコの陰キャは偽装とかファッションに近いから、根っからの陰キャとはちょっと違う。


「手をつなぐと楽しいね」

「言葉にされると恥ずかしいな」


 ミチルは予習をばっちり済ませているから、ヒメコの歩幅に合わせるのも抜かりない。


 この後の予定は映画を観て、軽くお茶して、買い物して、という流れ。

 でも、映画の時間まで余裕があるから、チケットだけ取得してお店を回ることにした。


 ここはショッピングモールだから家族連れの姿が目につくけれども、中にはミチルと同じ年頃のカップルもいる。


 自分たちもああ見えるのか。

 いや、ヒメコは小さいから中学生カップルと間違われるかも。

 そんな心配をしているのはミチルだけらしく、ヒメコは呑気に鼻歌を歌っている。


 神木場さん、と呼びかけてからハッとする。


 待てよ、これじゃカモフラージュの意味がない。

 知り合いに見つかったら、中身が神木場ヒメコだと一発でバレるだろう。

 すると月曜日に『坂木と神木場がデートしていた!』という噂が広まるのは不可避。


 いかん、いかん。

 神木場さんはNGワード決定だな。


 ヒメコさん?

 その呼び方もリスクが大きい。


「互いの呼び方なのだけれども……」


 ヒメコも完全に失念していたらしく、あっ、と声を出している。


「偽名にする? でも、それだとお互いやりにくいよな。今日限りのニックネームを採用するとか、念には念を入れた方がいいと思うんだ」

「う〜ん、そうだな〜、ニックネームか……」

「俺的にはイルミナ様と呼びたいけれども、さすがに様付けはなぁ」

「あはは……君主と家来みたいだね」


 ヒメコはあごに人差し指を添えたのち、


「じゃあ、こうしましょう」


 パチンと指を鳴らした。


「今日の私はイザナちゃんになる。それなら坂木くんも覚えやすいでしょう」

「イザナちゃん⁉︎」


 嬉しさとパニックがない混ぜになり、喉からひゅっと変な声が出た。


「むしろ、呼んでいいの? イルミナ様のブランドに傷がつかない? 設定だとイルミナ=イザナは高位の魔導士だろう」

「なにそれ。呼んでいいよ。私が考えたんだし。傷なんてつかないよ」


 イザナちゃん、イザナちゃん、イザナちゃん。

 練習がてら3回呼んでみると、ヒメコは優しくほほ笑んだ。


「じゃあ、私はミチルくんにしよう」

「下の名前か。なんか違和感があるな。カッキーとか、別のにしない?」

「ダ〜メ。恋人なんだし。むしろ、積極的に下の名前で呼び合うべきだよ。この瞬間からミチルくんに決定」


 控えめなヒメコもかわいいが、ゴリゴリ押してくるヒメコもかわいいので、あっさり首肯してしまう。


「ミチルくん、ミチルくん、ミチルくん」

「楽しそうだね、イザナちゃん」

「うん、とっても」


 スキップするように歩くヒメコを見ていると、理想の妹ができたような錯覚がして、つないだ手にそっと力を込めておいた。

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