第26話

 学校からの帰りがけ。

 メッセージの着信に気づいたミチルは、赤信号を待つあいだに内容をチェックした。


『坂木くんに1つお願いしたいことがあるのだけれども……』


 ドーナツを買ってきてほしい、というヒメコからの依頼だった。

 有名なドーナツ屋でキャンペーンをやっており、キャラクターの顔を模したドーナツが期間限定で発売中らしい。


 さらに対象商品を買ったお客さんには、ドーナツ1つにつきステッカー1枚をプレゼントしているそうだ。

 16種類あるステッカーは個包装されており、開封するまで中身はわからない仕様となっている。


『これ、私の好きなゲームのキャラクターなの! さっきネットで調べたら、都心部のお店ではステッカーがなくなる店舗も出てきているって書き込みが目について! お金は後で払うから買ってきてくれないかな⁉︎』


 流行りものに飛びついちゃうのがVTuberのヒメコらしい。

 イルミナ=イザナは配信中、お菓子の新商品について語るのが好きだから、今回のドーナツも話のネタにしたいのだろう。


 もしや、これは……。

 推しのVTuberを直接応援するチャンスなのでは⁉︎


 大喜びするヒメコの顔を想像したミチルは、その場でUターンして、黄色い看板が目印のドーナツ屋までダッシュした。


「いらっしゃいませ〜」


 ふとカウンターの前で悩むことになる。

 限定ドーナツは5種類あって、フレーバーは右から順に、レッドチェリー、ダークチョコレート、ホワイトキャラメル、イエローパンプキン、エメラルドメロンとなっている。


 何個欲しいのか、聞いていないのだ。

 5種類あるから1個ずつ買うのが無難だろうか。

 でも、ステッカーは16種類あるから、もっと大量に買うべきだろうか。


 スタッフのお姉さんにステッカーの残数を訊いてみたら、当店はまだまだ余裕がありますよ、と教えてくれた。

 ミチルが決断できないでいると、小さな子どもを連れたお母さんがやってきて、


「どれ食べたい?」

「全部食べたい!」

「え〜、1個にしなさいよ」

「やだやだやだ!」

「ダ〜メ」


 なんて会話を交わしている。

 だよな……ヒメコってああ見えて欲張りキャラだから、全部食べたいだろう。


「すみません、1個ずつください」


 キャラクターがプリントされた限定ボックスとステッカー5枚を手に入れたミチルは、ホクホク顔でお店を後にした。


 これでヒメコが喜ぶこと間違いなしだろう。

 少しくらい財布が傷もうが、嬉しい出費というやつだ。


 ところが、ミチルの思惑ほどストレートに物事は運ばなかった。


「え〜! ダメだよ! 私が全額出すよ! 依頼したのは私なんだし!」

「いや、しかし、俺もドーナツを半分食べるんだ。だから半分払うのが筋だと思っている」

「ダ〜メ! ステッカー目当てで買ったんだから! ステッカーは私がもらう以上、100%私が出すべきだと思う!」


 本来、ステッカーはオマケのはず。

 でも、ステッカー目当てといわれたら、本体のドーナツがオマケのような気もしてきた。


 ミチルは小学生時代を思い出す。

 当時、チョコ菓子に付いているシールを集めるのが仲間内で流行っていて、よくスーパーまで買いにいった。

 お金持ちのボンボンは20個入りのを箱買いして、シールだけ抜きとり、食べないチョコ菓子を周りに配っていたのだ。


 本人いわく『食べるのに飽きた』とのこと。

 チョコ菓子は1個あたり100kcalあるから、1箱全部を食べたら2,000kcalを超えちゃうわけで、友達に配るという選択は正しかったと思う。

 ついでにいうと、ダブったシールもくれたら、非常にありがたい存在だった。


 でもなぁ……。

 人として正しくない気がするんだよなぁ……。


 今日ドーナツ屋で見かけた子どもは、5個買ってもらったのだろうか。


 おそらく1個だろう。

 その1個を大切に食べる。


 ミチルはキャラクターの顔を模したドーナツを見つめた。

 お金で買える商品なんだし、売れ残ったら廃棄はいきされるドーナツと理解していても、1%くらい心が宿っているような気がした。


 彼らは0円なんかじゃない。

 だから、ミチルも払うべきだ。


 長々としたミチルの主張に耳を傾けたヒメコは口元に手を添えてお上品に笑う。


「坂木くんって不思議だね。ドーナツに感情移入しちゃうなんて。まいったな。その理屈だと、2人で折半せっぱんしないとドーナツに失礼だよね。でも、デリバリー代ということで、私が多めに払うから」

「デリバリー代なら仕方ないな」


 けっきょく、3分の2をヒメコが払い、3分の1をミチルが払うことになった。


 うまく丸め込まれた気がしないでもないが、ヒメコは強情な性格をしているから、落とし所としてはベストかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る