第30話
ヒメコと付き合って初めての週末。
ミチルはショッピングモールのベンチで手荷物をチェックしていた。
ハンカチはきれい。
スマホの充電は99%。
カバンに折り畳み傘も入っている。
これから人生初デートかと思うと、受験以来の緊張感が湧いてきて、意味もなく前髪をいじくってしまう。
提案してきたのはヒメコの方。
週末の買い物に付き合ってほしい、と。
それってデートなのかな? とミチルが問いかけると、
『デートなんて言い方されると恥ずかしいけれども、定義としてはデートになっちゃうよね〜』
なんて笑っていた。
ヒメコの家にお邪魔する時もドキドキしたが、あれは勢いで入っちゃった部分もあるし、テンションの高さという意味では今回の方が上だったりする。
デートスポットまで2人で一緒に移動する、という案もあった。
恋人っぽく現地で待ち合わせしたい!
そんなヒメコの希望により、ミチルは1人でやってきたわけである。
デートにおける最初のイベントは『着いたよ』連絡だろう。
しかし問題が発生、約束より40分も早い。
我ながらバカだなと呆れてしまう。
もし電車が止まっちゃったら……という可能性を考慮して早めに家を出てきたわけであるが、ミチルとヒメコの最寄駅は一緒であり、ミチルの電車が遅延するということは、ヒメコの電車も遅延しているわけで、まったく意味のない行為といえた。
後悔しても仕方ない。
とりあえずヒメコへ連絡するのは待ち合わせの15分くらい前にするか。
昨夜にチェックした『初デートで失敗しないための7つの心得』というサイトにも『15分前に到着するのが理想です』と書かれていた。
ちなみにミチルが利用しているスマホのWEBブラウザには、類似のブックマークが10個は入っている。
テストもデートも備えあれば憂いなしだ。
あと25分。
こんなこともあろうかとヒメコから借りてきたミステリー小説を持ってきている。
冒頭の数ページをパラパラとめくった時だった。
ヒメコくらいの身長の少女がやってきて、離れたところのベンチに腰かけた。
遠目にもわかるくらいの茶髪。
赤色フレームの眼鏡をかけており、ベージュ色のハンチング帽をかぶっている。
首から下は中学生が好きそうなチェック柄ワンピースとつま先が丸っこい靴。
本人かな?
胸のサイズ的に本人だよな。
茶髪なのはウィッグによる変装と思われる。
おそらく知り合いに見つかった時の保険だろう。
ミチルは小説をスマホに持ち替えた。
『約束のショッピングモールに来たけれども、俺の方が先に着いちゃったかな?』と送ってみる。
ヒメコと思われる少女がスマホをポチポチすると、すぐにミチルのスマホが揺れた。
『奇遇だね。私もさっき到着したところ』
『なぬ⁉︎ 先を越されたか⁉︎』
『タッチの差だね』
ヒメコの表情が華やぐのが、ミチルの位置からでも認識できて、かわいいなぁ、と声に出してしまう。
もう少し観察していたいと思ったミチルは、
『ごめん! ちょっとトイレに寄らせて!』
と追加で送っておいた。
するとヒメコはポシェットから手鏡を取り出した。
真剣そうな顔つきで前髪をチェックしている。
もう、無理。
身だしなみが気になるっていうのは、ミチルのことが好きっていう裏返し。
ヒメコの心情を想像すると、耳元で『かわいいよ』と100回くらい
ミチルはベンチの後ろに回り込み、肩をトントンした。
振り返ったヒメコの頬っぺたに人差し指が食い込む。
「はぅ⁉︎」
「ごめん、待たせたね」
「あれ? トイレなんじゃ……」
「それは嘘。あそこから神木場さんを観察していた」
一気に赤面したヒメコは、ハンチング帽を深くかぶって目元を隠してしまう。
「ごめん! 怒らせるつもりじゃ!」
「そうじゃなくて……」
「もしかして、人差し指が痛かった?」
「え〜と……」
ハムスターみたいな臆病さでヒメコは目をのぞかせた。
「ドキドキして……ヤバい……クールタイムなのです」
「ッ……⁉︎」
ミチル以上に緊張しているらしい。
漫画のキャラなら焦点が定まっていないシチュエーションだろう。
「だったら……」
ミチルはカバンからお茶を取り出した。
新品のペットボトルを開封して、ヒメコの手に握らせる。
「緊張したときはお茶を飲むといいってさ。常温のお茶だと、特にいいらしい」
「えっ? もらっちゃっていいの?」
「うん、そのために開封したから」
「ありがとう」
ペットボトルを両手で支えてちびちび飲むヒメコはやっぱり小動物だった。
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