第27話

 現物のドーナツを前にしたヒメコは、目をキラキラさせて、興奮のあまり「ふわあぁぁぁ〜!」みたいな鳴き声を発していた。


 机から持ってきたのはスマホ。

 カメラ機能を立ち上げて、さまざまな角度から撮りまくっている。


「限定ドーナツゲット。配信のネタに使おうっと」


 かわいいパッケージも気に入ったらしく、撮影の総枚数は軽く100を超えちゃったのではないだろうか。


 よかった、ヒメコがご満悦で。

 ドーナツ屋まで走った甲斐があったと思いつつ、ミチルは胸をなで下ろす。


「神木場さんも撮ってあげようか? ドーナツを顔の横で持ってみてよ」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」


 スマイル炸裂のヒメコを撮ってあげた。


 うん、普通にかわいい。

 写真を撮られて喜ぶところが、特にかわいい。


 今日のおすすめ紅茶はバニラの香りがついたやつ。

 ドーナツに合うよう、紅茶博士のヒメコが選んでくれたのだ。


 さっそく一口舐めてみて、ミチルは目を丸くした。

 砂糖の甘さとは違う、けれども味覚を喜ばせてくれる甘味が口いっぱいに広がったのである。


「どう? 坂木くんのお口に合うかな?」

「こんなフレーバーの紅茶、初めて飲んだよ! とってもおいしい!」

「よかった」


 こうしてヒメコと会話していると、単なる平日が特別な記念日のように思えてくるから不思議だ。


 さっそくドーナツを食べようとしたとき、フォークを持つヒメコの手が止まった。


「たしかに坂木くんのいう通りだ。キャラクターの表情はチョコレートのデコレーション。それを理解していても、このドーナツには心が宿っている気がしてきた。食べるのが可哀想とかじゃなくて、私が責任をもって食べないと、みたいな使命感が湧いてくる」

「あ、わかる? 俺って昔から動物の形したクッキーとか食べるとき、感情移入しちゃうんだよね。今回みたいに色つきだと、特にしちゃう」

「優しいんだね、坂木くんは」

「どうかな。優しいというより、想像力が人よりたくましいのかもしれない」


 ミチルは先に半分食べてしまったが、ヒメコのフォークはまだ動かない。


「神木場さん、フォークを持つ手が震えているぜ」

「だって、かわいいもん! 私の血となり肉となるのが忍びなくて……」

「生々しいな」


 ミチルが見守る中、ヒメコは「南無三!」と叫んでフォークを突き立てた。

 思いっきり目玉をえぐっちゃった気がしなくもないが、本人は犬みたいにがっついている。


「お……」

「お?」

「おいしい!」


 口の周りに粉がついちゃっているものだから、ミチルはぷっと吹き出した。

 ヒメコも口元の汚れに気づいて、慌ててゴシゴシしている。


 さっき2人が食べたのはホワイトキャラメル味。

 名前から想像するほど甘くはなく、かつ、キャラメルの味もしっかりしていた。


「私、これ、好きかも。思ったより軽い口当たりだから、もう1個食べたいくらい」

「生地の中にキャラメルクリームが入っているんだね。たしかに上品な甘さという気がする」


 次はどれを食べようか相談して、エメラルドメロン味に決めた。

 さっきのは雪だるまのキャラクターだったが、こっちは亀のキャラクターとなっている。


 ミチルはドーナツを一口サイズにカットして、ヒメコに差し出してみる。


「はい、お口あ〜ん」

「えぇ……恥ずかしいな」

「神木場さんを餌づけしたい」

「なにそれ? ペットみたいな感じ?」

「うん、神木場さんって小動物みたいなところあるから。意外とすばしっこいし」

「はぅ……バレてましたか」


 照れつつドーナツに食らいついたヒメコは、


「おっいし〜!」


 と笑って頬っぺたに手を添えた。


「リアクションが小学生みたいだね」

「まあ、私の頭ってガチンチョだから。それに子どもっぽく生きた方が楽しいもん。世の中の大人って、大半がつまらなそうに生きているでしょ」

「一理あるかも。神木場さんがいうと説得力があるな」


 子どもっぽく生きた方が楽しい。

 それは悪くないアイディアに思えた。

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