第25話

 変わらない空。

 変わらない教室。

 日めくりカレンダーのように淡々と進んでいく毎日を生きていると、高校生活も有限ということを忘れそうになる。


 母がこしらえてくれた弁当をはしでつつきながら、ミチルは昨日の1日を振り返っていた。


 けっきょく、ヒメコとのキスは未遂に終わった。

 紅茶のお代わりをもらって、楽しくおしゃべりして、19時になる前にはお邪魔した。


『でも、恋人なんだし、いつかチューしちゃうよね』


 あのセリフを思い出したら、頭が病的なほど熱くなる。

 舐めていたけれども、恋って病気に近いということを、この3日間で痛いほど学んだ。


 なるべくヒメコを視界から外そう。

 見れば見るほど意識しちゃうから。

 そんな想いとは裏腹に、視線は3分に1回くらいヒメコに注がれる。


 バカか、俺は⁉︎

 内緒の恋なんだぞ⁉︎


 まさか高校生になって秘密めいたラブに興奮するなんて、1週間前のミチルが知ったら鼻で笑うだろう。

 お前の脳みそはお花畑か、と。


 一方のヒメコは良くも悪くも安定している。

 休み時間はずっと本を読んでいるし、お昼休みはサンドイッチをかじりながら窓の外を眺めている。

 アンニュイな顔つきには、喜怒哀楽の片鱗へんりんすらない。


 もどかしい。

 普通の恋人なら一緒にランチできるのに。

 他人のフリして過ごさなければならない、という制約をぶち壊したくなる。


 ヒメコも似たような気持ちだろうか。

 時々でいいから授業中にミチルのことを考えるだろうか。


 ヒメコは元来、甘えん坊の性格をしている。

 その証拠にミチルが今朝も図書室に顔を出したとき、


『会えて嬉しい!』


 と素直に白状してくれた。

 本来のヒメコはおしゃべりが大好きなのだ。


 ミチルの心配には訳がある。

 あまり認めたくないが、他の男子がヒメコの魅力に気づかないか、その一点が不安なのだ。


 自分たちが普通のカップルなら、

『神木場さんと俺は付き合っているんだ!』

 と周りを牽制けんせいすることも可能。


 それができない。

 ヒメコの存在感が薄いという、謎の能力だけを信じるしかない。


 もちろん、ヒメコの人格は信頼している。

 ミチルを裏切るような子じゃないと。


 だが、もし……。

 力任せに言い寄られたら。

 他の男子の手が、あの胸に触れちゃったら。


 そのシーンを想像するだけで、ミチルのハートは悶絶もんぜつしそうになる。


 カップルって単にラブラブしている訳じゃなくて、私たちの領域に寄ってくるなよ、と周りにメッセージを発しているのだ。

 動物のマーキングに近い効果があると思う。


 ミチルには、それがない。

 この状態が卒業まで続くのかと思うと、軽い拷問ごうもんを受けているような気になる。


 ミチルが自席でう〜う〜悩んでいると、女子が机をノックしてきた。


「今日の日直って坂木くんだよね」

「そうだけれども……」


 女子は日誌を差し出してくる。


「はい、これ。昨日、日直だった子が病欠していて、机の中に入れっぱなしだったから……」

「ああ、ありがとう」


 親切に届けてくれたらしい。

 ふとヒメコの方をチラ見したミチルは、目と目がぶつかった瞬間、とてつもないプレッシャーを感じだ。


 どうした、神木場さん?

 もしかして、不機嫌なのか?


 ミチルと女子の会話がトリガーらしい。

 だとしたら考えられる理由は1つだけ。


 嫉妬しっとである。

 ミチルが他の女子と話したから。


 いやいや……。

 ミチルが他の女子と2人きりで下校したならまだしも、30秒くらいの会話で嫉妬するだろうか。

 しかも、事務的な内容なんだぞ。


 ミチルの視線に気づいたヒメコは本で顔を隠してしまう。

 けれども、しばらくすると目から上をのぞかせて、強いプレッシャーを放ってくる。


 なんか、健気だな。

 ヒメコも人並みに嫉妬するとわかり、心に溜まっていたおりが流れていった。

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