第18話

 ミチルは体操着に着替えたあと、グラウンドへやってきた。

 いつもなら体育は楽チンと呑気のんきに構えるのだが、ヒメコの先読みがそれを許してくれない。


 クラスメイトが大怪我する。

 しかも2人。


 イルミナ=イザナの占い的中率をこの目で見てきたミチルとしては、気が気じゃなかった。


 前向きに考えよう。

 これはアピールできる大チャンス。

 ミチルは頼り甲斐のある男だということを証明すれば、ヒメコの好感度も上がるはず。


 太陽のまぶしさに目を細める。

 この先、特大アクシデントが待ち受けているなんて信じられない。

 でも油断するな、と自分に言い聞かせたとき、準備体操が終わった。


 ヒメコが名前を挙げていたのは鈴木くんと田中くん。


 あいにくミチルとの仲は普通である。

 週に2回か3回は話すかな、といった具合で、共通の趣味といえば流行りの漫画アニメくらい。


 サッカーゴールが倒れる。

 つまり、ゴール近くにいる瞬間がピンチである。


 今回ラッキーだったのは、サッカーという競技の性質上、わりと自由に動けることに加えて、2名と同じチームに入れたこと。

 幸先の良いスタートといえる。


 鈴木くんがキーパーを志願した。

 友達の田中くんもDFを志願する。

 ミチルは運動がそれほど得意じゃない生徒の例にもれず、DFを志願しておいた。


 念のためサッカーゴールをチェックしておいた。

 太い釘で地面に固定されており、でっかい地震でも来ない限り動きそうにない。


 来るのか? 地震が?

 いや、それならヒメコの未来予知がキャッチするはず。

 悩んでも仕方ないと思ったミチルは、その場にしゃがんで、釘を手で引っ張って、びくともしないことを確認した。


「何やってんだよ、坂木」


 声をかけてきたのは鈴木くん。


「いや、この釘、どうやって地面に打ち込んだのか気になって」

「でっかい木槌きづちだよ、きっと。両手で持つやつ。餅をつくきねみたいな」

「はぁ……なるほど」


 頭のおかしいやつと思われただろう。


 こうして考えると、人を救うのって意外と大変だ。

 時間はかかるし、神経はすり減らすし、何より1円の儲けにもならない。

 VTuberという方法にたどり着いたヒメコは、もしかしたら小さな天才かもしれない。


 試合が始まってからも、ミチルの意識はボールではなく味方ゴールに向けられていた。

 そのせいで飛んできたロングボールに気づくのが遅れてしまう。


「そっちいったぞ、坂木!」


 DFの田中くんが警告してくれたけれども、時すでに遅し。


 ぶげしっ⁉︎

 顔面に思いっきりヒットした。


 不幸中の幸いというべきか、失点につながるようなミスではなく、こぼれたボールはすぐ味方が回収してくれた。


「ドンマイ、ドンマイ!」


 励ましてくれたチームメイトに苦笑いを返しておく。


 くぅ〜〜〜。

 ヒメコの先読みが気になって、まったく今現在に集中できない。

 こんな生活をヒメコは16年も続けてきたのか。

 そりゃ、学校の成績も悪くなる。


 にしてもヒメコ……。

 ミチルの顔面にボールがぶつかる未来は見てくれなかったんだな。


 能力自体は神クラスだと思うけれども……。

 かゆいところに手が届かないのは泣き所である。


 チームにサッカー部員がいるお陰で、ミチルのチームはしばらく攻め続けた。

 するとDF陣はやることがなくなる。


 ひまを持て余した1人がクロスバーにぶら下がって懸垂けんすいを始めた。

 それに触発されたもう1人も懸垂を始める。


「何回できるか勝負しようぜ」

「負けたらジュースおごりな」


 チームメイトの1人が、危なくね〜か? と注意したが、懸垂バトルは止まらない。

 普段なら体育教師が止める場面だが、あいにく体調不良の生徒が出て、保健室まで連れていったばかり。


 ヒメコの先読みが近づいていると知り、ミチルの胸をザワザワが支配した。

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